12 決戦前夜5
「自動迎撃衛星アンブレラⅡ。最終調整が完了しました」
「鹵獲体の疑似プロセッサー正常動作。何時でも出せます」
次々と挙がってくる報告にハロルドは満足げに頷いた。
ハロルド艦隊は、当初と比べるとその数を大きく減じている。
元々ライテラ計画を知らない防衛軍を動員できる時間はそう長くは無いと分かっていた。
特に第三船団が第二船団への侵攻準備をしている何て言い訳は、瞬間的な効果は高いが少し調べればすぐに襤褸が出る。
不足する戦力を補強するアテも当然の様に用意していた。
ハロルドが開発し、他船団に秘匿した技術は多い。
オーバーライトジャマ―もその一つだし、鹵獲体というASIDを再利用するシステムも同様。
その他にもアンタレスと名付けた大型の機動兵器。
今しがた報告が上がった迎撃衛星アンブレラⅡ。
他船団よりも十年は先行した技術は数の差を十分に埋めてくれるだろう。
何より士気が違う。
もうすぐ自分たちの願いが叶う。その瀬戸際だ。
ハロルド艦隊の面々は文字通り死に物狂いになって敵対者を排除しようとするだろう。
己の身を捧げて時間が稼げるならば迷う事無くそうする覚悟が定まっている。
だがそれらは同時に八年――いや、ライテラ計画が始動してからの貯金をすべて吐き出すような物。
技術蓄積も人的資源も。全てをここに注ぎ込んでいる。
ハロルドにとっても失敗したら後の無い賭けでもあった。
「……いや、ここで出し惜しんだとしても後が無いのは変わらないか」
ライテラ計画が成れば、情報を過去に送る事が可能となる。
過去からすれば未来予知が可能となる。
その情報を自身の記憶全てとすれば、疑似的な時間跳躍さえも不可能ではない。
それによる過去改変こそがライテラ計画に参加している者達への報酬であり、参加する理由だ。
それを行えなければハロルド艦隊は単なる反逆者として断頭台の露と消える事だろう。
断頭台何て時代錯誤な物があればの話だが。
「ライテラは間もなく完成する」
通常航法を交えて向かうのは人類が出立した母星。
そこにある極大の時空の歪みを利用して過去へのエーテル通信の精度を高める。
理論上は同一時間ならば距離が関係ないので、遠く離れて居ようと問題はない筈だ。
「他の船団は我々の行先を知らない。万一知っていたとしても追いつくすべがない」
追いつくまでの時間はライテラ計画にとって最終段階まで進めるのに十分な物だろう。
防衛用の装備は揃えてある。
少数の艦隊とは言え、それらを駆使して陣を敷けば例え全船団の艦隊が来たとしてもある程度の時間持ちこたえることは出来る。
時間。
最後の時間を確保する術は幾つも用意してある。
故に、成功は間違いない。
「第一次時間跳躍実験と同じように成功するはずだ」
ハロルドの発言は誤りである。
少なくとも、当時の公式記録では第一次時間跳躍実験は失敗した。
シャーリーとフレデリカの予測は一部合って、一部間違っていた。
第一次時間跳躍実験を主導したのはハロルドではなく――優美香ノートを写した叔父だ。
優美香ノートに記されていた内容を基に組み上げられた理論と装置。
結果は散々な物だった。
シップ一つに大穴を開けて危うく沈めかけた。
その際にハロルドらの叔父を始めとした研究参加メンバーは全員死亡した。
そこに、ハロルド自身も参加していた。
彼自身も真空の闇の中に放り出されて、死亡した。
それがその事故で起きた全てである。
ならばここにいる彼は一体誰なのか。
「もうすぐだ。もうすぐまたお前に会える……!」
胸元に下げた金属片。
それが唯一、ハロルドの見た存在が夢幻では無かった事を証明してくれるものだ。
ハロルド・バイロンに変えたい過去など無い。
ライテラ計画によって未来予知が過去改変ができるというのも、予算と人員獲得の為のアピールでしかない。
そのどちらも可能ではあろうが、ハロルドにとってはどうでもいい事だ。
彼にとって重要なのは、時間を跳躍する技術を手にすること。
そしてそこで現れるであろう存在をもう一度観測する事だ。
少しだけ、塗りつぶされた過去の話をしよう。
第一次時間跳躍実験は成功した。
その被験者はハロルド・バイロン。
彼は僅か60秒ではあったが時間を遡り過去に降り立ったのだ。
