22 共に鳴り響く5
数合も撃ち合えばハロルドも理解する。
獣のようだった動きに理が入った。常軌を逸していようと、それが最早異星の理であろうと、理は理。
東郷仁という規格外による戦術。
常人には真似どころか理解すらできないそれであると。
最後まで邪魔をしてくれる、とハロルドは歯噛みする。
歯噛みして己がどれだけあの存在に執着しているか気付いて苦笑を浮かべたくなる。
実際には、そんな余裕など微塵も無い。
「共鳴反応……」
相手のリアクターから検知された、特有の波形パターン。
通常のエーテルリアクターとは違い、複数の魂――と呼ばれる何かを直列に接続する事でリアクターの出力を爆発的に高める物。
理論上では可能かもしれないという仮説が立てられた段階の代物だ。
ハロルド自身、方策は思いついた物の実現には至っていない物だ。
「ふざけるな……」
次から次へと。
隠し玉があるのはハロルドも同じだ。
だが、ハロルドは準備をしてきた。それこそ十年近い月日をかけて今日という日を迎えた。
その十年を易々と乗り越えていく。
それはハロルドからすれば不条理でしかない。
一足飛びに己と同じ場所まで来る相手に、苛立つなという方が無理だ。
そんな反則めいた真似をされたら堪ったものではない。
アンタレス・プライムのエーテルダガーが振るわれた。
機体性能とパイロットの技能の合わさった、教本に乗せても何ら問題の無い完璧な斬撃。
受けるか、避けるか。そのどちらであってもそれに即応して連撃を繋げる始まりの一手。
それを捌かれた。
手甲の表面を滑るように。集中展開されたエーテルコーティングと、完璧な受け流しが必殺を凡庸な一撃に墜とした。
理屈の上では分かる。
ハロルド自身、新兵を相手にしているのならば同じような真似ができる。
だからこその衝撃。
仁と己の間にはそこまでの差があるのだと突き付けられた。
「ふざけるな……」
重なった世界が薄れていく。
未来における過去改変の完了。その可能性が薄れていく。
即ちそれは、ハロルドの勝機が薄れていくという事で。
秒単位で悪くなっていく形勢にハロルドは歯噛みする。
「ふざけるな……!」
闇雲に繰り出した斬撃は遂に掴まれた。
受け流す必要も無いとばかりに真正面から。
掌に集中されたエーテルが、その刃を完全に握りつぶす。
「投降しろ。ハロルド・バイロン」
静かな仁の声。
息一つ乱れていないその様子に更にハロルドは愕然とする。
今の攻防でハロルドの息は完全に上がっている。
全霊を込めて漸く戦いを成立させられていたのだ。
だが仁にとってはそうではない。
彼にとってハロルドとの戦いはもう、単なる作業だった。
全ての動きが見切れる。
その動きに追従できる機体が――エーデルワイスが居る。
これまでに欠けていたのは後者。どこまでも仁は機体性能に足を引っ張られていた。
『つくづく……貴様は恐ろしいな』
今散々に乗り回されている己の躯体。
エーデルワイスが己の身体を動かす時よりも遥かに機敏に、だが同時にそれ以上に労わっての動き。
この短時間で己の躯体は東郷仁に完全に掌握されたのだと理解せざるを得ない。
そしてそれ以上に恐ろしいのは――そのエーデルワイスであってもまだ仁は物足りなさを覚えているという事だ。
人の極限。少なくないパイロットと交流してきたエーデルワイスは思う。
間違いなくイレギュラーだ。今後の人類の歴史の中でこれ以上の人間は現れないだろう。
「投降しろ、だと?」
馬鹿な事を、とハロルドは笑う。
紛れもない内乱だ。
そんな自分を船団の人間が生かすとは思えない。
間違いなく極刑だろう。
いや、万一何かの事情でそれは避けられたとしても幽閉は免れない。
そんな己の理論を実証も出来ずただ思索にふけるだけの人生などまっぴらだった。
「馬鹿げた提案だぞ。東郷仁。貴様を打ち倒せれば全て解決する」
というよりも、ハロルドにとって生き残る道は他にない。
「それが出来るとでも?」
仁の言葉は驕りでも何でもない。厳然たる事実だ。
