20 共に鳴り響く3
「エーデルワイス……?」
なのだろうか、という澪の問いかけ。
それに対する答えは。
『――――――ッ!』
スピーカーを罅割らせるほどの強烈なノイズ。
絶叫とも咆哮とも聞こえるそれに意味なんて無い。
ただ己の存在を示すだけの物。
到底、理性など無いように澪には思えた。
「誰なの?」
敵なのか。
だが見れば対面のハロルドも戸惑っている様だった。
『来たのか? いや、しかし……』
その黒きヘテロクロミアは確かにハロルドを、アンタレス・プライムを睨んでいる。
少なくともハロルドにとっては味方でない事は確かだ。
「……違う」
未だ知らぬ同族の一人かと思ったのだが、同族特有の気配が薄い。
どちらかと言うとこれは。
「普通のASIDみたい……」
しばしの睨み合い。
動き出したのは黒きヘテロクロミア。
色の違う二つの眼を凶悪に輝かせながら。
その長剣を高速で振動させる。
その余波だけでロンバルディア級の内壁はまるで砂細工の様に解れ落ちていく。
『振動兵器か……!』
振動兵器が普及しなかった理由に強度の問題がある。
空間そのものを揺さぶる振動兵器は、エーテルの不利を覆せるだけの威力を秘めていた。
だが反面、武器自体に高い強度が求められる。
相手を砕こうとするならばまず、エーテルコーティングによって相手以上の強度を得ないといけないのだ。
本末転倒である。
相手以上の強度という事はつまり、大概の場合において相手よりも高出力である事が求められる。
使い捨てとするには余りにコストがかかり、自然資源の限られる移民船団では廃れていったのである。
『砕ける気配はない、か』
だが黒きヘテロクロミアの長剣は砕ける気配がなかった。
エーデルワイスとて、その全力運転は短時間。
溜め込んだエーテルを一気に解放する事で自分への被害を最小限に抑えているのだ。
使った際の損傷は、彼女らの再生能力で強引に補修している。
『……ランスで相殺は無理そうだな』
アンタレス・プライムのランスは使い捨てが前提だ。
極々短時間、十数秒間だけの空間振動。
格上に一矢報いるにはそれで十分だし、この機体は量産を前提にしているわけじゃない。
コスト何て気にしなくていいのだ。
ハロルドが息を吐きだした瞬間。
偶然だろうか。
ほんの一瞬動きを止めた瞬間にソレは動き出した。
獣の如き敏捷性で、長剣を片手で振り被り斬りかかる。
直撃だけは避けようとするハロルドは当然それを避ける。
避けたその先に置かれていたのは掌底。
まるであらかじめ打ち合わせていたかのように、深々と掌が突き刺さる。
装甲が陥没する音。
アンタレス・プライムのエーテルコーティングが紙の様に貫かれた。
防御など考えていない、四肢の末端のみへのエーテルコーティングの偏向展開。
ならば、と自らも攻撃を負いながらの反撃はしかし。
読み切られていた。
超至近距離で突き出されたエーテルダガー。
最短距離を駆け抜けた閃光は虚しく空を切る。
上体を大きく逸らしての回避。
そのまま後ろに回りながらのサマーソルトキック。
精確にエーテルダガーの柄だけを狙った爪先が、アンタレス・プライムの手元から武器を奪っていく。
「凄い、速い」
その素早さに澪が思わず声を漏らした。
相手の出力が秒単位で高まっていく。
2000ラミィ、2100ラミィ、2200ラミィ。
ここに来た当初は1000ラミィ程度だったのが今では倍になり、更に上昇していく。
留まる気配を知らないその姿。
『何者だ貴様』
初めて見る相手だった。
この土壇場で現れた見知らぬ強敵。
或いは。相手側の隠し玉かもしれないと思ったが。
ちらりとハロルドは澪に視線を向ける。
彼の眼からも澪は戸惑っているように見えた。
惜しいなとハロルドは思う。
この残り時間が僅かでなければもう少しじっくりと観察したいのだが、その時間はない。
本命が控えているのだ。
ここで時間をかけるわけには行かない。
『無駄遣いはしたくなかったのだがね』
温存していたランスを放出する。
