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11 決戦前夜4

「BW社の第二船団支社が白状したわよ。どうやらハロルドは少なくない技術を秘匿していたみたいね」


 手渡されたデータディスク。

 それを手に取ってシャーリーは困った笑みを浮かべた。

 

「あの、フレデリカ姉さま?」

「なあに? シャーリー」


 自分と同じ、金色の髪をした年上の女性。

 もう四十を超えて五十近い筈だが――むしろその見た目はシャーリーよりも若々しい、というよりも幼く見える。

 

 フレデリカ・バイロン。

 見た目十代前半の自称永遠の十四歳。

 不老不死の技術を手に入れたと噂される女だ。

 

 普段は第一船団に居る彼女が何故、今第三船団に居るのかと言えば……。

 

「手を、離してもらいたいんですけど……」

「良いじゃない。もう少し」


 指がディスクを握るシャーリーの手の甲を這いまわる。

 そのこと自体に不快感は余りなく、くすぐったさを覚えるだけだが早くデータを見たいシャーリーとしては離して欲しい。

 

 こうしてじゃれているとまるで仲のいい親子の様でさえある。

 ついこの前までは姉妹って言われていたのに……とシャーリーは相当ショックを受けた。

 そう言われた翌日はこのとんでもなく忙しい時期に丸一日寝込むほどに。

 

 さておき、フレデリカが第三船団に来訪した名目としてはシャーリーが実家に依頼した第二船団支社の調査依頼の報告だ。

 

 先日の超大型種直後の戦闘時のオーバーライトの不具合。

 人為的に引き起こされた可能性が高かった。

 それに加えて、智のレイヴンに搭載されていた機能不明のユニットが小型化されたオーバーライト装置だという事も分かった。

 

 元々第二船団の工業力は他船団よりも高い傾向にあったが、これらの技術は本来全船団に展開されるべき物だ。

 ところが、第二船団以外の船団はどころか当の第二船団でさえそれらの技術を把握していなかった。

 

 そこでシャーリーが第一船団の実家を経由して本社から第二船団支社に査察を依頼したのだ。

 そうしたら出てくるわ出てくるわという秘匿されていた技術の数々。

 

 ようやく解放されたシャーリーが自分の仮想ディスプレイに表示したそれらの情報を見て絶句する。

 

「何ですか、これ」

「どうも、ハロルドの奴、優美香ノートを見たらしいのよね」

「えっと、それはあの曾々々々々祖母様の?」

「そうあの曾々々お婆様の。何代前かはまあ面倒だから置いておくとして……移民船団創成期を知る人の日記よ」


 そう言えばとシャーリーも思い出す。

 八年くらい前に噂話を聞いたとか言っていたが……。

 

「現物見てるんじゃないですか……!」

「正確にはその写本らしいけど……まあ概ね内容は理解できたでしょうね」


 詰まらなそうに吐き捨てるフレデリカを見て、シャーリーは首を傾げた。

 

「あの、フレデリカ姉さま?」

「何?」

「今の口ぶりだと姉さまも内容を理解している様に聞こえるんですが」

「ええ。だって見たもの私」

「えええ! 見たんですか!? 厳重に秘匿されてるって聞いたんですけど!」

「やあねえ、シャーリー。隠してあるって事は、読めるって事よ?」


 少なくともバイロン家で秘匿しているという事は家の持つ技術を集めたセキュリティが施されていた筈だ。

 あっさりと言うこの女性はそれらを容易く突破したという事になる。

 

「だってほら。そこに謎があるなら解きたくなるじゃない?」

「読むことが目的じゃなくて、セキュリティの突破が目的だったんですね……」

「第三船団のセントラルデータベースのハッキングもなかなか楽しかったわよ?」


 バイロン家の長女。

 彼女は情報、物理的なセキュリティの専門家だ。

 だがそれ以上にそれらを突破する事に異様な興奮を覚える倒錯者でもあった。

 もしも彼女がハロルドに協力していたら――その情報収集能力であっと言う間に澪の所在を突き止めていただろう。

 

「まあ今は私の手も加えたから自分でも突破できないけど」


 曰く、作った本人に解けるセキュリティなど二流。

 本人にも解けない物が一流。らしい。

 

「えっと、その……何が書いてあったのか聞いても……?」

「んんーどうしようかなあ。可愛いシャーリーのお願いだし聞いてあげたいんだけど。一応秘密だしなあ」


 幼げな容姿にニマニマとした笑みを浮かべるフレデリカ。

 

 セキュリティの突破に血道をあげていたのも過去の話。

 彼女は約三十年前――細かい数字は当人の名誉のために伏せる――に誕生したある命に心奪われた。

 

 バイロンの血筋は機械を偏愛する変態の一族だ。

 しかし、他に愛する者を見つけると少しばかりまともになる。

 

 フレデリカの場合はそれがシャーリーであったのだ。

 

