09 決戦前夜2
次から次へと積まれていく荷物に守は辟易とした声を投げかけた。
「一応言っておくんだけど」
「黙ってて東谷」
「エミッサちゃん……」
鋭く返されたエミッサの声に軽く肩を竦めながらも続ける。
「流石にそれ全部は持っていけないぞ?」
「わ、分かってるわよ!」
場所はジェイクの店。
元同級生の守、エミッサ、雅の三人が集まれる場所を探した時に、澪の誕生日会を行う予定だったここが挙がったのだ。
今そこで三人が何をしているのかと言えばーー。
「うし、出来たぞ。ほれ、弁当だ」
「あの、ジェイクさん。俺たちピクニックに行くんじゃないんですけど」
「馬鹿野郎。誰がお前の分だと言った。嬢ちゃんの分だ」
弁当と言って渡されたケースは割と最近出た中身をフリーズドライにして開けた瞬間に解凍するとかいう最新式だ。
どうやらこのために買ったらしい。
「こいつなら長期保存が効くからな」
「まあ良いや。これくらいなら入るし」
「東谷君。私の分、これお願い」
「オッケー任せろ」
雅から手渡されたのは一枚の栞と今どき珍しい紙の本だ。
それを大事にカバンの中に入れる。
「カーマインまだかよ」
「もうちょっと待ちなさい! ……ねえ、どうにかこれ全部持っていけない?」
「俺の機体に物資輸送用のバックパックつける気かよ」
三人がしているのは澪へのプレゼント選びだ。
本当はここでやるはずだった誕生日会で渡すはずだったもの。
だけどそうはならずに渡せなかったもの。
それを今、守に託している。
「しかしお前まだ訓練生だろ? 作戦に参加何か出来ないだろうしどうすんだ」
「へっ、甘く見てもらっちゃ困るぜ。六歳の時の俺は巡洋艦に潜り込んだ男だぜ」
「……密航かよ」
ジェイクの呆れた視線に守は冗談だよ、と前置きして種明かしをした。
「兄貴や姉貴、東郷の親父さんのコネで、物資搬入班に組み込んでもらった」
言うまでもないことだが、それについてもひと悶着有った。
未熟な身での戦場への帯同。
特にその実力を熟知しているメイは猛反対だった。
曰く。
「バカですか!? バカなんですか!? そんな腕で死にに行くつもりですか!?」
と散々に罵倒されて、どれだけ足りないものがあるかを列挙された。
反対していたコウと仁が思わずフォローに回るほどのフルボッコだった。
それだけ反対されても守は諦めず、終いには泣き落とししてでもついて行こうとしたのだ。
理由は言うまでもない。
澪だ。
どうしても言いたいことがある。
どうしても渡したいものがある。
どうしても会いたい。
その思いだけで喰らいついていき、遂に三人の方が根負けしたのだ。
一先ず乗艦出来る口実があるかは見て見るから、と。
結果として訓練生の希望者を物資搬入班として組み込むことになったのだ。
長期の遠征になる。そのために必要な物資は膨大だ。
その管理や積み替えだけでも相応の手間が必要となる。
特にコンテナの積み替えは余分な重機など載せられない以上、アサルトフレームが必要。
その程度ならば正規兵にやらせるよりも訓練生にやらせたほうが……と言う理由らしい。
予備機のレオパードと共に守も乗艦することとなったのだった。
ちなみに、希望者は他にゼロだった。
「何だ。じゃあ基本的には後方か」
「ふん……混戦になったら出るチャンスはあるさ」
「お前、それ絶対に聞かれんなよ?」
無断出撃を画策しているなんて聞かれたその瞬間に逮捕だ。
仁たちだって取り戻してから一番に会うというのを妥協点としただけだ。出撃までは認めていない。
「よし! 決めた!」
男二人がこそこそとしている間に、エミッサは雅の助けを借りてようやくプレゼントを絞り込んだらしい。
手渡されたのは髪飾り。
「良い? 絶対に渡しなさい。死んでも渡しなさい」
「分かってるっての」
あっさりとそう言いながら受け取り、カバンに詰め込む守へエミッサはちょっと複雑な視線を向けて呟いた。
「やっぱ今のナシ」
「ああ?」
「死なない程度に頑張って渡しなさい」
「おいおい、急に弱気になんなよ」
いきなりトーンダウンしたエミッサに調子を崩された守はからかうように笑うが、当のエミッサは笑わない。
「だって、あんたこれから行くのって危ない場所なんでしょ? この前みたいに」
この前というのがASIDから逃げ回ったあの日のことだというのは容易に分かった。
茶化す事が出来ず、守は曖昧に頷く。
