24 共に歩む者5
『あっ……くぅ……』
戦場には似つかわしくない、か細い声。
『も、むぅり……』
『はい! 男子! 耳塞ぐ!』
余りの惨状にユーリアが男性陣は聞くなと声を挙げる。
流石に通信を切るわけにも行かないので、仁はどちらの声も聞こえなかった振りをして近寄ってくるグリフォンを撃ち落とす。
「究極的には、神経に走る刺激が強いという事だから正座して痺れた足を刺激されるような物か」
『いや、んな雑談する余裕は流石にねえけど!?』
流れ作業の様に敵を撃ち落としている仁に対して、コウはまだギリギリ手一杯だ。
現状について無駄話をする余力など無かった。
『大尉聞くなって言ってるでしょうが!』
「むしろそいつに黙らせろ。こっちだって耳障りだ」
妙な喘ぎ声――と言っても電子音声だが――をあげているのはユニコーンだ。
今現在、無線でユーリアのレイヴンと接続されているらしい。
ユーリアがユニコーンの躯体を動かすたびに、そんな掠れ声が聞こえてくるのだから仁達としても堪ったものではない。
挙句悪者にされるというのでは。
「前から思ってたけどアイツ委員長っぽいよな。初等学校とかの」
通った経験が無いので、あくまで伝聞――主に澪からの――だが。
『おい、教官! アンタもしかして現実逃避してんじゃねえよな!』
明らかに今考える必要のない事をぼやく仁に、コウがとうとう突っ込みを入れた。
大分ユーリアはユニコーンを乗りこなすのに苦戦している様だったが、彼女が出来なければ誰にも出来ない。
囁き声の様な音声だけを聞かされながら仁はそう思った。
『質問だ。委員長とは?』
「小集団のトップだ」
『ほう。強者に相応しい立場だな』
『雑談している暇があるなら手伝え!』
仁もエーデルワイスもサボっているわけではない。
ただコウは放っておいても大丈夫そうなので他のフォローを優先しているだけだ。
敵がこちらに集中してきている。
数を減じながらも、サイボーグ戦隊は目ざとくユニコーンが何かをしようとしているのに気付いたらしい。
まさか裏では喘ぎ声を上げているとは思わないだろうが、何もさせまいと多くのグリフォンがユニコーンを狙いだした。
仁とエーデルワイスは無言の連携で遠距離攻撃を仕掛けようとしているグリフォンへと最速で接近して殴りかかっていた。
両者ともにレイヴン以上の機動力だ。遊撃としては適任だった。
そして近付いてくる敵にはコウを始めとする特殊編成中隊とテルミナスの戦士たちが。
その二段構えは人と、テルミナスの民が確かな協力関係を築き始めていた証だ。
今は混戦となっても背を預けて、互いが互いをフォローしあっている。
『んん……こんな感じかな……』
『ダメ、だ。そこは……』
『うーん。何だか私まで妙な気分になってきました』
ぼやきながらも、ユーリアはユニコーンの躯体を掌握していく。
初めて――深い意味はない――の作業なので、彼女の感覚器などの同調が必要だった。
レイヴン側の設定を弄る事数分。
ユニコーンの感覚器とレイヴンのそれが同調する。
一気に広がった視野に小さく感嘆の声を挙げた。
『……凄い。貴方たちには宇宙がこんな風に見えているのね』
数々の宇宙線、放射線。エーテルの輝き。星間物質の動き。星の生み出す重力。
自然が産み出したそれらの軌跡は一枚の絵画の様な調和を感じさせる。
それらが視覚としてユーリアにも共有される。
感動を齎した光景とて、まだ彼女たちが見えている物の一部に過ぎないのだ。
『よしよし。これで行けるわ』
『ふぅ……準備は、整ったか』
どことなく疲れた声をユニコーンは出しながら、ユーリアの準備が完了したかを尋ねる。
『ええ。ばっちりよ』
声に合わせて、ユニコーンの腕が動く。
己の砲身を、腰だめに構え、破砕された小惑星に襲われている自動迎撃衛星へ狙いを定める。
距離にして一万キロメートル。
アサルトフレームの交戦距離が100キロメートル近辺となると、最早この距離は常識外れだ。
地球の直径四分の一の距離。
その先にある目標など、ユニコーンの眼を以てしても豆粒のようにしか見えない。
『動かないでね、ユニコーンちゃん』
『ちゃん……?』
