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30 遠い場所

 殺し合いがあった。

 

 人が死んで死んで死んで死んで。

 人を殺して殺して殺して殺し尽くして。

 

 宇宙が一つ滅びる。

 あらゆる物質は砕かれて、ただエーテルだけが満ちた空間。

 それが亜空間。

 

 世界の残骸と呼べる場所。

 

 それが生まれる過程を、彼は見せられていた。

 

 裏切り。

 人が神を裏切った。

 人が龍を裏切った。

 人が人を裏切った。

 人が、人が、人が。

 裏切って裏切って裏切った果てがこの終焉なのだと。

 

「今の、は?」


 余りに一瞬で駆け抜けた歴史にハロルドは頭痛を覚える。

 殆ど断片的なイメージでしかない。

 それを頭にいっぺんに叩きつけられたような心地だ。

 

 もしもハロルドにテルミナスの民関連の知識があればもう少し別の感想を抱けたかもしれない。

 だが、それを知らぬ彼にとってはただどことも知れぬ場所の歴史を見せられたという認識でしかない。

 

「……さて、ここはどこか」


 中破したアンタレス・プライムの中にいるのは変わらず。

 しかし数瞬前からは大きく場所が変化していた。

 

 そもそも上下感覚も喪失して、あらゆるセンサーが狂った値を吐き出している。

 

 その計器を信じるならば、今ハロルドは20Gの重力下に居ながら、360度高速で回転中という事になる。

 無論、そんな状態になったら流石にサイボーグ化を施された身であっても死ぬ。

 

 時計さえも、時が進んだり戻ったりしている。

 その中で自分の思考だけが正常なのが何とも気持ち悪い。

 

 どう考えても通常の物理空間ではない。

 そこから導き出される結論は――。

 

「亜空間か」


 未だ理論だけの空間に降り立ったのだと気付いてハロルドは不満そうな表情を作る。

 偶然の産物で辿り着いても嬉しくない。

 まして、帰還手段が分からぬとなれば尚の事。

 

 二つの空間振動兵器のぶつかり合いが、この亜空間への道を開いたのだとしたら同じことをやれば脱出できるかもしれない。

 

 問題はランスは全て喪失したのと、もう一機必要である事だが。

 

「どうしたものか」


 一先ず機体はまだ動く。

 辛うじてエーテル反応を示すセンサーだけはまだマシな様に思える。

 ずっと同じ方向を指し続けていた。

 

 他に指針も無い。

 そちらへ向けて、機体を進める。

 

 そう思いながら移動し始めて――ハロルドの体感では数十年が経過した。


 とてつもなく老いた気もする。

 そもそも、今自分は何歳なのか。

 いや、それを言うならば自分とは一体何なのか。

 

 自分は何でこんなところに居るのだったか――。

 

「驚いた。まだ自我を保っているの。ハロルド」


 己を見失いかけていたハロルドの耳に、聞き覚えのある声が届く。

 得体のしれない空間に、当たり前の様な顔をして存在しているのは――。

 

「フレデリカ……?」


 姉であるフレデリカ・バイロン。ハロルドと並べば親子にしか見えない様な顔は見間違えようがない。

 同年代の筈だが、十代にしか見えない。

 何らかの方法で加齢を止めている得体のしれなさから、ハロルドは彼女を少しばかり苦手としていた。

 

「何故、貴様がここにいる」

「私はただのお使いよ。にしても……そう。やっぱり貴方がそうだったのね」


 小さく、何かに納得したようにフレデリカは頷く。

 

 自分には全く理解できない何かを知っている相手。僅かに眉を顰めながら尋ねる。

 

「何の話だ」

「貴方がただの道化という話よ。ハロルド」


 そう言いながらフレデリカは指を一つ鳴らす。

 アンタレス・プライムのカメラの視界からその姿が消えた。

 

「どこに……?」

「第一次時間跳躍実験……やっぱりその時貴方は終焉の眷属に遭遇していたのね」


 聞こえてきた声は背後から。スピーカー越しではなく肉声で。

 驚き振り向くと、当たり前の様な顔をしてフレデリカはアンタレス・プライムのコックピットに入り込んでいた。

 

「貴様、どうやって……」

「この場所での振る舞いには私の方が一日の長があるという事ね」


 そう嘯きながら、振り向いたハロルドの額に細い指を当てる。

 それだけで、ハロルドは動けなくなる。

 抑え込まれているわけではない。

 

 自分のこれまでの行動に疑念を抱いてしまい動けなくなっていた。

 ここまでハロルドを駆り立てて来た、時間跳躍実験の際に遭遇した存在。恐らくはフレデリカが終焉の眷属と呼んだ物。

 

