25 共に歩む者6
四つ目の炎の花。
それが真空の宙に花咲いた瞬間、仁は決断した。
「エーデルワイス! 何人か腕利きを連れてこい! ナスティン少尉! そのまま砲撃だ! 残りは――」
相対距離が縮まりつつある敵艦を睨む。
既に自動迎撃衛星アンブレラⅡの防衛網には大きな隙間が出来ている。
アサルトフレーム部隊を突入させるには十分な穴が。
「着いて来い。敵艦に突入して、コントロールを制圧する」
総勢ニ十機程度の戦力で、戦艦一つを落とすというのは無謀だ。
だがこの戦力ならば可能だろうと仁は判断した。
何より、残り時間が少ない。
指先程のサイズだった地球が今は親指で隠せない。
衛星だった月も近付いてきている。
何時ライテラが起動するか分からない。
本気で阻止をするのならばここはもう分水嶺だ。
比喩抜きで、ここからの一時間が人類の未来を決める。
エーデルワイスと仁のコンビネーションが、敵の防衛線に風穴を開ける。
それぞれが個でも容易には対抗できない程の戦力なのだ。
テルミナスの民の中でもセブンスを除けば最強であるエーデルワイスにアサルトフレームで抗しうる人間など、仁位しかいない。
その仁が手を組んでいるのだからサイボーグ戦隊と言えども最早雑兵と変わらない扱いだ。
何よりも恐ろしいのは、エーデルワイスと組むようになって仁の動きは更に磨きをかけているという点である。
これまで自分の全力に着いてこれる相手がいなかった。
それはコウの存在で解消された様だったが――まだ、本人にも気付いていない遠慮があったのか。
通常は引退を考え始める年で更なる伸びを見せる事に追いかけているコウは驚愕を隠し切れない。
「いや、これは……ハードル高いぞ、守」
仁が常々口にしていた自分より弱い相手に澪は任せられないという言葉。
その壁を乗り越えようとしている弟にコウは引きつった笑みでエールを送る。
コウだって強くなった自信はある。勝ち越しとまではいかずとも、仁相手でもいい勝負が出来る自負もあった。
だがそれが今のこれを見ていると揺らぐ。
今の仁と十回模擬戦を行って、果たして二勝を拾えるかどうか。
自分の距離だと胸を張って言える近接戦であっても、とっておきの奇策を持ち出して漸く一勝。
恐らくは通じるのは初見だけ。二回目は対処されるだろうという嫌な予感もあった。
本当に同じ人類なのか疑いたくなる。
――無論、コウのその評価の中には仁が服用しているナノマシンの効果も含まれている。
仁がメイの身体を蝕んだそれを摂取していることを知っているのはシャーリーと一部の医官だけだ。
それを抜きにしても今の仁の動きは神が乗り移ったかのようだった。
並みのエースを上回るサイボーグ戦隊が手も足も出ない。
その中でも他よりも鋭い動きをする一団。その中の一機がエーデルワイスの脇を抜けて仁に取り付こうとする。
『東郷、仁!』
頭部を半壊させたグリフォンがエーテルダガーを携えて切りかかる。
エーデルワイスの長剣の間合いを通り抜けて来たその事実だけでも強敵だと分かる。
その声に、仁は聞き覚えがあった。
「確かグレイス中佐、だったな」
『己の失策のツケをここまで払わされるとはな……貴様は確実に排除するか取り込むべきだった!』
この宙域においても仁が居なければどれだけ楽であったことか。
人類の中でも間違いなく頂点に位置する存在を封じるだけの為に、どれだけの労力を注ぎ込んだか。
そしてそれらを悉く乗り越えて、同志達を鏖殺する姿はサイボーグ戦隊からすれば死を告げる鳥だ。
互いに同じ機体を駆って刃を交え合う――が、まともに鍔迫り合いにすら持ち込めない。
今の仁の動きを見たら大抵の人間は気持ち悪いと思うだろう。
操縦桿が、ペダルが、各種スイッチが。
まるでドラムでも演奏しているかのように小刻みにひっきりなしに動いている。
それに応えて機体各所のスラスターが、アクチュエーターが仁の意思を忠実に再現しようとする。
妙な手応えの無さに、グレイスは機体が前に流されたのを感じる。
受け流されたのだと理解するよりも先に、腕が斬り飛ばされる。
まるで大人と子供の喧嘩だ。