本命と合わせて二体同時というのは彼としても避けたかった。
扇形に展開したランスが多方向から縦横無尽に駆け回って黒きヘテロクロミアを狙っていく。
二色の眼の輝きだけを残しながら、目にもとまらぬ速さでそれらを回避していく。
時に長剣で。
時に拳で。
時に爪先で。
全身を使いながらランスからの攻撃を、アンタレス・プライムの攻撃を弾いて。
前へ前へ。
その前進は留まる事を知らない。
「……あれ?」
ふと澪は気が付いた。
時折無駄な動きをしている。
素人の澪から見ても気付くような、明らかな無駄。
それが徐々に増えてきている。
前に進むだけだったはずが、今は横移動の方が多いのではないだろうか。
「どうして……?」
そう思った澪の目の前に――ランスが割り込んでくる。
「……え」
まだ澪にはリアクターを動かす役目がある。
先ほどの仁相手にするのとは違い、今は名も知れぬ誰かだ。
人質としても機能はしない。
だから、殺される事は勿論、攻撃するフリさえも無い筈――そう思い込んでいたが、もしかして違うのだろうか。
眼前のランスから射撃が放たれようとした瞬間。
澪の耳にノイズによる絶叫が届く。
瞬間移動の様に――いや、真実瞬きをした間で黒きヘテロクロミアは澪の目の前に現れていた。
無防備に澪へ背中を向けて、長剣を構えてランスの射撃を防ぐ。
返す刃でそれを撃ち落としまた前へ。
だが澪を狙う様な動きをするランスが増えた。
その度に黒きヘテロクロミアは飛び回ってそれを潰そうとするが、ひらりひらりと躱されている。
後退を強いられた結果、先程から全く前に進んでいない。
ここまで来れば澪にだって先ほどから見えていた無駄な動きの正体が見える。
「私を守ってるの?」
俄かには信じがたい気持ち。
やはりこれは同族なのだろうかと言う疑問。
だけど、それにしては行動が直線的に過ぎる。
本能だけで動いている様だ。
動物園で見た、獣の様な姿に。
澪は何故か。
「……おとーさん?」
父親の姿を垣間見た。
◆ ◆ ◆
意識が持っていかれそうになる。
ちょっとでも気を抜いたら、そのまま自分という存在が抜け落ちて帰ってこれなくなる。
ただ燃え盛る炉にくべられた薪になるのだと仁は理解していた。
「聞いて、無いぞ。エーデルワイス……!」
膨張したエーデルワイスに飲み込まれた瞬間。
正しくは彼女が躯体制御を解放すると言った直後から仁はここにいた。
自分の肉体の存在を感じない場所。
死んだのかとさえ思った。
だが死後にしては余りに強烈な一つの感情に翻弄され続けている。
「何がそんなに気に入らないんだコイツは!」
――消えろ。
――居なくなれ。
――万象塵芥と成り果てろ。
――最後の宇宙よ滅びよ。
――終焉を受け入れろ。
終われ。
そんな声が延々と聞こえてくる。
これがエーデルワイスの本心だとしたらちょっと闇が深すぎて仁としても困ったところだが。
どうやら違うらしいと言うのが分かる。
何故なら仁と同じように、彼女もまた翻弄されていたから。
すぐ隣で寄り添うようにその輝きを感じられたから。
今にも消えてしまいそうなか弱い灯り。
それを守る様に仁は今いる。
「どうすりゃいいんだよこれ……」
余りに自分の常識とはかけ離れた状況に流石に困惑するしかない。
叩けば済む問題には強いが、それ以外の問題には滅法弱い仁は困り果てていた。
あまつさえ、気を抜けば自分も消えてしまいそうな状況。
己の存在をしっかりと認識しながらエーデルワイスの言葉を思い出す。
気になった単語を拾い上げていく。
その過程でうっかり自分の脚が消えた様な気がしたが、今は無視する。
どうせ手足何てここで役立つとは思えない。
「……終焉」
エーデルワイスはそう言っていた。
セブンスも恐るべき相手としてそれを挙げていた。
「これが、終焉?」
世界の存在を否定する様な何か。
一切合切を鏖殺すると言う断固たる意志。
宇宙を終焉に導く存在。
それは余りに無機質な一つのシステムであった。




