22 裏切り4
「何のために戦うかが分からない?」
そんな事を仁が言いだしたので。令は驚いて目を丸くした。
防衛軍の中でも頭角を現し始めているパイロットとは思えない発言だと令は思った。
その話を掘り下げたい気持ちはあったのだがその前に。
「楠木、お前……IDを落としたって」
「と言う訳で泊めて」
「正気かよお前」
可愛らしくおねだりして見たのだが、今一揺さぶられた気配はない。
どちらかというと呆れの気配の方が濃い。
殆ど初対面の人間の部屋に転がり込むとかどういう神経してるんだという空気を令は感じた。それはもうヒシヒシと。
「だって私、第三船団に他の知り合いいないし」
でもそんなのは言い訳だ。
落としたのは事実。
その瞬間に仁の事を思い出したのも事実だ。
「碌に知らない男の所に泊まるとか何考えてんだお前。もうちょい身の危険とか考えろよ」
そう言われて思わず反論してしまった。
「碌に知らないなんて事は無いよ。困ってたところ助けてくれる優しい人だってのは知ってるから」
口調は乱暴だけど、何時だって仁の言葉はこちらを気遣っていてくれた。
だから、酷い事にはならないだろうと。そう思って令は行く先に困った時に仁の元を選んだのだ。
その辺で野宿するよりは、きっと彼の元の方が安心できる。
そのまま言うのは恥ずかしくて、確率の話なんて言って誤魔化しちゃったけど。
ストレートに言ったらどんな反応をしたのだろうかとちょっとだけ令は気になった。
ライテラ計画が成功したら。そんなたらればも実現できる。
だけど、そんな風にして見られた反応はきっと価値の無い物の様に令は思った。
「代価って言っても身体で支払うとかはしないからね?」
「しねえよ」
「ほら、やっぱり安全だ」
「詭弁にも程がある……」
そう言いながらも、消極的にここにいることを認めてくれたのだから、やっぱり良い人だ。
そんな無条件の安心感を覚えてしまい、それが気恥ずかしくて早口に言った。
「あとさっきの危険な目にあった時……無理やりえっちな事された時って相手の素性分かってる方が慰謝料とか取りやすそうじゃない?」
それに仁は実に嫌そうな顔をしていたけど。
それでも叩き出そうとはしなかった。
仁を都合の良いように使っている自覚は令にもあった。
逆に言うと、仁は都合の良いように使われているのだが――どういう事があればそんな人格に育つのだろうと少し気になった。
言い換えれば、東郷仁の歴史を知りたいと、令は思ったのだ。
後にして思えば。その時点で令はもう仁に負けていた。
「そう言えば東郷君は彼女とか居るの」
「何で?」
「だって気になるし」
そう言うと微妙な顔をして仁は令に続きを促してきた。
続きも何も、今ので全部なんだけどと令は思いながら、ふと浮かんだことを口にする。
「いたら、私まるで浮気相手みたいだから不味いかなあってちょっと不安になって」
うん。それは良くないなと令は思った。
と言うか割とそれはショックかもしれないとも。
そう思う事自体が驚きだったけど。
「安心しろ。いねえよ」
「ええ。それはそれで安心できない」
だって、そんな話を聞いただけでちょっとだけ嬉しくなった。
そんな風に自分を裏切り続ける心の動きに、令はさっきからひと時も心休まらない。
そんな自分を落ち着かせようと、今日集めた情報を報告書にまとめる。
歴史の話をしていると、令も落ち着ける。
意外と、仁も食いついてきてそれなりに楽しい時間を過ごせた。
少しばかり場が温まったところで、令は仁へ切り込んだ。
「それじゃあ次は東郷君の歴史を教えてもらおっか」
戦う理由が分からないという仁。
その掘り下げはきっとライテラ計画にとって有利な情報となるだろう。
だがそんな建前よりも、単純に令が知りたいと思ったのだ。
無茶苦茶な理屈で煙に巻いて。
「別に対して面白い話じゃないんだけどな……」
「いいよ。面白さなんて期待してない。貴方の歴史を私は知りたいだけ」
ただ、令は――な人の昔話を聞きたかっただけなのだ。
「……俺は児童保護施設出身だ。親の顔を知らない」
そうやって仁は己の生まれを語る。
知っている知識だった。
知らない歴史だった。
ただ情報として第三者として知っただけの物よりもずっと深い場所に触れる言葉。