「……私は、何故あれにこんなにも執着していた……?」


 どんな手を使ってでももう一度目にしようとしていた。あわよくば鹵獲を考えていた。

 だが――今考えると何故あの存在に固執していたのか分からない。

 確かに珍しい研究対象であることは認めるが、かといって内乱を起こしてまで追い求める様な物じゃない。

 

「だから道化だと言ったのよハロルド。己の行動の芯が他人に植え付けられた物。そうであるとさえ気付いていない。それを道化と言わず何を道化というのかしら」

「植え付けられた物、だと。馬鹿な。そんな技術――」

「あるのよ。終焉の眷属にしか使えない、半分こっち側の技術が。インストーラー何て便利な物がね」


 面倒くさそうに、フレデリカはハロルドに説明する。

 だが、ハロルドにはフレデリカが何を言っているのか半分も理解できない。

 基礎となる知識が違い過ぎた。


「150年前と600年前の螺旋によってこの表面宇宙のテクスチャは大分無駄遣いされた」


 溜息を一つ。

 

「そこで今回のライテラ計画。随分とテクスチャを消費してくれたわね」

「テクスチャ……? 表面宇宙? 何の話をしている」

「貴方がまんまと利用されて滅ぼしそうになっていた宇宙の話よ。危うく私たちの宇宙も亜空間の仲間入りをするところだった」


 ふっと、ハロルドの目の前でフレデリカの姿が消えた。

 慌ててアンタレスの頭部を巡らせると、アンタレスの肩の上に移動していた。

 

「一度ここに落ちたらもう表面宇宙には戻れない。あちら側にアンカーがない限りはね。だからここでお別れよハロルド」

「おい、待て」


 何を言っているのかは分からないが、ここに置き去りにされるのだという事だけは理解したハロルドは思わず手を伸ばす。

 フレデリカの言が正しければ脱出の手段はない。

 

「待たない」


 ゾッとする程の冷たい視線を向けられてハロルドは思わず口を噤む。


「お前はあの子、シャーリーを悲しませた。それだけで見捨てるには十分すぎる理由よ」


 もしもシャーリーに対して何もしていなければ多少は助けるための手を考えはしただろうが……それすらもせずに彼女は弟を見捨てた。

 

「ここにいれば、保護されていない魂以外は亜空間に溶け込んでいく」


 そう言うフレデリカが平然としているのはその保護とやらをしているからだろうとハロルドは推測した。

 ならば、その方法を知る事が出来ればと半ば本能的に考えるが――どれだけの時間が残されているのか。


「肉体的には生き延びられても先に魂が死ぬ。そうしてこの空間を構成するエーテルの一部になるのよ。新しい命に生まれ変わる事も無く、ね」


 それは来世さえもこの空間に囚われてしまうという事。

 落ちたら最後。永遠の牢獄であると告げる言葉だった。


「何時か、運が良ければ表面宇宙側に汲み上げられることもあるでしょう」

「汲み上げられる……まさか。リアクターが産み出すエーテルとは」


 驚きにハロルドの目が見開かれる。エーテルリアクターは明らかにエネルギーの保存則に反している。

 その燃料と思しき魂がそれだけ高密度のエネルギーであるというのが最新のエーテル学の結論であったが――。

 

 この亜空間の存在がある。

 無限にも等しいエーテルに満ちた空間。

 

 フレデリカの言葉が正しいのだとしたら。一つの推論が立てられる。

 

 そんな風に目の前に置かれた研究材料に意識を奪われたハロルドを見て、フレデリカは溜息の様な声を漏らす。


「さようなら。陰謀何て巡らせず、研究者として生きていれば……」


 口にしかけて、いやと思い直す。


「終焉に魅入られなければ表面宇宙の中で人間として真っ当に死ねたでしょうに」


 僅かばかりの憐れみの視線を向けて、フレデリカは姿を消した。

 ただ一人取り残されたハロルドは自問する。

 

「利用されていた? 私が?」


 残された言葉は検証する必要もない。今となってはもうあそこまでこだわっていた理由が分からない。

 その事実がフレデリカの言葉を何よりも証明していた。


 そしてこの空間からは帰れない。

 つまりは、死ぬまでこの何もない空間に居るという事。

 そしてそれまでの時間もそう長い物では無いだろう。

 

 フレデリカの言葉が正しいかはその瞬間に分かる。

 

「は……」


 笑い声が漏れる。

 諦観と。自嘲の入り混じった物。

 なるほど、とハロルドは思った。どうやら人並みに、自分も終わりという物には恐怖するらしいと。

 

「はははははは!」


 誰もいない茫漠とした空間で、ハロルドの狂ったような笑い声が響いた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] インストーラー ヴィクティムで散々出て来ましたねw それよりも、全作同じ時間軸ですか 死霊術師読んでからもう一度来なくては(´д`|||)
[一言] ちくしょう、まだヴィクティムしか読んでなかったから死霊術師の方も履修してくらぁ
[一言] 姉さま?!専門はオカルト?
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