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19 共に鳴り響く2

 追いつかれた。

 ロンバルディア級戦艦『レア』に突入して直ぐ、澪は追跡者の気配に気づいた。

 

 余りに早すぎる。相手の足の速さを置いても、澪が移動を始めてからまだ数分と経ってはいない。

 

「そんな……」


 つまりは、足止めを買って出た二人はそれほどの短時間で突破されたという事。

 死んでしまった――とは思いたくない。

 行動不能にされただけだと信じたい。

 だけどそれを確かめるすべはない。

 

 ――否。

 エーデルワイスとの繋がりは回復している。

 だから、相手の安否位は知れるのだ。

 

 その輝きが鈍って、濁っていくのを澪は肌で感じていた。

 

 エーデルワイスと名乗っている、ずっと自分を見守ってくれた相手。

 幼い頃は無意識下で幾度となく頼み事をしていた、言ってみれば姉の様な者だ。

 いや、真実同じ親から生まれたというのだから姉なのだろう。

 

 交わした言葉は多くはない。

 それでも信頼していた。その人柄――と言っていいのか分からないが――と実力を。


 だって彼女は嘗て第三船団に攻め込んで、大損害を与えていった軍の大将だ。

 敵ならば恐ろしいが、味方ならこれほど頼もしい者はない。

 

 もしも自分が人間の世界に居られなくなったとしても。

 彼女の元へ行けるのならば少しは安心できると思える程度には信じていた。

 

 そして仁。

 その強さは色んな人から聞かされて知っている。

 澪自身、幾度と見た事があるし、何ならつい先ほども目にした。

 その動きの冴えは加齢と共に衰えるかとも思ったが――むしろ以前に見た時よりも強くなっている様にさえ思えたほどだ。

 

 誰よりも信じられる。

 その実力も。

 自分への想いも。

 

 だって選んでくれたのだから。

 彼の望みが叶ったはずの世界よりもこちら側を選んでくれた。

 口だけではなく、望みを自分の手で捨て去って、仁は澪を助けることを選んだ。

 今ここにいることがその証明だ。

 

 守が澪に未来への道を見せてくれた。

 エーデルワイスがその先の果てを示してくれた。

 仁が澪に現在の幸福を証明してくれた。

 

 だから澪も漸く思い違いを自覚することが出来た。

 自分が、自分を一番恐れていたから周りもそうだと思い込んでいた。

 けど違う。

 

 自分は――ここにいても良いのだと。

 何時かの未来。何れ別たれる道なのは変わりがない。

 それでもその日が来るまでは共に現在を歩んでも良いのだと。

 足跡を、刻み込んでいって良いのだと。

 

 やっとそう思えたのだ。

 

 だと言うのに。

 澪にここにいることを選択させてくれた三人が。

 今のままで良いのだと言ってくれた三人が、皆ハロルド・バイロンのせいで居なくなってしまったと澪は憤る。

 

「でもっ!」


 涙が出る程に悲しい。

 悔しくて悔しくて仕方がない。

 

 やっと、自分を大事にしてくれる人たちの想いに気付けたのに。

 それを奪われた事が堪らなく悔しい。

 

 同時に気付く。

 過去を変えるという事は、そうした想いの積み重ねを消し去る事。

 結果生まれる新しい想いもあるだろうが、間違いなく消失する物も多い。

 

「しゃろん……」


 どうして今まで彼女が改変された世界をどう思うか考えなかったのか。

 いや、気付かないフリをしていたのかもしれない。

 

 ただ澪は、今から逃げ出したかっただけなのだ。

 未来が無いことから目を逸らしたくて。

 今に居場所がない事で勝手に拗ねて。

 

 だから全部無かった事にしたかった。

 

 自分があった事の無い母の面影を追いかけていた人の想いを踏み躙って。

 

「……怒ってるかな」


 怒ってるだろうなと思う。

 でも同じ位心配もしてくれてるだろうなと、今は捻くれることなくそう思える。

 

 謝りたい。

 許してくれるか分からないけど謝りたい。

 

 ジェイクにも。

 メイにも。

 エミッサにも。

 雅にも。

 守にも。

 エーデルワイスにも。

 何より仁にも。

 

 自分の愚かさを謝りたい。

 謝って。

 自分の本心を伝えたい。

 

「だから――こっちに来ないで!」


 場所が味方した。

 ロンバルディア級の通路はアサルトフレームが数機並んで通れる程度の空間はある。

 

 だがそれでも、閉鎖空間だ。

 

 そこならば澪は自身の特性を最大限に生かせる。

 

 髪を伸ばす。

 超高速で空間そのものを揺さぶるワイヤー。

 その伸長はナノマシンによって支えられている。

 

 澪が己の身を切れば、どこまでも伸ばせるし数本の髪を纏めて一本の長いワイヤーに変えることも出来る。

 

 そうすれば、蜘蛛の巣の様に通路にワイヤーを張り巡らせることも可能だ。

 

(確かこんな構造だったはず)


 仁に連れて行ってもらった動物園。

 嘗て母星に――あの土くれの様になってしまった星に住んでいたという生き物たち。

 