話を聞けば納得だ。
仁の過去に、価値あるものは無かった。
普通に得られるはずだった家族という物を、彼は知らないでいる。
予想通りその事実は、きっとライテラ計画への協力を容易にしてくれるだろう。
だけど、と令は思った。きっと仁は無自覚なのだろうけど。
「そんな環境で育ったからな。戦う理由の中に家族ってのは入れようが無かったんだ」
少し寂しそうに言う彼に、家族の温もりを与えたいと。
一瞬そう思ってしまった。
だからだろうか。令が本来の予定を変更してズルズルと三か月も仁の元に居座ってしまったのは。
再三再四の帰還命令も無視して。
良く分からない関係のまま、二人で過ごして。
ぬるま湯の様な空気。
熱くもない。でも寒い訳じゃない。
でも三か月前よりも確実に温度は上がっている。
きっと恋人じゃない。
指先を触れ合わせることすらなかった。食卓を囲む事さえ無い。
きっと家族でもない。
そうだとするならば、無自覚の内に視線に込めた熱が多すぎる。
強いて言うのならば友人なのだろうが、やっぱりそれもしっくりとは来ない。
だからやっぱり良く分からない関係だ。
部屋の合鍵を渡されていたけど、多分そこまで信用されているわけではない事は分かっていた。
単に船団の色的な話で、きっと仁にとっては大した意味のない事。
でも令にとってはとてもドキドキさせられる事。
ただ日々の中で、何気ない会話をして。
その何気ない会話に笑って。
日に日に笑顔の頻度が増えていって。
「……まだ再発行されないって?」
「いやあ。困ったね」
IDはとっくに再発行されていたのに。
そんな事仁も承知で。
令も勿論分かっていて。
そんな建前で会話をするのが楽しくて。
その最中で。仁の弱音を聞いた。
銃後の人間に価値を見出せない彼は、戦友こそを守りたい。
きっとそれは、仁にとって初めて気を許せる時間だったのかもしれない。
生き残る以外に意識を割ける時間だったのかもしれない。
その位の想像は令にもできた。
だけど、その無価値だと感じている人間を守るために戦友は散っていく。
その矛盾に苦しんでいた。
癒したいと、令はそう思った。
三か月の生活の中で仁が当初思っていたほど強い人間じゃないと知った。
むしろ彼が強く見えたのは、何も無くすものがないからだ。
無くすものが無いから無くすことを恐れない。
彼の歴史を知って令はそう結論付けた。
だけど、それは同時に仁を守ってくれるものの何も持っていない。
だから本人が自覚しない内に仁はボロボロの傷だらけになっていた。
それを癒したい。
冷え切った彼に家族の温かさを感じて欲しい。
クリスマスにパーティーをしようと言ったのも、それが令の知る家族の温かみの一つだったから。
「当日は楽しみにしていて。人の作った料理ってモノを食べさせてあげる」
そう言った時、少しだけ嬉しそうな顔をしてくれたことが嬉しかった。
本当の彼は、人並みに傷付きやすくて、人並みに優しさを与えられる、そんなただの人だった。
おかえり、って言った時に微かに緩んで安堵した仁の顔を、何時までも見ていたい。
その顔を見た時に、胸の中に灯る温もりを無視したくない。
日に日に険の取れていく表情を見て、ささやかな達成感に包まれる。
ずっと張り詰めていた人が、肩の力を抜いてくれた事。そんな風に感じて貰えるようになった事を誇りにさえ思う。
仁の中にうっすらと感じる他人の影。
どうして別れたのかなんて知らない。
それだけは仁も口を割ろうとしない。
でも構わない。
その誰かは仁を癒せなかった。
だから彼は今も傷ついているのだと令には分かった。
「私がしたいの」
仁を笑顔にしたい。彼の見えない傷を癒してあげたい。見ていて不安になる彼を見守っていたい。
それが令の中の今の願いだ。
だけどそれは令の役割と矛盾する。
令がするべきは、仁のその過去の傷を暴いて晒して、その傷を無かった事にする方法を教える事だ。
断じて癒す事ではない。
仁が己の現状と役割の矛盾に苦しむように。
令もまたその矛盾に苦しんでいた。
互いに矛盾を抱えた状態で、何時までも続けたいと思っていたぬるま湯の様な生活は。
唐突に終わりを告げた。




