12 星を射落とす1
「改めて聞くが……協力するつもりはないかな。東郷澪」
一対一の戦いは極々短時間で趨勢が決まった。
澪の必死の抵抗は何一つ歯が立たなかった。
収束させたエーテルを纏った徒手格闘と、高速振動するエーテルを流し込んだワイヤーによる攻撃。
それが澪の本体が持つ武装の全てだ。
ASIDとして、テルミナスの民としての澪は生まれたばかりも良い所だ。
己の手足の様に扱える武具が無い以上、その高いエーテルリアクターの出力に見合った戦闘能力を発揮できない。
まして、エーテルの圧縮技術。収束技法を身に着けていない。
対してハロルドは元エース。
嘗ては仁と同じように防衛軍で船団を守る役割を担っていた男だ。
その彼からすれば澪の抵抗など正に赤子の手を捻る様な物だっただろう。
手も足も出せずに追い込まれた澪に掛けられた言葉が先のそれだ。
圧倒的優位な状態からのそれは実質降伏勧告だろう。
『協力……?』
この期に及んで何を言うのかという意思を持って睨み付ける。
当然だが――ハロルドはその程度で小動もしない。
淡々と言葉だけを続ける。
「そうだ。君だってこの結果は不本意ではないだろう?」
その言葉にある結果――大破したレオパードに視線を落として澪は、生体の方の唇を噛む。
「別に私はどちらでも良いのだよ。君がいようが、楠木令がいようが。楠木令を生かす道を選んだのは君との協力条件だったからだ」
いっそ優しさすら感じる声音。
そこでふと気が付いた。
この人は、人もASIDも分け隔てなく見ていると思った。
だけど違う。
――区別がついていないのだ。
己とそれ以外でしか世界を認識できていない。
人やASIDだけじゃない。きっと物も、現象も。
何もかもが自分以外としてしか認識していない。
そんな大雑把な括りだから、彼は多くの事を知れたのだろう。
徹底的に客観的に世界を見ているから新たな法則にも気付ける。
自己愛とも違う。
彼は己すら必要なら使い捨てて良いと思っている。
ただ己の意思だけ。それの赴くがまま行動している。
自分以外の全てが同じだから大切な物がない。
ないから、他の人が大切にしている物が分からない。
「この戦いを無かった事にするだけの過去改変――未だ過去は確定していない。方針変更は可能だと私は考えるよ」
戦いを無かった事にする。
ああ、それは澪にとっては正しく理想的だろう。
知りたくも無かった真実を知らずに。
知りたくも無かった生まれを知らずに。
あの数か月前に世界に戻れる。
何も気兼ねすることなく卒業して、旅行に行って。
きっと楽しいだろう。そんな事想像するまでも無い。
だけど。
そこに澪の流した涙はない。
変わらなかった友人たちとの絆は無い。
色んな覚悟と犠牲の上に伝えられた言葉がない。
会いたい。もっと話をしたい。
あの言葉を伝えてくれた守ともっと自分の言葉を伝えたいと澪は今思っているのだ。
変えた世界に守はいても、あの言葉を贈ってくれた守は居ない。
自分に未来は無いと思いこんで閉ざしていた扉をこじ開けてくれた守は居ない。
あの彼は。宇宙のどこを探したってここにしかいないのだ。
この時間を辿って、この時に辿り着いた彼しかいないのだ。
だから澪の応えは決まっている。
『お断り』
だって知ってしまった。
自分が仁の幸せを奪ったという事も。
自分が人間じゃない事も。
その上で、自分を好きだって言ってくれる人が居る事も。
まだ自分には未来があるのだという事も。
澪の覚悟何てそんな物だ。だってあれは壮大な八つ当たり。我儘でしかなかったのだから。
慣れない癇癪を起したら、偶々それを大事にしてしまえるだけの力があったという事。
――いっぱい悪い事をした。
それは被害を被った第三船団に対してもそうだし――願いが叶うと喜んでいたハロルド艦隊の面々にも。
自分はもうライテラ計画に協力できない。
何をおいても変えたい物があるのは分かる。
それでも、今の澪はもう協力できない。
自分の未来があると分かってしまったら、それを犠牲にしてまで他者の未来を願う事なんて出来ない。
