13 星を射落とす2
ブラフ。
そう悟った時には遅かった。
状況は仁にも分からない。ただ、様子からして澪とハロルドは決別したのだろう。
それ故に危機的状況だと判断したのだが――それを逆手に取られた。
仁のグリフォンをハサミに捕らえられたままロンバルディア級の外へと連れ出される。
反対側で囚われている澪を気遣いたいが、その余裕も無い。
この大型のアクチュエーターは恐らくそのままアサルトフレーム位なら握りつぶせる。
そうしていないのはあの場所で壊されたくないものがあったからか。
だがこうして外に出てしまえばその恐れも無い。
潰される前に脱出しなければ。
そう思ってエーテルダガーを突き立てるのだが刃が立たない。
相手のエーテルコーティング出力が高いのだ。
「2番、3番リアクターリミッター解除」
一基では足りない。
同時に二基のリアクターのリミッターを外し、一気にエーテルを供給させる。
二つまでならまだ大丈夫だ。
シャーリーのチューニングは爆発的に増えたエーテルをしっかりと受け止めてくれている。
機動力は要らない。
全てをエーテルダガーに注ぎ込む。
柱の様に太く伸びたエーテルの光刃がハサミの装甲を断ち切る。
僅かに動じた気配。
微かに緩んだ拘束。
その機を逃さずに仁は機体を捻り、強引に抜け出す。
幾つかのパーツが脱落したがそれよりも自由を得た事の方が重要。
そして――流石に限界を越えたエーテルダガーをアンタレス目掛けて投げ捨てる。
眼前で爆発。
閃光が相手の視界を奪う。
「今、助ける!」
狙うは反対のハサミ。
囚われのままの澪をまずは救い出す。
エーテルダガーを引き抜く。
これまでの戦いで既に消耗している。
残りはこれ一本だ。
エーテルライフルは二丁マウントされているが、この手の大型を相手取るには如何にも厳しい。
一撃の威力を高めるという観点ではエーテルダガーが最も効率がいいのだ。
一本使い捨てたのは早計だったかと悔いる。
先程よりも少し控えめに注がれたエーテルダガーの攻撃。
元より、今は推進系も考えないといけないので先ほどの様に攻撃に全てを注ぎ込む事は出来ない。
それでも出し惜しんだつもりはない。
込めた意思は間違いなく一撃で切り落とすつもりだった。
敵の腕部にエーテルダガーが弾かれる。
「エーテルコーティングの、偏向展開!」
こちらの狙いどころを完全に看破された。
斬りつけてくるであろう部位の防御を高めて、仁の攻撃を弾き返したのだ。
硬直は一瞬。
その一瞬でランスが仁の動きに追いついた。
全方位を取り囲む偏差射撃。
ハロルドの攻撃も間違いなく必殺。
その悉くを仁は回避する。
未来が良く見える。
身体が軽い。
回避スペースを減らしながら追い込んでいく狩りの如き攻撃を、反撃を交えることで仁は切り抜けた。
時にランスさえも足場にしてピンボールの様に駆け回る。
その好調の理由は分かっている。
最後の未練が、消えたから。
ずっと十年間仁を縛り付けていた思いが、今はもう無い。
胸元に下げられた後悔の象徴は――それだけの年月と数奇な運命を経てあるべき者に手渡された。
その事が仁の心を軽くしてくれる。
その事が仁に未来を見せてくれる。
1.1秒。
僅かに一割が伸びた仁の世界。
誰も追いつけない。仁だけの世界。
ハロルドが同じエースだとしても、いや同じエースだからこそだろう。その0.1秒は余りに重い。
それでも尚、崩せない。
「くそっ! 火力が……!」
足りない。
今しがたよけ損ねた一撃でエーテルダガーを持っていかれてしまった。
相手の攻撃を打ち返すという彼にしかできない神業で防御兵器としても使っていたのだがそれももう限界。
自分の手数と相手の手数が違い過ぎる。
戦術も何もない本能だけで動くクイーンですら仁一人では手に余るのだ。
クイーン並みの火力・防御力に、それ以上の機動力。
更には十分に強力なエースがそれを操る。
アンタレスは戦術単位で見れば中々厄介な相手だった。
一人では辛い。
だが――周囲は動く気配がない。
誰も彼もが先ほどまで仁が見ていたような理想が叶った世界に囚われているのか。
そこから抜け出させる術を仁は知らない。
それでも叫んだ。
