21 共に鳴り響く4
「おい、エーデルワイス」
声をかけても返事はない。
重要な物が欠けたエーデルワイスは存在そのものの危機だ。
この得体のしれない意思の奔流の中で、今にも消え去りそうだった。
「澪への愛が繋いでくれる……? くそ。何時も比喩表現何て使わないのに何で急にあんな詩的な事言い出したんだ!」
或いは、と仁は思う。
比喩ではなかったのかもしれない。
手を伸ばす。
繋ぐというイメージ。
仁にとってのそれはやはり手だ。
右手を伸ばす事への罪悪感。
それも一瞬の事。
エーデルワイスだと感じた光に触れる。
途端に、仁の中の何かがごっそりと抜け落ちた。まるで大量出血したかのような喪失感。
慌てて手を離す。
その感覚は消え失せてくれたが、未だエーデルワイスは力なく漂っている――いや、先程よりも少しだけ力を取り戻したか。
「すべてを寄越せってこういう意味かよ……」
つまりエーデルワイスが望んでいたのは己の欠落を埋める役。
欠けた魂の補充。
仁はそれに選ばれたのだ。
未だ人類の間でも魂という存在は仮説段階であり、実証には至っていない。
その欠落を埋めるというのがどうする事なのか仁には分からないし、埋められた側がどうなるかなんてもっと分からない。
未知だ。
そして知らない事は怖い。
それはエーデルワイスが無言で問いかけているかのようだった。
本当に、己の身よりも大事なのかと。
「……構うもんか」
仁の答えは変わらない。
天秤に乗っているのが自分ならば。その傾きは明白だ。
自分なんかが代償と出来るのならば迷う事なんて微塵も無い。
未知だろうと何だろうと、飛び込んで見せる。
それに。
ずっと仁は望んでいたのだ。
戦友を助ける機会を。
死に瀕した相手を救う術は無かった。仁に出来たのは仇を討つ事か、そうなる前に敵を叩き潰す事だけ。
事が起きてから、助けることが出来るというのはこれが初めての事。
だから、その言葉は滑らかに口から出て来た。
「俺の全てを持っていけ。エーデルワイス」
触れる。
自分の中の熱が吸い取られていく。
東郷仁という存在が希薄になっていく。
それに反比例するように、エーデルワイスの存在感は強くなっていく。
その輝きを取り戻していく。
己の考えは正しかったと。
そう思いながら仁の意識は薄れていった。
◆ ◆ ◆
そして目が覚めると。
仁はコックピットの中に居た。
加速度は感じる。
だがモニターの類は全て火を落とし、まるで静まり返った墓所の様な気配。
「……夢?」
『夢では無いぞ』
その空間に火が灯る。
聞こえた声はエーデルワイスの物。
だが、何時もと少し違う。何が違うのかと考えたところですぐに分かった。
今の声は、何時もの電子音声ではない。スピーカー越しの声では無くて。
まるで仁の頭の中から響いてきたかの様。
「エーデルワイス、なのか?」
『そうだ。お前のお陰で命拾いした。その献身に感謝を』
何と言うか。
意思の疎通がスムーズだ。
まるでお互いの頭の中が繋がっているかの様。
モニターが一斉に蘇る。
目の前には暗い緑色の装甲――アンタレス・プライムがライフルを構えている。
行動は反射的。操縦桿を握って、回避運動を取ろうとする――が機体が動かない。
『ダメだ。後ろにはあの方がいる』
そう言われて背後を映すモニターには澪が居る事に気が付いた。
よくよく見れば場所もどこかの艦内――つい先ほども突入したライテラのある場所だ。いつの間にという思いがある。
ならば、と腕を振るう。
そこに掴まれた長剣がアンタレス・プライムのエーテルライフルの弾丸を切り捨てた。
「……ここは」
アサルトフレーム、ではないだろう。
コックピットのレイアウトは似ているがグリフォンともレイヴンともレオパードとも違う。
初めて見る内装。
それに、モニターから移された機体の腕も見覚えが無かった。
ただ一つ。長剣だけは幾度となく見て来た物だ。
「お前の、中なのか?」
『その通りだ』
エーデルワイスが首肯する。
一先ず仁も状況は理解できた。
己の躯体を修復する際に取り込んだグリフォンの残骸。
そこから仁を宇宙に放り出さずに済むようにコックピットを生み出したのだろう。そこまでは分かる。
『我が魂は既に致命的な欠落を抱えていた』
エーデルワイスの声を脳裏に響かせながら、仁はコックピットの操縦桿を捌く。
