29 何時か来る終焉:下
「私、人間じゃないよ」
「俺にとってはそこは大きな問題じゃない」
テルミナスの民と共闘して、彼女らとは生活様式が違う程度の違いしか見つけられなかった。
澪に至ってはそこも一致しているのだから仁にとって何の問題も無い。
だけど澪にとってはそれが一番怖かったのだ。
人じゃない。
人類の敵と言われ続けて来たASIDである。
そんな自分に未来何て無いと思っていた。
「……それでも娘なの?」
「俺にとっては唯一の娘だ」
もしかしたら。別の可能性では他に居たのかもしれない。
だがそんな可能性は知らない。仁にとって澪以外の娘なんて居ない。
でも澪にとっては恐ろしかった。
何時か自分の場所を誰かに明け渡さないといけない日が来るのではないかと。
自分は代替品でしかないのではないかと。
「おうち、帰っても良いの?」
「帰ってきてくれないと困る」
将来。澪が家を出ることがあるかもしれない。
ずっと一緒に居ると言う訳にもいかないだろう。
何時か別れは必ず訪れる。
例えそうなったとしても、仁は何時だって澪の帰ってくる場所だ。そう在りたいと願っている。
けれども澪には無条件にそう信じられなかった。
何故ならば仁と澪は最初から親子だったわけではない。
親子になったのだ。
その逆。親子じゃなくなることもあるのかもしれないと怯えていた。
「……怖かったの」
堰を切ったように澪の口からずっと抱え込んでいた思いが溢れ出していく。
仁にはぶつけられなかった言葉が次々と出てくる。
「人間じゃないって分かって。みんなみんな澪を怖がるんじゃないかって。それだけじゃない。人間じゃないのに……人間と一緒に居られるのか分からなくて……そう思ったら未来に何も希望が持てなくて」
周りを信じられなかったのではない。
一番澪が信じられなかったのは自分自身だ。
人じゃない。
何時か誰かを傷つけるかもしれない。
こんな自分に未来何て無い。
何時か何時か、誰かにとっての代替物でしかない自分は本物に取って代わられる。
偽物に価値なんて無いんだからと。
「それで私が仁の大事な人の生まれ変わりなんだって思ったら……ああ、きっと間違えてたんだって思っちゃった。だからきっと澪の先に未来が無いんだって思えちゃった。だったらせめて仁の幸せを守らなくちゃって。そう思って」
でも――その閉ざされた扉をこじ開けてくれた人が居た。
澪が良いと言ってくれた人たちが居た。
それが無ければ今も澪は仁と向き合えたかどうか。
また逃げ回っていたかもしれない。
矛盾するようだが――仁がどれだけ澪を受け入れても意味がないのだ。
親子である以上、無意識に澪は仁を特別な枠に入れている。
無条件に受け入れてくれるとどこかで甘えている。
だからきっと、仁だけがこの場に辿り着いても澪の絶望は晴らせない。
「でもやっぱりそれでも怖かった」
受け入れてくれる人たちが居る。
それはとても喜ばしい事だ。
だけど澪はやはりそれでも怖かった。
「だって……みおが一番帰りたい場所はおとーさんの所だったもん……」
幼い頃の口調に戻りながら澪は涙を零しながら声を詰まらせる。
特別枠だからこそ、周りが受け入れてくれても仁だけが受け入れてくれなければ意味がない。
澪は我儘なのだ。一つでは足りない。全部欲しい。
全部無いと嫌だ。
そんな幼子めいた我儘。
誰だって一度は抱く通過儀礼の様な物だ。
でも澪はそんな我儘も言わないでここまで来てしまった。
そんな澪を仁は抱きかかえる。
数年ぶりに抱えた娘は大分大きくなっていたが――それでもまだ仁にとっては軽い。
こんな小さな体で抱え込まなくていい事まで抱え込もうとしていたのだ。
「覚えてるか? ずっと前に言った事。こうやって抱きかかえられる内は守られててくれって」
「……覚えてる。記憶力には自信があるもん」
「だったら、俺の幸せを守るなんて考えなくていい。まだ俺が澪の幸せを守ってやる」
それがどんな風に結実するのかは仁にも分からない。
それでもある筈だ。たった一人の娘が泣かないで済むようにする力位は、今の仁にだって。
「お前にもう一度おとーさんって呼んでもらえて良かったよ」
泣きじゃくる澪を抱きしめて仁は万感の思いを込めてそう言う。
