14 星を射落とす3
長剣を手に取る。
遥かな古代に初代のテルミナスが終焉から模倣したという、剣。
未だその全能力を使いこなせているとは言えないが、ここまでずっと苦楽を共にしてきた剣だ。
大丈夫。
それに自分は一人ではないのだと知っている。
『……ふっ』
笑った。
それは誰も知らないところで零されたエーデルワイスの笑い声。
『私が誰かを頼りとするとは』
自然、漏れる言葉が人の言葉となったのは何時ごろか。
ユニコーンを始めとした反対派はそれを厭いながらも染められていく。
嗚呼。きっと。
自分たちの祖先がまだ肉の身体を持っていた頃を魂が思い出しているのだろうとエーデルワイスは思う。
自分たちは生き延びるために変わり続けて来た。
だけどきっと心の奥底ではどこか――変わらない事を願っていたのかもしれない。
自分たちのこれからの変化が回帰なのかそれとも進化なのか。
エーデルワイスにも分からないけれど。
その変化が自分はどうやら嫌いじゃないらしいのだと気付いた。
『あの方はここにしかいない、か』
周りは皆静まり返っている。
ただ遠くで小さな戦闘の波動を響かせている。
たった一人。娘を守るために。
『お前はこちらを選んだのだな。ジン』
赤い輝きを全身に灯す。
己を死の淵にまで追いつめた勇者が苦戦する相手。
それは間違いなく強敵だろう。
恐らくは、エーデルワイスがこれまでに挑んだ中でも最も。
だがそれは望むところだった。
『あの方の守護者としての座。私はそれを諦めたつもりはない』
この八年間は仁に譲ってきた――が、一の守護者は己だという自負がある。
それを奪い合う様な機会は無かったのだが――今がその時だ。
己よりも強大な敵にひるまずに挑む。
仁は己に対してそうした。
娘を守るために命を賭けた。
『あの方を――澪様を助け出す事でその証としよう』
隻眼を輝かせる。
己の覚悟とてそれに劣るものではない。
それを見せるために。
それに口には出さないが――エーデルワイス個人としても東郷仁という勇者は気に入っているのだ。
何しろ己と互角に斬り合える相手なんてテルミナスの民にだっていない。
そんな今後トレーニング相手になりそうな人物を見捨てるなんて選択肢はない。
リアクター出力を高めて、ロンバルディア級の装甲を軽く蹴る。
エーテルの輝きを棚引かせてエーデルワイスは加速する。
そしてその勢いのまま――アンタレスの横っ腹に全力の両足蹴りを叩き込んだ。
それは姿勢を崩した仁の窮地を救う一撃。
体格差など物ともせずに、吹き飛ばす。
油断なくアンタラスを睨むエーデルワイスだったが、その注意は完全に目の前の相手に向いている。
それを見た仁は咄嗟に警告した。
「小型のがいるぞ!」
弾かれた様に頭部が動く。
そしてその隻眼がランスを捉えた。漆黒の宙の中で泳ぎ回る獰猛な肉食魚。
そこからの砲撃を、自身の長剣で弾いて凌ぐ。
『助かった』
流石に知らぬままに不意打ちを受けていたら思わぬダメージを負っていたかもしれない。
微かな安堵らしきものを滲ませてエーデルワイスは仁の隣まで滑る様にして移動した。
『奴が不届き者か』
未だ囚われの身である澪を見つめて、エーデルワイスは隻眼を明滅させた。
どうやら怒っているらしいという事は十分に伝わってきた。
『まずは澪様を救い出す』
「ああ……澪様?」
聞きなれない呼び方に疑問を抱いた仁だったが、エーデルワイスはそれには答えず先行した。
『往くぞ!』
つまり、前衛は任せろと言う事だろうか。
仁としても前に出る方が得意なのだからポジションを変わって欲しい所だった。
が、それも無理な相談だろう。
エーデルワイスの長剣で援護してくれと言ってもどうするのか想像もつかない。
故にこの配置は必然となる。
敵は澪を人質に取っているような形だ。
その事が懸念材料だったのだが――それを解消したのは澪自身だ。
『おと……じん!』
「澪! 無事か?」
久しぶりに聞けた娘の声。
胸に去来した感情が思わず涙となって零れそうになる。
だが堪える。今はまだその時ではない。
