23 共に歩む者4
ハロルド艦隊は押されていた。
同時に、状況はハロルド艦隊に有利であった。
戦術的――正面戦力の戦いには第三船団とテルミナスの民が勝利を収めていた。
が、戦略的な話となると事情が変わる。
ハロルド艦隊は、この場で勝利を収める必要はなく後一時間を持ちこたえて母星、地球へと向かえば良いのだから。
そしてその進行は僅かも押し留められていない。
このペースならばサイボーグ戦隊と鹵獲体が全滅する前に、一時間が経過する。
そうなればライテラが起動し、全てをひっくり返してしまう。
だがそれらの情報は第三船団側の与り知らぬこと。
戦局を誤解したまま、時間だけが進んでいく。
どの道、彼らには自動迎撃衛星アンブレラⅡを突破しなければ中枢たる『レア』に取り付けない。
何か仕掛けてくる。
そう身構えていても尚、第三船団の取った行動はハロルド艦隊の度肝を抜いた。
オーバーライトの輝き。
何かがこの宙域に出現しようとしている。
質量はかなり大きい。
偶然ASIDの群れが襲ってきた――何て言うハロルド艦隊にとって都合の良いハプニングは期待できないだろう。
もしもそうならば、澪がその群れの大半を乗っ取れるので戦力の増強に繋がるのだが。
だとしたら第三船団の仕掛けた一手。
増援の可能性が高かった。
そう警戒していたからこそ衝撃は大きい。
現れたのは直径六十キロは有ろうかという巨大な岩塊。
「しょ、小惑星……?」
このサイズの物となると、エーテルコーティングがあったとしてもぶつかれば甚大な被害が出る。
あくまであれは強度を上げているだけ。物理的な衝撃でもそれが桁外れであれば突破できるのだから。
まして、加速しているとなれば尚の事だ。
ある意味、人間が用意できる最大の物理攻撃を前に、ハロルド艦隊は一瞬の停滞を余儀なくされた。
「正気かあいつ等!」
ハロルドが可笑しさを交えた笑みを浮かべる。
あのサイズはロンバルディア級でも直撃したら撃沈する。
そして予想通りと言うべきか――それは真っ直ぐに『レア』を狙っていた。
◆ ◆ ◆
仁の思いついた自動迎撃兵器の攻略方法とは至ってシンプルだった。
どうしようもない質量をぶつけてやれば良いという物だ。
地球の近郊――と言っても7500万キロメートルは離れている――にある火星。
そこから更に離れた木星との中間点にあるメインベルト。
オーバーライトを使えば、テルミナスの民単独でも飛べる。
そこで見繕った丁度いいサイズの小惑星を、再びオーバーライトで戦場に持ち込んだのだった。
『あれ一つで良いのか』
エーデルワイスの問いに仁は首肯する。
「数を増やすと撃ち漏らしの可能性があるからな」
出現場所を敢えてハロルド艦隊から離したのも、撃墜させるためだ。
流石にあれだけの質量を直にぶつけたら艦隊も沈む。
ちなみにこの二人、普通に会話しているが、その会話の合間に仁は操縦桿を捌いてグリフォンを数機撃墜している。
劣った機体でも互角以上に戦えていたのだ。
そしてサイボーグ戦隊は仁に余りにその戦い方を見せすぎた。
最早、彼らには仁を止めることも出来ない。
決死の覚悟で挑んでくるが――仁の指先が動くたびにエーテルライフルが放たれて撃ち落されていく。
怪物、化け物。サイボーグ戦隊はそんな怨嗟の声をあげることも出来ない程に叩きのめされていく。
戦闘において、今の仁に心配事は無い。
この位置からならば、エーテルカノンによる破砕が間に合うだろう。間に合うはずだ。仁の心配事はそれだけだった。
もしも間に合わなければ色んな意味で台無しである。
仁の期待した通りに、全力で迎撃態勢に入るハロルド艦隊。
次々とエーテルカノンが放たれて表面が剥がされていく。
だがそれだけだ。完全破砕には至らない。
艦隊の中で一際巨大な一隻がゆっくりと動き出す。
ロンギヌス級機動戦艦『トリシューラ』。それが近接格闘形態へと移行し、エーテルハイメガカノンを構えた。
今や、ハロルド艦隊の主だった艦は全て小惑星の影に隠れている。
その隙を逃さずに艦隊司令は号令を下した。
全速前進。
この機にハロルド艦隊との距離を詰める。
戦線を一気に押し上げる事で、その足を鈍らせる狙いだった。