切り結ぶ事さえ許されず、一方的に叩きのめされる。
グレイスはサイボーグ戦隊の長として他の人間よりも強化範囲が広い。
その彼をしても仁は対抗を許さない。
やはり――手を抜くべきではなかったのだとグレイスは悔いる。
楠木令が死んだ時点で遠慮何てするべきじゃなかった。
あの時点ならば間違いなく東郷仁を取り込めた。
だが当時の仁はまともな協調性など期待できず計画の妨げとなる可能性もある――そう報告したのはグレイスだ。
その判断に嘘はない。
嘘は無いが――ほんの少しだけ、令に対する気遣いがあった。
元部下の死を利用する様なやり方を避けたかった。
無かった事になるとはいっても、その無くなるまでの間罪悪感に苛まれるのを厭ったのだ。
その甘さの結果がこれだ。
東郷仁は計画にとって最大の障害となっている。
東郷澪が東郷仁と出会った事が間違いだったと、澪本人は言う。
グレイスもその意見には全面的に同意だった。
彼女が別の誰かの庇護の元で育ったのならば、東郷仁はライテラ計画に関わってこなかっただろう。
或いは、楠木智の暴走を許した事か。
澪の存在を知る前、あの時点ではまだ仁を勧誘できる可能性があった。
だが結果は失敗。こちらへの警戒心を抱かせるだけに終わった。
その彼女も最後にはライテラ計画を裏切った。
どころか――今、仁の駆っている輸出仕様ではない本国仕様のグリフォン。その部品をどこから調達したか。
何故ここにいるのか。
それらを踏まえれば、信頼できる部下の一人だった智は、第三船団に情報を渡したのだと理解させられてしまう。
『――っ! 何故だ!』
グレイスは激情のままに叫ぶ。
『楠木令は、お前にとってそれほどに軽い存在か!』
ライテラ計画に参加する以上、グレイスにも変えたい過去がある。
移民船団にだって事故はある。
殆どは被害者も出さずに収束する事故だが、稀にそうはならない事がある。
グレイスの婚約者もその不運な出来事に出会ってしまった人だった。
仁と、グレイスの願いは近しい筈だった。
だからこそ許せない。
どうして、邪魔をするのか。
どうして、分からないのか。
『愛する人を取り戻す……例えそれが大勢の不幸を前提にしたものだとしても、だ! 考えなかったとは言わせない!』
自分が正しいなんて思っていない。
人類の為なんて言う大義名分は、まさしく名分でしかないのだ。
ライテラ計画に参加している者達は皆己のエゴだけでそこにいる。
その醜さを自覚しているからこそ素面ではこんな事やっていられない。
輝かしい大義に酔いしれて居たいのだ。
気迫の乗った声と共に体当たりの様な勢いで突っ込んできたグリフォンを今度はいなしきれなかった。
真正面からぶつかり合う。噛み合ったエーテルダガーが互いの手から離れていく。
衝撃で弾かれながら――次の行動には差が生まれた。
仁は一瞬怯んだ。それは予期せぬ突撃の為か。それとも今の言葉のせいか。
対して、グレイスにそれは無い。今の衝突も覚悟した物。
生まれた一瞬の隙。刹那にも満たないその時間。
仁へと追撃を仕掛けようにも、今のグレイス機の手には武装が無い。
装備を取り出している間に仁は体勢を立て直し、次の反撃で自分は撃墜される。
間違っても仁が仕留めそこなうなんて事は無いだろう。
ならば。グレイスが今打てる手は一つだけだ。
(ハロルド様……後はお願いします。どうか――)
残った腕で、グレイスのグリフォンは仁のグリフォンに抱き着く。
更には足も絡める徹底ぶり。見た目は間抜けだが拘束効果は倍だ。
その狙いを悟った仁が、引きはがそうと動くが、パワーは互角。片腕というハンデがあっても振り切れない。
『我らの願いを!』
グレイスのグリフォンのリアクターが暴走する。
本来ならばその一部だけでもアサルトフレームを撃ち落とすには十分な輝きが一気に解放された。
一瞬でグレイスのグリフォンが消し飛ばされる。
そこに乗っていたグレイス諸共――完全なる自爆。己の命を賭してでもここで東郷仁を道連れにするという覚悟の一撃。
そしてそれと大差のない至近距離にいた仁も、逃れることが出来ずにその爆発に巻き込まれた。




