10 決戦前夜3
第三船団は、テルミナスの民と手を組むことを決めた。
やはりセブンスが提示した定住を認めるという条件が効いたらしい。
何よりも、この広い宇宙に自分たち以外の知性体がいた事。
その相手がこちらに友好的であること。
それらを前に多少の問題には目を瞑ると言ったところだろうか。
最後の決め手となったのは意外でも有りそしてある意味納得できる映像だった。
それはシャーリーがテルミナスの民ーーティキにワックスをかけて頬ずりしている姿だ。
そのほのぼのとした交流を見て、手を取り合える可能性があるのに銃火を交えるのは愚かなことだという意見が大半を占めたらしい。
ただ、やはり反対意見はあった。
特に八年前の侵攻で命を落とした防衛軍兵士の遺族らの反発は強かった。
それらの意見に対し、先んじてセブンスが謝罪をしたのだ。
八年前の行き違いからの侵攻。それによって失われた人命への弔意。
今また、自分の子が第二船団に奪われてしまった事への悲しみ。
どうか力を貸してほしいと。
これも相当なカルチャーショックだったらしい。
どう反論したものかこまねいている内に、行政府が速度優先で手を組むことを決めてしまったのだ。
後々再燃する問題ではあるが、一先ず手続き上は全てクリアされたことになる。
『ああ。良くは知らないのだが、条約というのを結ぶのではないのか?』
「……よく知ってるな。他の船団も合わせて調印式を盛大にやる予定ではあるみたいだ。その内にスケジュールの調整依頼が来るぞ」
『ああ。どうせここで寝るのが仕事だ……何時でも構わないさ……』
薄々気付いていたが、やはりセブンスも船団が知るASIDクイーンの生態を踏襲しているらしい。
すなわち、基本的に寝ている。
こうして来客が有ったときだけ起きているのだという。
それ以外の時間何をしているかと言えばーー新しい個体を生み出すのに注力しているのだという。
『ハグレ共なら惑星一つ食らって食らって力を得るのだろうけどね……私はそうもいかない。この星の循環するエーテルの流れから魂を取り出して新しい子を造るのさ』
「まあ何時でも良いって言うなら、そう伝えておく」
『ああ。助かる。何度も何度も来られるのは……少々億劫だ。そういう統治体系だと分かっても、弱々しいエーテルの持ち主と話すのは神経を使う』
「そうなのか?」
神経を使う、なんて言葉が機械の身から飛び出すとは思わなかった仁は思わず尋ね返す。
『君は気付いていないだろうな。我々王と呼べる個体のエーテルはあるだけで周囲を圧迫する』
「そう言えば……」
確かにクイーンタイプと戦う時はプレッシャーめいたものを感じることも有った。
戦場での緊張だと思っていたがもしかするとそれが今セブンスの言っているものか。
『耐えられるのは相応のエーテルを持つ者だけだ……概ね、戦いに長けた者ほどエーテルが強い傾向にある』
「逆を言うと、戦いに身を置いていない奴はエーテルが弱い?」
『ああ。うっかり気絶させるわけにもいかないからね。意識して抑えるのは骨なんだ』
知らなかったと仁はまた一つ彼らについて知った。
……この戦いが終わったらテルミナスの民についてで一冊本を書けそうだと思えてきた。
『ああ。それで……行き先だが』
「俺たちの母星だ。ただ問題は時間だな」
母星ーー人類の出発点である太陽系第三惑星にたどり着くまでは150年間進んできた行程が横たわっている。
その間に進歩したオーバーライト技術を加味すれば、実際の到達時間は約一月から二月。
決して不可能な旅路ではない。
問題になるのはハロルド艦隊がどれだけ先行しているかである。
最悪のケースは第三船団とテルミナスの民の連合がたどり着く前に、ライテラ計画を完遂されてしまうことだ。
ならば速度重視でネイル級駆逐艦を主軸とした艦隊を編成するという案も有ったが、それでは肝心の艦隊戦力が劣る。
ハロルド艦隊は第二船団艦隊の約三割を元として構成されていると推測している。
中にはロンギヌス級もいるのだからネイル級では太刀打ちできない。
『ああ。その件だが。我らが力になれるだろう』
「そうなのか……? エーデルワイスに聞いてみたら『残念だが力になれない。我らのオーバーライトで長距離を飛ぶには相手を必要とする。相手の居ない無人の惑星に飛ぶ力は我らにはない』とか何とか言ってたが」
彼女の口真似をして言うとセブンスは楽しそうに笑った。
