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31 戦の後

 戦闘は停止していた。

 

 ハロルド艦隊の面々は完全に戦意を喪失している。

 無理も無い話だと仁は思う。

 

 彼らは皆、ライテラの起動で望みが叶えられていた筈だ。

 それがどんな物かは仁も知らないが――それを奪われた。

 

 自ら捨て去ったのではなく再び外から取り上げられたのだ。

 

 ライテラ計画の性質上、変えられる過去は回避可能な悲劇に限られる。

 自分の力ではどうにもならない理不尽を変えたいという人の集まりだ。

 

 取り戻したはずの物を再び奪われた彼らの絶望は如何程かと仁は彼らに同情してしまう。

 その姿はいっそ哀れな程で、そのままヘルメットを外して宇宙に飛び出さないかと心配になってしまう。

 

 目覚めた第三船団の防衛軍も何だか釈然としない思いを抱きながら、ハロルド艦隊を捕縛していく。

 本当は仁もそこに参加しないといけないのだが、今のエーデルワイスは失神中で通信すらままならない。

 

 とは言え首謀者であるハロルドが行方不明となった以上、この場で何かをやらかすのは難しい。そうやる事もない。

 

 ただ、それも一時的な話だ。

 捕縛や死亡ならばまだ良いのだが、行方不明というのが問題だ。

 それはつまり、舞い戻る可能性があるという事。それが可能不可能は別としても可能性があるという事は、騙る余地があるという事。

 

 戻ったら早急に対策を立てて貰わないといけないが――それはもう仁の仕事じゃない。

 

 『ゲイ・ボルク』の格納庫に着艦する。

 ギリギリで目を覚ましたのか。

 エーデルワイスが首を振りながら呟いた。

 

『あれは。キツイ。出来れば二度と味わいたくない』

「そんなにか」

『存在を揺さぶられると言うか、兎に角気持ちが悪い』


 心底うんざりしたように言うエーデルワイスにおかしみを覚えていたのも一瞬の事。

 

「なあ」

『何だ』

「お前の愚痴っぽい語彙ばかりが増えているのって」

『貴様の影響だろうな』


 きっぱりと言い切られて仁は凹んだ。

 

 機体から降りた瞬間、整備士にぎょっとした表情を向けられた。

 そんな表情を向けられる意味が分からず仁は訝しむ。


『我の中から出てきたことに驚いているのでは?』

「ああ。そうか」


 そんな間の抜けたやり取りをしていたら整備士はまじまじと仁の顔を見つめて叫んだ。


「東郷大尉! 生きていたのですか!」

「違ったぞ」

『違ったな』


 だがしかし、そこまで驚かれる事だろうかと仁は首を傾げる。

 まあ確かに。何回か死んでもおかしくはない激戦に違いは無かったのだが……。

 

「そんな死んで当たり前みたいに言われると傷付くぞ、上等兵」

「いえ。失礼しました……その、機体反応が完全にロストしていましたので……」


 そう言えば、と仁は思いだす。

 グリフォンはエーデルワイスの餌になったので、もうネジの一本も残っていない。

 

「なるほど……」

『我のせいでは無いぞ』


 少しばかりお喋りになったエーデルワイスに怪訝そうな視線を向ける整備士に気にするなと宥めて。

 

「まあ見ての通り健在だ」

「はあ……あ! でしたら早く休憩室へ! 大変なことになっていますので」

「大変な事?」


 今この状況で大変な事とは何だろうかと仁は再び首を傾げる。

 

「どうしたの?」


 戦艦の格納庫には不釣り合いな美少女――目は大分泣き腫らしているし、髪はぼさぼさでも――の登場に整備士は若干挙動不審になる。

 やはり場違いであった。

 

「いや、何か大変なことになってるらしい」

「大変な事?」


 仁と全く同じ仕草で首を傾げる。

 

「それよりしゃろんはどこだろう。私、謝らないと……」

「あー俺も礼言っておかないとな」


 澪に続いて、澪の躯体から降りて来た守もそう呟く。

 彼が澪の元に辿り着けたのもシャーリーのお陰だ。

 幾ら礼を言っても足りないという事は無い。

 

「あの、大尉。出来ればお早く……大尉にしか解決できない事ですので」

「あ、ああ。悪いな上等兵。二人も悪いけど着いてきてくれ」


 今の状況で訓練生と民間人を好きに行動させるわけには行かない。誰かが引率しないといけない。

 そこで仁ははて、何か気にしないといけない事があるような、という気になったが一先ず上等兵に急かされた件を解決しないといけない。

 シャーリーには仁も用事がある。こちらの用事を済ませてからにして貰おうと仁は二人を引き連れて休憩室に向かう。

 

 そこには整備士が三人ほど詰めている様だった。

 というよりも一人を二人が慰めていると言うべきか。

 その一人というのが物凄い泣いている。子供かと突っ込みたくなる程にワンワンと泣いていた。

 

 それを二人が必死で宥めるという構図らしい。

 

 確かに大変だ。何があったのかは知らないが。

 しかし自分にしか解決できないというのはどういう事かと仁は首を捻る。

 