今の仁とエーデルワイスのコンビを突破できる存在など、それこそオリジナルクイーンでも連れてこなければ無理だろう。
スタルトとて、真正面から撃滅できるかもしれない。
「……ああ。出来るとも」
正攻法ではまず不可能。
だがハロルドには正真正銘最後の手があった。
その一手の前に、ハロルドは残されたランスを全て展開する。
その数八。
その全てが螺旋を描きながらアンタレス・プライムの前に集っていく。
『空間干渉の連動か』
一つ一つのランスが産み出す空間干渉が、互いに影響を与え合って急速に強い力へと変わっていく。
その総出力はハーモニックレイザーにも劣るものではないだろう。
遠目には槍の様にさえ見える一撃が練り上げられていく。
「使えるんだよな。エーデルワイス」
『無論だ。むしろ逆に問うぞ東郷仁。貴様は、これを扱いきれるか?』
挑発的にも取れるその言葉に仁は微かに口元を釣り上げた。
エーデルワイスの躯体は、ここまで仁が今まで感じていた不満を解消してくれた。
だがあのロンバルディア級の装甲を一撃で破壊した斬撃。
あれはまだやっていなかった。
「一回見たからな。まあ多分何とかなる」
再現された操縦桿を倒す。
それだけの動きでエーデルワイスは己の身体が正しく動き出すのを感じた。
たったの一度で、この長剣について理解しつつある。
心配なのは澪の事だ。
背に庇った状態の彼女は果たしてこの余波に耐えられるか。
そう思っていると、澪はあやとりの様に己の髪を編んで防護壁を作り出していた。
その中に、守のレオパードを入れるのも忘れない。
ならば問題はない。
『いざ! 我が模倣終焉ハーモニックレイザー! 人の身で打ち破れるか!』
お前それすげえ悪役っぽいと思いながらも仁は真っ直ぐに踏み込んだ。
大上段の構えからの振り下ろし。
相手のランスが描く螺旋に目掛けて真っ直ぐに。
まるで掘削機の様に空間を削り取りながら進むその先端に刀身を重ねる。
これまでに感じた事のない手応え。
エーデルワイスを通して感じる、空間干渉を切り裂こうとする力に仁は歯を食いしばる。
エーデルワイスと魂を共有するという状態である今の仁にとって、エーデルワイスの躯体が受けている衝撃は自分の物の様に感じる。
ブレそうになる刀身を握り締めなおす。
相手の槍めいた力の塊に長剣を持っていかれない様にしっかりと。
万一、ここを突破されたらこの一撃は次に背後で庇っている澪を襲う。
それだけはさせてはならない。
状況的に、ハロルドの機体にこれ以上の武装は無い。
これを打ち破れれば、もう相手にも打つ手がない筈だった。
――ハロルドはシャーリーの兄である。
仁にとっては澪を攫い、令と再会を弄ばれたという以上の認識は持てない。
だがシャーリーにとっては違うだろう。
少なくとも死んでしまえとまでは思っていない筈だ。
だから、仁も出来れば死なせたくない。これ以上シャーリーを悲しませるような事はしたくなかった。
「ふ……ふふふ」
ふと。通信機越しにはハロルドの声が聞こえる。
まだお互いの空間干渉兵器は互いの干渉を突き破ろうと鬩ぎあいを続けている。
状況は――仁が有利。
エーデルワイスの誇るハーモニックレイザーは、アンタレス・プライムのランスを打ち破りつつあった。
一つ、また一つとランスが弾けていく。
その度に干渉力は弱まり、更に仁が押し込んでいく。
形勢は明らかだった。
「どうやら、私が君に勝つ可能性は完全に無くなったようだ」
それは降参の言葉なのか。
いや、それにしては声に諦めが無いと仁は思った。十年以上を賭けた計画の終わりとしては余りにあっさりとした態度。
それを訝しむよりも早く。
「だが。まだ私の勝ちが消えたわけではない」
その言葉と共に。
『まさか……不味いぞ!』
「澪! 防御を――!」
瞬間、横合いから膨大なエーテルの奔流が叩きつけられた。
「これ、は……!」
エーテルハイメガカノン。
ロンギヌス級機動戦艦が持つ人類最大火力。
「『トリシューラ』に、ここを!」
それが今この場に投射されていた。ここにある全てを焼き尽くそうと。