堪えたのは澪も同じだ。
ここに仁がいる。
それが一つの証明である。
本当に自分はただ、悲壮感に酔っていただけなのだと思い知らされる。
こんなにも必死になってくれる人が居るのに。
それを全て投げ出そうとした自分。死にたいほどの自己嫌悪を覚えずにはいられない。
『無事! でもとーや君が……!』
「東谷君?」
何故ここに。という疑問。
今動いているのが自分だけという状況。
周囲も皆、意識を囚われているのだと思い込んでいたのだが――早計だったのか。
『ライテラを壊して!』
澪は叫んだ。
細かい事はどうだっていい。
仁に伝えるべき言葉は今じゃない。
伝えるべき事。それは現状の打開策。
今それを伝えられるのは澪だけだ。
『まだ、過去を変えるって言う未来は確定してないの。だから、今ライテラを壊せば全部止められる!』
澪の推論は奇しくもハロルドと同じ結論に達した。
間違いなく、過去の改変は始まっている。だが――それは完了もしていないのだと。
実に未来と過去が入れ替わったような奇妙な状態だ。
今よりも未来で過去が確定するというのはまるっきり逆さまだ。
そして同時にその事実はもう一つの事実を導き出す。
『だから、まだこの人は私を殺せない!』
自分が今も無事で居ることが澪の仮説の根拠だ。
もしも必要が無いのならば、ハロルドは容赦なく自分を排除しただろう。
そうされていないという事は即ち、未だ必要であるという事。
澪から伝えられたその二つの情報は、仁にある種の安堵を与えてくれた。
過去改変された世界がどうなるかなんて仁には分からなかった。
最悪、今の現状が続くかもしれないと考えていた。
それを覆す手がある。
状況はある意味振り出しに戻ったと言える。
ハロルドを突破し、ライテラを破壊する。
そして澪を奪還する。
ただしそれには制限時間がある。
過去の改変がどの程度で完了してしまうのか。
或いは、このまま時間を稼げばライテラ本体のエーテル不足で止まるのか。
そうした諸々はハロルドにしか分からない。
『なるほど』
エーデルワイスはそう言いながら。長剣でアンタレスの脚を一本叩き斬った。
今は抑え気味で振動させている様だったが、それでもアンタレスのエーテルコーティングを突破するには十分。
高出力であっても、それはエーデルワイスにとってはさほどのアドバンテージではない。
クイーンクラスの2000ラミィ。エーデルワイスの倍だ。
しかしその体積は十倍近くある。均等に配置すればそれはエーデルワイスの五分の一しかコーティング強度は無い。
それをフォローするためにハロルドもコーティングを偏向させていた。
だが追いつかない。
未熟な澪の動きならまだしも、歴戦の勇者であるエーデルワイスの動きを容易く見切れるほど、両者に差はない。
それを見ていて仁も気が付いた。
ハロルドはあの兵器を持て余している。
元よりアサルトフレームとは最早別の兵種だ。
エースとは言え容易に乗りこなせる物では無いだろう。
それに気づけば攻め所も見えてくる。
ハロルドの腕は決して低くない。
船団が違うため直接目にした事は無いが紛れもないエースと呼べる腕前。
それだからこそ良く分かる。
『化け物だな。君も。そこの人型も』
他のパイロットには背中を見せて来た自分が仁を前にしたらその影すら踏めない。
『興味本位だが――何故楠木令を諦められたのかな? いや、違うな。本当に諦められるのかな。ライテラを破壊しなければ、君が見ていた光景は現実に挿げ替えられるんだが』
ハロルドとしては軽い揺さぶりのつもりの言葉。
相手が操縦を少しでも鈍らせてくれれば。そんな思いで放たれた言葉は。
「何故? 諦められるかだと」
的確に仁の逆鱗を削り取っていった。
「お前が、それを言うのか!」
攻勢が強まる。
収束されたエーテルライフルが数発。数ミリの誤差も無く同じ個所へ釣瓶打ちされて脚部がまた一つ脱落した。
これは虎の尾を踏んだかなと思いながらハロルドは反撃の為に尾を――アンタレス最大の武装である大型エーテルカノンの首を巡らせた。