 ふと宥める側の二人が仁に気付いた。気付いて、やはり先ほどの整備士と同じようにぎょっとした表情を浮かべた。

 やはり死んだと思われていたのかと少しばかり仁は面倒さを感じる。

 これ、もしかしてこの後しばらく続くのだろうかと。

 

 そこでふと気が付いた。

 こうも多数が自分を死んだと認識している。

 そして、泣いていた一人というの。何だかよく見て見ると金髪である。

 何かこう、見覚えのある後ろ姿だ。

 

 二人の整備士が泣いていた一人の方を揺する。

 後ろを見ろと必死で示して、真ん中の一人が振り向いた。

 

 薄くしている化粧も流れるくらいぐっちゃぐっちゃに――先ほどの澪の泣き方が上品に見える程の泣き顔を浮かべていたシャーリーが、仁の姿を認めて飛びついてきた。

 

「いぎでだんでずねええええええええええ!」


 正直、その涙と鼻水塗れの顔は避けたいと思ったのだが、それをしたら今以上に泣かれるのは目に見えていたので堪える。

 よしよし、肩を叩いて落ち着かせる。手つきは完全に澪にしている物と同じだった。

 

「生きてるなら生きてるって言ってくださいよ!」

「いや、その……すまん」


 無茶を言うなと思ったが心配させたのは事実なので仁も反論を飲み込んだ。

 勘違いで泣きじゃくっていたのが恥ずかしいのか。或いは仁のパイロットスーツについた己の涙と鼻水を直視できないのか。

 視線を逸らして――そこで守の影に隠れている銀色の髪に気付く。

 

 回り込んで、顔を見ようとすると澪も回り込んで顔を隠す。

 守を挟んでくるくると回り始めた二人に守は溜息を吐いた。

 

「お前往生際が悪い」

「あっ!」


 澪の首根っこを掴んで無益な回転運動を止めた。先ほどのハッチの件と言い、守は気配りが出来る奴だという認識を仁は抱いた。

 

 逃げ切れず、澪はシャーリーと対面する。

 

「あの、しゃろん……じゃなくてシャーリーさんじゃなくて……えっと……その」


 何を言えば良いのか、言葉に詰まる澪にシャーリーは微笑み。

 

「おいで澪ちゃん。髪、整えてあげます」


 そう言って椅子に座る様に促す。

 何時も持ち歩いているのか、櫛を取り出して澪の髪を梳いていく。

 見る見るうちに何時もの姿を取り戻してく澪の髪に守が感嘆の声を挙げた。

 仁も思わずうなる。匠の技である。

 

 そんなバカな男共は放置されたまま、シャーリーは澪に語り掛ける。

 

「また、会えて良かったです」

「しゃろん……ごめんなさい」


 何に対する謝罪か。

 シャーリーとしても心当たりはありすぎる。

 大きな物に限ったとしても何も言わずに居なくなった事や。

 それとも令が死んだ過去を無くすことで、今の関係を壊そうとしたことが直ぐに挙がってくる。


 細かい物を含めればまだいくつも出てくる。

 

 だがそれらすべてをひっくるめても。

 

「良いですよ」


 それ以外の言葉はない。許せない事なんて無い。

 許したいのだから仕方ない。

 

「でも、次は無いですよ? ちゃんと。相談してください」

「うん……」


 また泣き始めた澪の涙を、ハンカチで拭いながら、シャーリーは守に目を向けた。

 

「東谷訓練生も、頑張りましたね。ちゃんと澪ちゃんを連れ帰って偉いです」

「いえ、その。バイロン曹長もありがとうございました。お陰で間に合いました」

「いいえ。間に合ったのは君が一直線に澪ちゃんの元に向かったからです。脇目もふらずに最短距離で……どっかの誰かにも見習ってほしいですけど」


 そのどっかの誰かは気付かないふりをしている。

 八年間も保留にしていた実績があるので何を言っても言い訳にしかならない。

 

 そこでふと、何かに気付いたようにシャーリーは視線を彷徨わせて誰かを探す。

 部屋を一回りして、怪訝そうな表情を作った。

 

「ところで、笹森教官はどこに?」

「笹森教官がどうかしたのか」

「一緒に出撃したんですよ。東谷訓練生と」

「ほう」


 仁はそこで気になっていた事が何なのか理解した。

 訓練生の守が一人で出撃できるはずはない。だから誰か一緒に居たはずであるという事。

 てっきり意識を奪われた誰かだと思っていたのだが。


 それを聞かれた瞬間、守は汗をだらだらと流し始める。

 

「とーや君?」

「……やべえ、忘れてた」


 お前、それは無いだろと仁は心の中で突っ込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば角割れる方のユニコーンのライフルの弾倉格好いいですね。
[一言] 〉お前、それは無いだろと仁は心の中で突っ込んだ。 おう、一緒に突入したメンバーの安否を忘れてる大尉が何か言ってるぞ
[一言] まあ、そうなるよなぁ。でも生きてるから大丈夫…… > 「……やべえ、忘れてた」 っておいぃぃぃぃ!! > 実は遡る事六年前! 終焉機ヴィクティムの第一話から出てきているのです! マジだ、あ…
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