『ああ。随分と仲良くなったようだ』
「……まあ澪のファン筆頭みたいな奴だからな。悪いやつではないと思ってるさ」
直接殺し合った回数で言えば、誰よりも多いというのに今の関係は仁にも不思議なところはある。
だがそこを抜きにすると結構ウマが合うのだ。
互いに卓越した戦技の使い手という面もあるからか。
ふとしたタイミングで戦術談義などを始めたら、気がついたらテルミナスの民の戦士たちと、防衛軍のパイロットが集まって勉強会みたいな光景になったこともある。
あの後、少しだけパイロット達がテルミナスの民と会話する光景が増えた気がする。
『エーデルワイスの言うことは正しい。だが、あの子は知らないのだ』
「……知らない?」
『君たちから聞いたその惑星の座標……ここからの相対距離を考えると、私が以前観測した反応の位置と完全に一致する』
「何の話だ?」
いや、と仁は思い直す。
思い出せと己の脳細胞に命ずる。
確か聞いたはずだ。そう、それは。
「いずれ来る終焉……?」
『ああ。その通りだ。その反応が、150年前に君たちの母星で観測された』
「いや、だが……待って欲しい。その時の俺たちは大した戦力なんて保有していない」
当時は鹵獲したASIDを元に作成したアシッドフレームという物が主戦力であったと記録されている。
リアクター出力は1ラミィ。というよりも、そのリアクター出力を基準に単位を制定したのだ。
「そんなテルミナスの民が恐れるような相手と交戦した記録なんて残ってないし、対抗も出来ない」
そう言って、仁は自分の言葉に違和感を覚えた。
だが、クイーンタイプの記録は残っている。
それを打倒し、マザーユニットを鹵獲して宇宙に旅出たのだ。
その存在は確実だ。
「いや、タイプ1があったか……あれは確か母星で開発されたものだと聞いている」
最初期のアサルトフレーム。タイプ1ハーモニアス。
その時点で今のレイヴンに連なる基本構造は完成していたという。
それを使っていずれ来る終焉とやらも撃退した……?
どうにも違和感が有った。そんな相手とクイーンタイプを同時に相手取って当時の人類に勝ち筋が有ったのかどうか。
或いは、自分たちがクイーンタイプだと思っていた相手がその終焉某だったのか。
『ああ。遠い星の話だ。私にも分からぬ。ただ、そこには特徴的なエーテルの波形が残っている……私ならばそこへ飛ばすことが出来るだろう』
行きだけだがな、と言い加えられたがそんな事は関係ないくらいの大ニュースだった。
「つまり、ここから直接母星に行ける、と?」
『ああ。そうなる……それならば確実に先行できる、であろう?』
「ああ。ああ! 出来る。間違いなくそれなら向こうよりも先に着く!」
後ろから追いかけるのと、陣を敷いて待ち構えるのとでは大きな違いだ。
「セブンス。すまないが一度この情報を持ち帰る。エーデルワイスも借りていくけど構わないか?」
『勿論だとも……あの子も君たちと共に過ごすのを楽しんでいるようだ。拗ねない程度に構ってやってくれ』
「感謝する。それでは!」
立ち去っていく仁の背を見送ってセブンスは小さく呟く。
『150年前に一度。先代が更に600年前に一度……そして初代が一度。遂に終焉の降り立った惑星からの民が我らの元に辿り着いた』
遠い星空を見上げて詠嘆する。
『我が命尽きぬうちは動かぬだろう……しかし、九つの誓いの内当初の祈りを覚えているのはもはや我らテルミナスのみ……果たして勝てるだろうか』
初代の時にも、戦いが有った。
テルミナスの初代と、他八つの氏族の初代。世界を終わらせる力をぶつけて、どうにか封じ込めたはずだった。
だがその反応は遠い星で確かに息づいて。
かつて居た八氏族は皆ハグレと呼ばれる獣に堕ちた。
ハグレと手を組むことなど有りえない以上、今度はテルミナスの民だけで当たることとなる。
『我が子に、託さねばならぬとは口惜しい……』
だが状況は悪くなる一方ではない。
遠い星の民と今手を携えようとしている。
その民の居た星に終焉が現れたのは何かの兆しか。
『ふふ……あの子に会えたら占いとやらでも聞いてみるか』
一つ、楽しみが生まれたとセブンスは微笑みの様な声を漏らす。
その想像を現実にするためにも、今は何より時間が大事だ。
少しでも正確にするために、セブンスは遠い星へ己の感覚を伸ばし始めた。