 その中で見た蜘蛛とその巣の構造を参考にしながら澪は即席のトラップを組み上げた。

 

 十重二十重に張られたワイヤーで編まれたネット。

 

 強引に突破しようとすれば、一斉に振動したワイヤーが触れている物を粉々に打ち砕く。

 無論、目立つ。それだけの物を隠蔽する技術は澪には無い。

 

 だが見えても構わない。目標は撃破ではなく足止めだ。

 

 澪がライテラに辿り着いて破壊するまでの時間を稼げればいい。

 

「……よし!」


 足が鈍ったと澪は快哉を叫ぶ。

 上手く行ったと思わず表情が少しだけ緩む。

 

 これで数分は稼げる。

 その間にライテラを破壊する。

 

 澪とのリンクは未だに繋がったままだ。

 つまり、エーテルは今も生み出されている。

 その大半はライテラ――即ち過去への情報送信に使われているだろうが、一部はライテラ自体の守りに使われている。

 

 澪とリンクして動いているスタルトのリアクターは変わらず10000ラミィの出力を確保している。

 実際にライテラで使用するのはそれよりも少ないエーテルという事だから、と澪は頭の中で計算する。

 解は0.00178秒で出た。

 

「凡そ、2000ラミィ分がエーテルコーティングに回されている……」


 突破できるだろうか。

 いや、しなければ行けない。

 

 だってもう、自分が居ない場所なんて選びたくない。

 教えて貰った今と未来を生きていきたい。

 

 澪にも策はある。

 要はさっきの拡大だ。

 

 網の様に張った己の髪で、その内部へ最大の振動波をぶつける。

 その準備には手間取るだろうし、どう編むか考えないといけない。

 

「あやとり……役に立つとは思わなかった」


 幼い日にメイが教えてくれた遊び。

 紐を指先で操って魔法の様に色んな形にしてくれた。

 

 一瞬でその手順を把握した澪にあっさりと腕前を追い越されて大分凹んでいたが。

 

 その事を思い出して小さく笑う。

 

 ワイヤーを引き延ばす。

 問題は、澪のナノマシンが足りるかどうかだ。

 足止めのトラップにも大分使ってしまった。

 そちらはまだ突破されていない様なので、こちらへ戻すわけにも行かない。

 

 最悪遊ばせている髪を全て再変換する必要があるかもしれない。

 それはちょっと避けたいなと思いながらワイヤーを伸ばしていく。

 

 もう少しで組み上がるという所で。

 

「……え?」


 少し離れた場所で感じていたアンタレス・プライムの反応が一気に接近してくる。

 通路に張ったトラップに反応はない。

 そもそも、この経路は。

 

「そんな!」


 壁をぶち抜いて、緑色をした機体が飛び込んでくる。

 その勢いのままでの膝蹴りを、澪は胸部で受け止めることになった。

 胸部が大きく陥没し、壁に叩きつけられて数度跳ね返って漸く止まった。

 

「あぐっ……!」


 展開中だったワイヤーが引き千切れる。

 澪からの力の供給を失ったそれらは解けて落ちた。

 

「中を破壊して……!」


 そんな発想は無かった。

 ロンバルディア級は大型の戦艦だ。

 大型であるという事は、その中には少なくない人間がいて。

 そしてハロルドがその人たちを避けて突っ込んできたとは思えない。

 

「人を、何だと思ってるの!」

『君に人について説かれるというのは奇妙な気分だがね……ライテラが成せば無かった事になる。ならば拘泥しても仕方ないだろう?』


 だがこれは澪のミスだろう。

 ライテラ計画の関係者は皆、その考えで動いている。

 澪自身、そう思っていたのだ。

 

 他人を巻き込んでの壁抜き位は予測しておくべきだった。

 

『では今度こそ、完遂の瞬間まで手足を引き抜いて首をもいで大人しくしていてもらおうか。これ以上消耗するのは避けたいのでな』


 そう言ってハロルドは崩れ落ちた澪の躯体へとエーテルダガーの刃を伸ばす。


「おとーさん……」


 その後に何と続けようとしたのか。

 謝罪か。

 助けか。

 何であろうとその声は言葉にならずに消えた。

 

『…………誰だ、貴様は』


 突如として両者の間に割って入った黒い影。

 知らない機体だった。

 真空の闇に溶け込みそうな漆黒の装甲。

 どこか騎士めいた意匠――それ故に細身だと言うのにひ弱さは感じさせない。

 アンタレス・プライムのエーテルダガーを受け止めながら、全く力負けしていない膂力と刃を防ぎ切る長剣。

 

 そのカメラアイの輝きは――紅と蒼。

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― 新着の感想 ―
[一言] 来たああああああ!! 期待を裏切らないね、エースは!《*≧∇≦》 散々ここぞという場面で情けない姿晒してきたんだから今度こそ期待してるよ、仁!
[一言] 元祖666が
[一言] あれ、これ、取り込まれて溶け込んでね? 昨日感想書いた後、思い出したことだけど……
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