60秒を遡った彼が見たのは――今まさに、時を越えようとしている研究スタッフたちの姿。
そして、いずことも知れぬ空間から姿を現したASIDの姿。
人の様な形をしていた。
純白の装甲を持っていた。
醜く捻じ曲がったような穂先が歪んでいる槍を持っていた。
身の丈を超える様な長大な砲を持っていた。
見ただけで終わりを予感させる何かを抱いた存在だった。
それが腕を振るった。
それだけでこの一分後に時間跳躍を成功させるはずだったスタッフたちは皆宇宙の塵と消えた。
その体現者となる筈だった自分が真空に飲み込まれていった。
そうして現れた時と同じくらい突然に。
そのASIDは消えた。
まるで時間跳躍を妨害するためだけに現れたかのようだった。
己の知己を皆殺しにしたその存在に――ハロルドは心奪われた。
名も知らぬ存在に心酔した。
あれは一体何なのか。
どうやって現れたのか。
考えれば考える程に謎が深まる。
優美香ノート。
そこにはハロルドの知らない知識が山ほど含まれていた――が、ハロルドが目撃したASIDについては一切記述が無かった。
偉大な先祖でさえ知ることの出来なかった未知。
もう一度会いたい。あわよくば鹵獲し、観察したい。
その願いとは裏腹に、それ以来出現する事は無かった。
ならば仮説を立ててそれを証明する。
もしも、時間跳躍に類する技術を手にしようとすることが条件ならば。
どうやってそれを判定しているのかは分からないがそうだとしたら。
もう一度再現してやればいい。
第一次時間跳躍実験の理論は叔父の頭の中にあった。ハロルドもそれを全て理解していたとは言い難い。
何より、同じ方法を再現するには問題が多かった。
あの事故の原因が不明である以上、同じ理論での実験は認められなかった。
あの規模の実験を地下に潜って船団の支援なくやるのは不可能だろう。
故にハロルドは考え出したのだ。
別の時間跳躍の方法を。
自身の経験からエーテル通信を利用した過去への情報伝送の可能性を。
ライテラ計画などはその為の手段に過ぎない。
ハロルドの真の目的はその先――ライテラ計画が完遂され、時間跳躍の技術を手にした時。
もう一度あの謎のASIDが姿を見せてくれるのではないかと期待している。
よしんばそれがダメだったとしても、無限に繰り返すことが出来る時の中で、実験を繰り返せば何時か会えるかもしれない。
ハロルドの願いはそこにあった。
彼が最初に抱いていたのは正真正銘、人類の為という理想だった。
それ故に彼は軍へ奉職したし、危険な時間跳躍という実験にも志願した。
それがその存在との出会いで捻じ曲がった。
バイロンの血に流れる宿痾が彼を歪な方向へと導いてしまったのだ。
「失敗するとしたら……東郷澪か」
ライテラ計画最大の弱点とも言える。
彼女が協力を拒否したらその瞬間に続行が不可能になるのだ。
高純度の単一の魂によって生成されたエーテル。
現状彼女の手を借りるしかその目途がついていない。
ハロルドは彼女に過去を変える手段を提供する。
澪はハロルドにその為に必要な要素を提供する。
そうした協力関係から成り立っている。
互いに互いが必要とする物を持っているので裏切るに裏切れない。
「……彼女の次の個体も素直にこちらの言う事を聞いてくれたらいいのだが」
澪の推論が正しければ、彼女の願いを叶えた瞬間に東郷澪という存在は消える。
だがクイーンの子は別の誰かを基にして生まれるだろう。
それをまた鹵獲すればいい。
今回の様に人の中で育てるもよし。
或いはもう問答無用で捕獲してしまうのも手だ。
だが一番手っ取り早いのは――約束を反故にしてしまう事だ。
楠木令を生かそうとせずにそのまま本来の流れに任せる。
そうすれば変わらず楠木令は死に、東郷澪が生まれる。
とは言え、ハロルドはハロルドなりに澪を気に入っていた。
その願いを叶えてやろうと思う程度には。
「目的もなく生きるにはこの世界は辛すぎるからな」
ライテラ計画のお題目も、今のハロルドにとっては余禄だが本心でもある。
悲劇が減らせるのならばその方が良い。
例え、知らぬところで悲劇が生まれて居ようと――最大公約数による最大幸福を追求できればそれでよいと。
それはその恩恵を受けられない一部が居ようとも、全体が等しく不幸になるよりはマシだろうという余りに機械的な考えだった。