(おとーさん……ごめんなさい)
土壇場で怖気づいたのだと言われても否定できない。
父親の幸せを祈っていたけど――ごめんなさい。自分の幸せの方が大事なんですと謝る。
一度与えた幸福をもう一度奪う様な真似。
最低だと思う。
でも、澪は守が好きだと言ってくれたこの時間を愛し続けたいのだと。
再び世界の事なんて考えずに我儘を言う。
「そうか。残念だ」
最後の交錯もやはり一瞬。
澪が選んだのは掌底。己の髪を腕に巻きつけて、高速の振動と一瞬で流し込むエーテルの一撃。
それは確かな破壊力となった。
アンタレスの足の一本を粉砕していく――が、この期に及んでそれは余り価値のある成果では無かった。
サソリを模したアンタレスには複数の脚がある。
それぞれが武装プラットフォームではあるのだが、戦闘能力という点ではほとんど落ちていなかった。
見た目に反して機敏なハサミによる打突。
衝撃が澪の思考を揺らして、怯んだ瞬間に、反対のハサミが澪を挟み取り動きを封じ込めていた。
「さて、どうやって拘束しておこうか」
まだ動いていた二機のレオパードはどちらも沈黙した。
澪も再び籠の鳥だ。
残り時間は澪をこの場に押し留めておけばいい。
このままハサミで押さえつけるというのも手だが、それだとハロルドも身動きが取れない。
そうした手間を厭ってなるべく澪の意思で協力してもらうようにしていたのだがそれももうここまで。
最早彼女の意思は考慮する必要がない。
「……髪を全て引き抜き、手足を削げば動けないか」
そこまで徹底的に破壊すれば、自己再生が可能なテルミナスの民とて十分な素材が無ければ回復は出来ない。
しばらく動きを止めるには十分だろう。
ハサミの合間から大型のエーテルダガーをのぞかせて、淡々とハロルドは解体作業に移ろうとした――その瞬間。
隔壁が吹き飛ぶ。
その爆風の中からグリフォンが飛び込んでくるのを見てハロルドは目を剥いた。
「まさか」
サイボーグ戦隊が動く筈も無い。
今、彼らは漸く念願叶ったのだ。
こちらへの未練何て微塵も無い筈。
そしてそれは、最大の難敵であった相手も同じはず――だった。
「こちらを選んだというのか東郷仁」
素直に驚いた。
見誤ったと言っても良い。
ハロルドにとっても彼がこちらを選ぶとは全くの予想外。
伝え聞く話では仁が楠木令に対して今も強い思いを抱いているのは確実。
故に、考慮もしていなかった。
「ハロルド・バイロン!」
グリフォンがエーテルダガーを引き抜いて迫る。
一瞬の加速。
相手の姿を見失う。
「ちっ……場所が悪いか」
ハロルドは舌打ちを一つ。
この場所は余りに死角が多い。
元々アサルトフレームよりも巨躯を誇るアンタレスは死角が多い。
それをランスに搭載されたカメラでカバーしていたのだが、この閉鎖空間ではランスを十分に配置できない。
故に、懐に潜り込まれたハロルドは仁を一瞬見失った。
更にはハロルドはライテラを傷つけるわけには行かない。
無差別な全周囲砲撃をしてライテラを破壊したら本末転倒だ。
懐に入り込んだグリフォンの斬撃をいなす。
尾に仕込まれた大型のエーテルカノンが、しなやかに動いて狙うは――澪。
「え?」
自分は最後まで必要な筈。
だから痛めつけられることは有っても最後の一線は超えない筈。
それにこの位置は良くない。後ろのライテラに命中する。
澪にはそれが分かっている。
だが仁にはそこまでの情報がない。ライテラをまだ破壊してはいけないという情報も。
澪とハロルドが決別したのだという判断しかできない。
「くそっ!」
澪を先に仕留めるつもりだと判断した仁は尾の狙いを逸らそうと、アンタレスの眼前に飛び出す。
いざとなればリアクターを一基使い捨てる覚悟だった。
澪を狙えば仁が庇いに来る。
それがハロルドの狙い。
ハサミが仁のグリフォンを捉える。
「場所を変えるぞ」
ここで撃破することも出来たが、その誘爆でライテラが破壊されたらたまらない。
アンタレスには狭いロンバルディア級の通路を抜けて、静まり返った宇宙へと飛び出した。