仁にとっても、今更澪と親子以外の関係になるなんて想像もできないし、考えたくもない。
今の現状。そのままでいいのだ。
やっと――十年前からの続きを始められるのだと。
心の底から思いながら。
「うちに帰ろう」
「うん……」
「今度は鍵、無くすなよ」
「うん……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら澪は仁から鍵を受け取る。
ペンギンのキーホルダー。
態々、生体認証を使わずに物理的なキーに拘っていたのは、それが己の変えるべき場所を示している様だったから。
一度は捨て去ったそれが己の手元に返ってきたことで澪はまた涙を零す。
「おかえり、澪」
「ただいま、おとーさん」
◆ ◆ ◆
澪を躯体のコックピットへと戻す。
守が渡したハンカチで、盛大に鼻をかんでいる澪を懐かしいような気持ちで見守りながら、仁は再びエーデルワイスの中に戻る。
「よし、やるぞエーデルワイス」
『うむ』
ハーモニックレイザーを構える。
干渉力を極限まで収束。
エーテルの収束をマニュアルで行っていた仁にとっては、そう難しい事ではない。
そうして影響範囲を狭めたことで、ハーモニックレイザー自体への負荷も下がり、周囲への影響も緩和される。
一対多ならば兎も角、一対一ならば圧倒的にこちらの方が効率がいい。
そんな方法をあっさりと実現されてしまったエーデルワイスとしては少々不服だったが。
長い事使っていたが、一瞬でこうも使いこなされると面白くない。
『……これが終わったらもう一度勝負するぞ。仁』
「勝負って……どうやって」
『何でもいい。兎に角勝負だ』
「命のやり取りじゃなければ喜んで」
『無論。今更死なれても困る』
リベンジの機会だけはしっかりと確保しておく。
片手でハーモニックレイザーを掲げる。
空間干渉を収束し、相手のエーテルコーティングを突き破る分のエーテルも収束させる。
二重の収束で作られた、現時点で宇宙最強の刃を真っ直ぐに振り下ろした。
拮抗は一瞬。
スタルトのリアクター諸共、ライテラが破壊される。
幾多の人間の最後の祈りが詰め込まれた物語が、途絶える。
その最後の瞬間、まるで断末魔の様に一際強いエーテル通信の波動が放たれた。
「あうっ」
強引に吸い上げるかのような感覚に澪は思わず声を挙げる。
最後の最後で、リアクターもエーテルをひねり出していた。
「今のは……」
大丈夫だったのかと仁は心配になる。
今の波動を最後にライテラは完全に沈黙した。
重なった世界はもう、感じられない。
それはつまり、ライテラによる過去改変が完全に潰えたという事。
「……さようなら、令」
別れを告げる。
どうか。別の世界では幸福であるように祈った。
「よし、帰ろう」
『……仁』
「何だ?」
『言い忘れていたのだが……我らはあのエーテルの波動に対して非常に弱い』
「ああ。らしいな。そろそろ他の連中も動き出す頃か?」
『うむ。何事も無ければ』
不穏な但し書きに仁は表情をひきつらせた。
「何事も、無かったよな?」
『今の最後の波動。あれは我らにとって十分すぎる衝撃だ』
長々と前置きしたが――。
『何というのだったか……そう、おやすみなさいだ』
その言葉を最後に、エーデルワイスの躯体が機能を停止した。
意地か。それとも将として優れた躯体のお陰か。
どうにか数十秒は持ちこたえていたエーデルワイスも再びダウンした。
彼女が落ちたという事は、他のテルミナスの民は軒並み再ダウンしたという事だろう。
「って、おい!」
リアクターは稼働している。死を迎えたわけでは無いと知ってホッとしたのも束の間。
「……動かん」
それはエーデルワイスの躯体は勿論、ハッチすらも。
つまり仁はエーデルワイスが目覚めるまでここから動けなくなったという事で。
「……すまない、東谷君、澪。こいつ毎運んでくれないか?」
生身の身体を持つ澪は意識を失っていない様だったので、動ける人間に運んでもらう事にした。
「締まらない話だ……」
ぼやきながらも、仁は口元を緩めていた。
目覚めた後のエーデルワイスをこの事で揶揄ったらどんな反応をするか。そんな事を楽しみにしながら。