 故にシャーリーとしては一番頼りやすい姉である。

 元々末っ子であるのでどの兄も姉も可愛がっていたのだが、フレデリカは格別だ。

 

「お願いします! フレデリカ姉さま!」

「しょうがないなあ。ちょっとだけだよ?」


 具体的にはこうお願いするだけで大半の願いは聞いてしまうくらいに甘々だ。

 

「まあ今回の件に関わる事だけにしようかな。多分ハロルドが読んで興味を惹かれたのは時間跳躍の記述」

「ごめんなさい。いきなり話が分からないんですが……」

「150年前に、時間跳躍が行われたっぽいっていう優美香お婆様の手記が残ってるのよ」

「えっと、それは痴呆になってから書いた内容じゃなく?」


 さらっと失礼なことをいう末の妹にフレデリカは笑いながらしかし答えず別の質問を投げかけた。


「タイプ0。これくらいは聞いたことあるでしょ?」

「えっと。はい。タイプ1ハーモニアスの設計ベースになったって言う機体。ですよね。」

「うんうん。大正解! 花丸あげちゃおう! そのタイプ0には時間跳躍機能があったみたいなのよね」

「ええ……そんなあっさりと」

「だって事実みたいなんだからしょうがないじゃない。そもそも、当時の技術レベルであんな機体作れっこないなんて言うのはシャーリーにもわかってるでしょ?」


 断片的に残されている資料だけでも現行機のどれよりも強い――と言うか、あの戦闘力は戦艦クラスだ。

 推定された最大出力は一万ラミィという超大型種並みの出力の機体。

 

 何時か仁達の前で話した時は暗殺されるような機密だと脅かしたが、実際の所機密ではあるが重要ではない。

 

 そんな物の存在、聞いたシャーリーですら信じていなかった。

 絶対どこか話を盛っているとさえ思っていた。

 

「タイプ0自体が遠い未来か或いはASIDと戦っていた別の惑星から来た存在か……まあ来歴は不明だけど明らかに当時の人類の技術で生み出された物じゃない事は確実よ」

「それが時間跳躍も可能だった……まあとりあえずそういう物だと思っておきます。今はどこに?」

「さあ? 言ったでしょ。150年前にどこかに飛んで行ってそれっきり。もしかしたら……ずっとぐるぐる回ってるのかもね」

「タイプ0が過去の人類の手に渡って、母星を脱出する時にまたその時間へと戻る? その無限ループはどこから始まったんです?」

「さあ?」


 謎解きが好きなのではなく、セキュリティをこじ開けるのが好きな女性は興味なさげに答える。

 これはバイロン家の悪癖と呼べるものだろう。

 当人の興味がない物にはとことん冷淡になれる。

 

「まあ。私にはそれだけ見ただけじゃほーん、くらいにしか思わなくて大して興味も湧かなかったんだけどね」

「それはその口ぶりから分かります」

「でもハロルドは違ったんでしょうね……そこに記されていた技術を実現する方法を思いついた」

「……普通じゃないですね」

「腐っても天才だからね」


 優美香ノートに記されていたのは結果だけだ。

 例えば時間跳躍で言えばそれが出来たという結果だけ。

 その為の理論などは恐らく彼女の頭の中にだけか或いは彼女さえも知らなかったか。

 兎に角記されてはいなかった。日記帳の延長なのだから仕方ないだろうが。

 

 だがハロルドは違った。

 それを見て、それが実現できるものがあると分かったのならばそこから逆算して理論を見つけ出した。

 鬼才と呼ぶべきだろう。

 

「でも分からなかったのは、その動機。確かに出来そうなことがあればそれに挑戦するって言うのは分からないでもないけど……」


 今回のこれは大掛かり過ぎるとフレデリカは言う。

 

「実際、第一次時間跳躍実験の時はもっと細々とやっていたんだから。それ自体は失敗に終わったみたいだけど」

「言われてみれば、動機、ですか」


 フレデリカの言う通り、実現可能な困難に挑むのはバイロン家の気質だが、ハロルドはそんな一般的なバイロンとは少し違う。

 

「……そう言えばハロルド兄さんの興味って何なんでしょうか」

「うん?」

「いえ、他の兄さん、姉さん達と違ってハロルド兄さんは割と真っ当な感性ですから。バイロンらしくないじゃないですか」

「ええ? そうかな。数年前に会った時なんてアイツ私に肉の塊を見る様な目してたよ? 人間なんてたんぱく質の塊くらいにしかおもってないよあれ」

「むしろ何をしたんですかフレデリカ姉さま」


 突っ込みながら、シャーリーは考える。

 ハロルドの動機。それが分かったところでこの先の作戦に寄与する事は無いだろうが――気になる事だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おおおっ! フレデリカ、良い感じに核心ついてる!? そしてピンクはピンクだった
[一言] もう、これだからピンクは…
[一言] やっぱりピンクだ
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