「まあ、安全ではないかな……」
控え目に言ったが、危険度で言えばあの日なんて比べ物にならない。
味方の数は多いが、敵の数も多い。
とは言えそんな事を言ってもエミッサの元気は取り戻せないだろうということは守にもわかっていたのでそれ以上は口を閉ざす。
「だってあんた下手くそだって言うし」
「いや、同期の中じゃ上手いほうなんだけどな……」
「でも澪のお父さんとかあんたのお兄さんより下手なんでしょ?」
「そこは人類トップクラスだからまだ比較しないでほしいな!?」
まだ、と言っている辺りいずれは比較対象とする気が満々なのだがそれはさておき。
「そんなあんたに死んでもとか言ったら本当に死んじゃいそうだし……」
「カーマイン……」
そんな事を考えていたのかと守はしばし口を閉ざし。
「悪いんだけど、俺他に好きなやつが居るからお前の気持ちは……」
「誰がそんな事を言ったか」
割と本気の肩パンが守を襲った。
フェンシングで鍛えられているエミッサの腕力はちょっと想像以上で涙目になる。
「本気で心配してあげて損した!」
「だって映画だとあるじゃんこういうの!」
「ああ、あるね……あるけどそれを今言うのはどうかと思う。うん、まあ死なない程度に頑張ってね」
「長谷川まで!」
なんだか雑に無事を祈られてちょっと釈然としない気持ちを抱きながら守はカバンを持ち上げる。
出発の日まではずっと物資の積み込みの手伝いだ。
「ああ。そうだ東谷。ついでにこれ」
「何これ」
仮想ディスプレイに表示された広告の数々に眉を顰める。
そのうちの一つに視線を留める。
旅行プランの広告だった。
「私と雅と澪の三人で卒業旅行行くつもりだったんだけど、アンタも荷物持ちで連れて行って上げてもいいわよ」
「荷物持ちかよ!」
「何よ。美少女三人の荷物持ちよ? うちの学校だったらどれだけ希望者が居るか」
「三人? 東郷と長谷川と後誰だよ」
再びの拳。
カバンを持っている守は避けられなかった。
「はい、三人言ってみて」
「東郷と長谷川とカーマインです……」
くそ、この暴力女め。と聞こえないように小声で悪態を吐く守。
「澪が居なくて行き先決められないから。会ったら二人でそこも話し合っておいて」
「……分かった。ちゃんと希望聞いておく」
そこでわざとらしくエミッサは溜息をはいて、澪への陰口を開始する。
それは陰口と言うにはあまりに可愛らしく、そして悲しみの入り混じったものだったが。
「人の話も聞かずにどこか行くなんて、ホント澪ったら思い込みが強いと言うか突拍子もないっていうか」
「私達が怖がるかもしれないって思わせちゃったのが悲しいと言うかちょっと怒りたくなるっていうか」
「怖さで言ったらカーマインのほうがよっぽど……いてえ!」
「なにか言った? 東谷」
「そういうところだよ!」
「バカな犬には調教が必要でしょう?」
あっさりとそんな事を言うエミッサに慄きながら、守は脱線した話を戻す。
「まあアイツが実家に帰りたいって言うなら……仕方ないことだとは思うけどさ。何も言わずにってのは水臭いよな」
「そうね。せめてその場合でもお別れ旅行くらいはしないと」
「後は引越し先のアドレスも……ああ、でもASIDの星ってメール届くのかな?」
この三人に共通しているのは、澪という個人をよく知っていること。
そしてその澪の正体を知っても、愛すべき天然の入った友人であることに変わりはない。
「そうね東谷。もしも澪がうだうだ言うようならこう言いなさい」
「何だ。そんな魔法の言葉でもあるのか?」
ええ、と自身有り気な笑みをエミッサは浮かべる。
「もしも戻ってこないなら、あの写真を東谷にあげるわよって」
「うわ、エミッサちゃんえげつない」
「え。何それすげえ気になる」
「アンタは気にしなくていいのよ」
「俺の名前出して気にするなは酷くね?」
初等学校時代は大体一緒だったが、中等学校からは別行動も多く訓練校に入ったらもう共に過ごす時間は殆ど無かった。
だから、守は澪の事を全て知っているわけじゃないし、逆もそう。
「どうしても見たいなら澪に頼みなさい。誠心誠意頼み込めば見せてくれるかもしれないわよ」
「うわ、エミッサちゃん本当にえげつない……」
「まあ会ったらそれも聞いてみる」
今自分がとんでもない地雷を仕込まされた事に気づかないまま、守は訓練校へと戻る。
それぞれから託された思いと品々を手にして。