エーテルハイメガカノンの閃光が、小惑星越しにも見える。
数度瞬いたそれは――遂に真っ二つに割れた。
『……恐ろしいな人は。我らとてあの天体を砕けるのは陛下くらいだ』
「人間だってロンギヌス級くらいだよ」
二つに分かたれたとはいえ、まだまだ十分に巨大だ。
半分は変わらず『レア』に向かっているし、残った半分は――幾つかのロンバルディア級を押しつぶしていく。
一隻は真正面から受け止めて完全に撃沈した。
他にも撃沈には至らないだろうが、航行は不能だろう艦が十隻近く。
この策とも呼べぬ力押しでハロルド艦隊の半数が機能不全に陥った。
更に残り半分も、『トリシューラ』が迎撃しているが、消し飛ばすには至らない。
より細かに分割されて、その破片をアンブレラⅡが撃ち落していく。
「……やっぱりな」
その命中精度は驚異的としか言いようがない。
的確に己にとって被害を招くであろう破片だけを選別して撃ち落している。
同時に、それは無害な物だけを残した――即ち防御の必要が無いという事だ。
それは仁が考えていた可能性の一つ。
「迎撃と防御は同時に出来ない。だったらこっちの狙撃を防げるか?」
アサルトフレームの限界を越えた超長距離射撃。
流石に仁もこの距離を狙撃した事は無い。
そんな前人未到に挑むのは――。
『ああ! ダメ! もっと左。こう、柔らかに乙女の柔肌に触れる様なタッチで! 行き過ぎ! 右! 右!』
『分からぬ。正確な単位で指示してくれ』
『もう、どうして分からないかな。指先の感覚で分かるでしょ!』
『おい、教官。ありゃダメだぞ。主にユーリアが』
ユーリア・ナスティン。そしてユニコーンと呼ばれるテルミナスの民だ。
のだが、この二人のコンビネーションはどうも今一の様だった。
コウが匙を投げる程度には。
原因は主にユーリアにある。
仁も知らなかったのだが、こと狙撃に関してユーリアは完全な感覚派だった。
仁ですら多少は己の感覚を説明できるのに対して、ユーリアはもはや何を言っているのか分からない。
当人に自覚があるのかないのか。
一々比喩表現が官能小説っぽい。
『無理ですよ大尉! ユニコーンさんと共同で狙撃何て!』
『エーデルワイス。こちらも提言。ユーリア・ナスティンとの共同作業は不可能』
この土壇場で何を言っているんだと思わないでもない仁だったが、いきなり無茶ぶりをしたのは彼なので何も言えない。
やはり難しいとなると、セカンドプラン――砕かれた小惑星を盾に自動迎撃衛星に接近して撃墜するしかない。
セカンドプランに移行するならば、突入部隊を選抜する必要がある。
速さを追求するとなると自分たちとテルミナスの民から数名だろうかと考えているとエーデルワイスが助け舟を出した。
『ユニコーン。貴様が躯体制御をユーリア・ナスティンに渡せばいい』
『――正気か。エーデルワイス』
その提言に、ユニコーンは絶句したような気配を見せた。
『この様な、矮小な者に我が躯体を明け渡せと?』
聞こえてくる声音は変わらないが、それは単にテルミナスの民が音声に感情を載せるのが苦手なだけだ。
その内心は、激怒していると言っても良い。
「……なあ、躯体を明け渡すって」
『我らは、己の躯体の制御を他者に委ねることが出来る。そちらのレイヴン、とやらから動かすことも可能であろう』
『話だけ聞くと名案っぽいんだけど、ユニコーンさんは何を怒っていらっしゃるので?』
ユーリアの問いかけに、不気味な程静かなユニコーンの答えが返ってくる。
『躯体を委ねるのは、番となった相手だけだ』
「あー」
何となく仁もユーリアも察した。要するに、テルミナスの民にとっては非常に恥ずかしい行為らしい。
それは怒る。
『我らが御子の為だ』
『自分は関係ないからと好き勝手を言う』
『ならば他の手段を提示せよ』
それが決定打となったらしい。
『くっ……殺せ』
『いやいや! 殺さないから! 折角さっき助けたのに!』
『命の恩を迫る……この卑劣な輩め』
どうでも良い事だが、ユニコーンは微妙に語彙が豊富だなと仁は現実逃避的に考えた。
当事者は全く納得していない様だったが、ユニコーンの躯体をユーリアが操縦して狙撃するという事になった。