それに応じて、エーデルワイスの躯体が動く。
小気味良い程の即応性。
自分の意のままに動く機体。
自分が考えると同時に動かせる機体。
その感覚は仁にとっても真新しいものだ。
『それを埋めるためには最早我が躯体に蔵された装備を使うしかなかった』
「装備?」
その問いを仁は口に出したかどうか。
心の中だけでの問いかけがエーデルワイスに遅滞なく伝わる。
『お前たちの言葉でいうのならば――レゾナンス・エーテルリアクター』
聞いた事のない単語だった。少なくとも仁は知らない。
シャーリーならばもしかしたらわかるのかもしれないが……。
『通常のエーテルリアクターとは違い、複数の魂を直列配置する事でサイズに比して高出力を発揮する炉だ』
なるほど、と仁は一つ理解した。
先ほどから見えていた謎の計器。その数値がエーテルの物だとしたら今の説明も納得だ。
下がりつつあるが、未だ2000ラミィを超える数値をマークしている。
徐々に重くなっていく機体――だがそれでもレイヴンやグリフォンの何十倍も迅い。
その状態であっても、飛び交うランスを己の腕だけで叩き落していける。
『だがそれは本質ではない。この炉はな。東郷仁』
小さく笑う気配。
『我らが仇敵、終焉が持つ物。二人の魂を生贄として溶かし、己の炉を燃やす薪とする為の装置だ』
「生贄って」
思いもよらぬ言葉が飛び出してきて仁も頬を引きつらせる。
それでも身体は動く。
長剣を構えて距離を詰める。
狙うはランス。
槍の穂先めいたそれらは澪を狙っている。
ならば、片っ端から撃ち落せばいい。
何しろこいつらは――自分を前にして視線を逸らして居る様な愚か者たちだ。
その代償を思うさま払わせてやればいい。
数々のランスをすさまじい勢いで叩き落しながら、仁は問う。
「それで?」
『その過程で魂を溶かし合わせる――私はそれを使って貴様の魂を己の内に取り込んだ』
そんな事が出来るのかという思いがある。
その疑問を読み取ったのか、エーデルワイスは言う。
『本来は無理だ。よほど相性が良くないと反発するだけで、溶かし込む事なんて出来はしない』
逆を言えば、よほど相性のいい相手ならば溶け合っていくという事だろうか。
その疑問は掘り下げずに、別の疑問を口にした。
「だったら何故?」
エーデルワイスは復活できたのか。
『――お前は言ったな。私の中にも愛があると』
澪を守る様に長剣を振るった。
刃の上の乗せたエーテルの刃。
長く伸びたそれが、アンタレス・プライムの爪先を切り落とした。
初めて扱う武器だと言うのに、まるで仁はその切っ先にまで己の神経が通っているかのような一体感を覚える。
その感覚はきっと――エーデルワイスが持っていた物なのだろうと自然察した。
『私と、お前が持つあの方への愛を。その熱だけを合わせ込んだのだ。あの方を守りたいという思いだけを重ねた』
だから、その思いを与えられた何かは澪を守るために動いた。
「つまり、今の俺達は澪への愛情を縁に繋がっていると?」
『正解だ。その繋がりが断ち切られたら……まあきっと二人ともお終いだろうな』
だったら心配はいらないと仁は思った。
その感情だけはきっと、死ぬまで変わらない。
『その思いがあったからこそ。私はお前に私の全てを委ねることにした』
だからこそのコックピット。
だからこそ、エーデルワイスは仁の操縦に身を任せている。
新生した己の躯体。それを己だけで操るのではなく、仁が繰る動きに乗っている。
『お前は、私が知る限りで最も強い。だが――その躯体はお前に見合っていない。だから』
――私がお前の手足となろう。
とエーデルワイスは言った。
出力の低下が止まった。
2000ラミィ。
目の前のアンタレス・プライムと同じところで安定する。
『これで躯体の条件は同一だ』
グリフォンを取り込んだ際に、エーデルワイスは人類製の装備の圧縮技術をある程度理解した。
完全なコピーとまではいかないが、それでも今までの本能任せよりも何倍も効率がいい。
『なら、お前が負ける道理は無いだろう』
その寄せられた信頼に。
背後からの視線に。
「ああ」
仁は頷いて答えた。
「簡単な話だ」
同一の条件下ならば。
自分は誰にも負けない。
今目の前にあるのは殴れば解決する問題だ。
それは仁にとって――。
「得意分野だ」