どういう呼び方なのか、舌なめずりをしながらユーリアは慎重にその砲身の向きを変える。
柔らかに。
繊細に。
羽を当てたかの如き動きを、己の指先だけの感覚を頼りに調整する。
巨大質量による重力の風。
それら外乱要素を考慮に入れて。
息を止めて、トリガーを引き絞る。
エーテルの輝きが、戦場を横断する。
戦艦の砲よりも細く。
正確な射撃で。
『命中』
静かに。着弾よりも前にユーリアは断言した。
その言葉通りに『レア』の近辺で炎の花が咲いた。
『次。行くよ』
『…………貴様』
浮かれる事も無く、ユーリアは淡々と次の標的へと照準を合わせ始める。
先ほどの騒がしい様子とは打って変わった姿にユニコーンも己の躯体が冷えて行くような感覚を覚えた。
信じがたいほどの長距離狙撃を成功させたのだと気付いたサイボーグ戦隊の攻勢が強まる。
当然だろう。
これを放置していたらいずれ『レア』は丸裸にされる。
とは言え、こちらにも余裕がある訳ではない。
小惑星を突っ込ませるなんて言う荒業は何度も使える物では無い。
丁度いい小惑星が見つかるとは限らないのだ。
メインベルトと言えども、あくまで宇宙のスケールにおいて密集しているだけで、一個一個の距離は相応に離れている。
つまり、小惑星の破片が全て撃墜されるか、敵陣の中を全て抜けてしまえば同じ手は使えない。
あれだけの攻撃能力を持つ衛星だ。
今は迎撃に全力で防御を考えていないから一撃で落とせているのであって、通常の守りとなったらこの長距離狙撃では無理だ。
そして接近したら今度は艦隊の砲火の中で狙わないといけない。
故にこれが最初で最後の機会と思うしかない。
お互いにそれが分かっているがゆえに、この局所的な筈だった戦いは俄然戦いの趨勢を握る物となった。
『出力をチョット増しておこうか。二割……一割で良いや』
『従おう』
リアクターからの供給量を、ユニコーンはほぼ火器に回していた。
防御のためのエーテルコーティングは最小限。
機動のためのエーテルは完全カット。
今は敵艦との相対速度を合わせて、見た目上は静止している状態だ。
完全な固定砲台と化したのは、ユーリアの求める水準にユニコーンが応じたから。
人を嫌う彼女が、澪を取り戻すためにユーリアのいう事を聞いている。
命を助けたという恩もあるだろう。
だが彼女の中でも何かが変わっていた。
第二射。
今度は身を挺して防ごうと、射線上に一機のグリフォンが割り込んだ。
更にもう一機巻き込んで――しかし一発目と変わらぬ威力でアンブレラⅡへと突き刺さる。
花が一輪増えた。
ユニコーンは静かに戦慄する。
今の指示は、敵が妨害に動くことまで読み切っての事だった。
先ほどと同じ威力だったら、衛星まで届かないか届いても撃破するまでの威力には至らなかっただろう。
『うん、もう戻していいよ。多分今ので無駄だって分かっただろうから』
身を挺しても防げないのであれば、盾となるよりも矛となる事を選ぶだろうとユーリアは判断していた。
その読みはほぼほぼ勘である。だがそれがまたよく当たる。
コウ、メイ、そして仁というビックリ箱みたいな連中にもまれた訓練校時代。
更にその後も八年間コウとタッグを組んで……彼女の洞察力は極めて高い。
狙撃が上手いのも相手の動きを読み切れるからだ。
今も、狙撃を妨害する要因である自然現象。敵の動きに心理。そこまで読んで狙撃を成功させたのだ。
残りの衛星は六基。
小惑星のデコイは大分数を減らしている。
自分では絶対に不可能だとユニコーンは思う。
だがこの妙な人間――ユーリアならば或いは。
『良い感じ良い感じ。私達もしかして名コンビじゃない?』
『……さあな』
『連れないなあ。三発目。行くよ』
自分の躯体を労わる様に、しかし自分では不可能な程精密に動かしてくる相手へ気の無い返事をしながらユニコーンは思った。
まあ、こいつになら自分の躯体を明け渡すのは吝かではないと。
――別に認めたわけではなく、偶に己の限界以上を知る事が出来るのは実力を伸ばすために最適な行動と判断したからで。
誰にするでもなく早口で言い訳しながら、ユニコーンは三つ目の花が咲くのを見た。