「寝てんじゃないぞ、エーデルワイス!」
真っ先に仁は彼女の名を呼んだ。
己の部下でもなく。教え子でもなく。
かつてしのぎを削って命を取り合った相手を。
だって仁は信じている。
この宇宙で。たった一人。自分と同じだけ彼女は澪を案じているのだと。
「澪を守るのがお前の仕事だろうが! どんな夢を見てるのかは知らないが……」
テルミナスの民にとっての理想と言えばこんなごたごたに巻き込まれずにいる事か。
だが少なくともその時の彼女らが抱く御子は澪ではない。
「澪はここにしかいない!」
言っている本人が失笑物の発言だ。
ついさっきまでそんな事を見失っていたのだから。
その叫びは澪当人にも届いた。
どうしてここにいるのかと問いかけたい。
どうして令じゃなくて自分を選べたのか問いかけたい。
だけど戦いの邪魔になると思った澪はじっと待つ。
言いたい言葉をぎゅっと噛み締めた唇の中に閉じ込めて。
それでも仁の叫びに澪は思わず漏らした。
「おとーさん……」
自分を助けに来てくれた。それだけで澪は嬉しくて仕方なかった。
そしてその叫びを聞いたもう一人。
ロンバルディア級のハッチの前で佇む一人のテルミナスの騎士が――その隻眼に赤い輝きを灯した。
――再起動。
――模倣人格を展開。
――××炉。定格で運転。
エーデルワイスは己の意識を取り戻す。
仁はテルミナスの民も皆、自分同様向こう側に意識を囚われていると思っていたが実体は違う。
――躯体稼働率89%。
――各部チェック。
――××循環式伝達系に損傷。
テルミナスの民――その意識は人間よりもよほど繊細に出来ている。
プロセッサーこそが本体だと人間は考えているが実際は違う。
その奥にある小さなエーテルの灯。
人が魂と呼ぶ何かがその本質だ。
――全システムを稼働状態へ。失敗。
――予備システム起動。失敗。
――機能限定。縮退運転開始。
プロセッサーを破壊するという事はそのエーテルが霧散するという事。
逆を言えば、例えプロセッサーを破壊されてもそのエーテルが守られているのならばテルミナスの民もASIDも死には至らない。
そして実はそこに干渉されればテルミナスの民もASIDも簡単に動きを止めてしまう。
――××××ネス×××ライト固有振動安定。
――再起動シーケンスを終了。
常軌を逸した出力のエーテル通信。
それは最早テルミナスの民にとっては一種の劇薬だ。
目の前でタイヤが破裂したような物。
その衝撃で鋼鉄の身体は兎も角、その内にある小さなエーテルは耐えられなかった。
つまりは――失神していたのである。
『…………状況報告』
その声に応える声はない。
共に『レア』の中へ突入したテルミナスの戦士たちも、サイボーグ戦隊の残党と戦っている戦士団も。
皆皆応答がない。
あの一瞬で全員意識を刈り取られたらしい。
『不覚』
エーデルワイスだけ復帰が早かったのは偏にそのスペックの高さゆえだろう。
他の者達はまだ、復帰には時間がかかる。
同格のユニコーンは恐らく最も深刻だろう。
何しろ彼女はユーリアとの連携の為に、己の躯体制御を明け渡していた。
それは己の最も深い場所であるエーテルの灯を晒す行為だ。
つまりは最も無防備な状態であれをうけたのだ。
命じた者として少々責任を覚える。申し訳ない事をした。
多分当分は目を覚まさないだろう。
そして他の戦士たちもその戦力としては兎も角、純粋な肉体強度的な意味ではエーデルワイスには劣る。
つまり、テルミナスの戦士団で動けるのは彼女一人だった。
『往くか』
復調には程遠い。
幾つかの機能には制限がかけられている。
手近な素材を取り込んで回復したのだが、この辺りの素材と言うと戦艦やアサルトフレームだ。
エーテルコーティングが施された物体は吸収できない。
ASIDとの戦いで人類側の戦力が取り込まれないのはそれが理由だ。
離れた場所から感じるエーテルの波動はかなり強い。
自分一人では抗しきれない可能性は十分にあった。
それでも行く。
例え自分が最後の一人になろうとも。
エーデルワイスが己の役目を放棄する事は無い。
澪を守る。
それが偉大な親から与えられた己の役割であり――己が最もやりたい事なのだから。




