23 裏切り5
「どうしよう」
令は急遽確保したホテルの一室で呟いた。
その呟きに何の反応もない事を寂しく思う。
元々、船団間を移動する様な人間は少ない。
大概の用事は一つの船団で済ませられるし、何より時間がかかる。
宇宙は気軽に行き来するには広すぎるのだ。
故に、部屋の確保は問題なかった。
費用面でも第二船団にいるライテラ計画を主導するハロルドのポケットマネーから出るので問題ない。
とは言え、そのポケットマネーも再三再四の帰還命令を無視していたので、後から領収書を出しても清算してくれるかは疑問だが。
ここのホテルを逗留先に決めて三日。
食事の時だけ部屋の外に出て。
少しだけ賑やかな人に当てられて。
そうしてまた一人きりの部屋に戻ってきて寂しさを覚える。
現状、第三船団での資料収集は上手く行っていない。
元々あるか無いかも定かではない代物だ。
一番は協力者の確保だったが――それについてはもう完了したと言ってもいいだろう。
後は、実際に相手へとオファーするだけ。
容易には拭い難い過去を抱えた東郷仁に、その過去を変えるチャンスを与える。
数年後には、それなりに理想的な過去へ変わり、伴って現在も変わるだろう。
そんな結論はもうずっと前に出ていた。
令がそれでも尚、仁の元に留まっていたのは別の形で現在を変えたかったから。
だけどそれも難しくなった。
仁の住まいは軍の独身寮。
そこに令が三か月も転がり込んでいた事に対して遂に退去通告が出たのだから。
仕方ない事だ。
令自身もそう口にした。
仕方ない。
それが決まりだ。
当然の話だ。
「だから、私は改めて彼を誘えば良い」
そっとバッグのポケットに手を触れる。
三か月そこに合った物がない。
仁の部屋の鍵。
彼と自分を繋いでいた唯一の物。
連絡先の交換さえしていなかったことに、今更気付かされた。
あの部屋に居ればいつでも話が出来たからそんな事にさえ思い至っていなかった。
空っぽのポケットが寂しい。
「……そうか」
気付いてしまった。
あの傷付いた人を癒したいと思っていた。
一人ぼっちの人に家族の温もりを与えたいと思った。
それらの全ては、自分がそうしたいと思ったから。
彼に過去ではなく、未来を与えたいと思ったからだ。
何時の間にかこんなにも自分の中で彼が占める割合が大きくなっていたと令は気付く。
気付いてしまったらもう、止められなかった。
「こんばんは、グレイス大尉」
『こちらだとおはようだがね。楠木令。こちらからの連絡を散々無視して置いて何の用かね?』
自分の直属の上司という事になっている大尉さんに令は通話する。
「申し訳ございませんが、一身上の都合で退職させていただきたく」
『……元々君に職を与えていたつもりはないが……本気かね?』
「ええ。本気です」
『まあ元々君は歴史を体感したいなどと言う変わり種だったからな。そうなる可能性は織り込み済みだった』
言ってしまえば他の計画参加者と比べても本気度が低い。
そう捉えられていたという事だ。
まあ令自身、そう思う。現に今意見を翻しているのだから。
『構わん。計画については他言無用だが――』
「どうせ、言っても信じないでしょう。私も理屈を知っているわけじゃありませんし」
言ってしまえばこの計画はバイロン家というネームバリューに最大限乗っかった物だと言える。
ハロルド・バイロンのこれまでの功績にとも。
彼ならばやってしまえるかもしれない。
この段階で計画についてを詳しく知るのはそれこそ当人と電話の相手位だ。
『その通りだ。妄想に取り付かれたと思われたくなければ口にしない事をお勧めする』
「ええ」
『辞める前に東郷仁についてのパーソナルデータを――』
「お断りします」
『提供して、何だと?』
「お断りしますと申し上げました」
令の断固とした言葉にグレイスはしばし呆気に取られていたのか。電話口から声が聞こえてくるまでに数秒を要した。
『君が計画から離脱するのは自由だが、彼は計画に参画する可能性のある人物だ』
「いいえ。彼はきっと参加しません。私がする気の無いようにします」
『楠木令。まさかと思うが――』
「そのまさかですよ、大尉。私には人類平和何て大義よりも、彼の方が良いと思ってしまったんです」
令自身、苦笑しながらそう言うとグレイスは電話口で少しだけ笑った様だった。
『今を変える事で、満足できる。その程度の欠落であることを羨ましく思う』
「過去に置き去りにした大事な物を取り戻したい。その願いは理解できます……が、やはり私には向いていなかった様です」
『その様だ。元々公的な組織でもない。この通信を不能とする事で君の計画離脱の証としよう』
「お役に立てず申し訳ございません。ですが、最後によろしいでしょうか」
『聞こう』
小さく、令は息を吸い込んだ。
計画に参加して、ここ至って。
それまでの期間で感じた事を率直に口にする。
「どれだけ素晴らしい大義であろうと、万人が納得できる大義が有り得ない事は歴史が証明してます」
そして今、令自身も証明してしまった。
人類平和よりも目の前の幸福を求めてしまった。
『……続けたまえ』
「結局争いの火種になるのならそんな物に価値はない、と私は思いますよ。例えその争いが無かった事になるとしても」
過去改変。
その改変は結局、改変者にとって理想的な物だ。
誰がやろうと万人にとっての理想でない以上、それを阻止しようと或いは己にとっての理想にしようと争いは起きる。
その争いの勝者が争いその物を無かった事にして自分の理想を手に入れる。
きっとその繰り返しになるのだろうと令は確信していた。
『君の意見は分かった。今後の計画の参考にさせて貰うとしよう』
その言葉を最後に通話が切れる。
試しにもう一度通信を試みるが、全く繋がらなかった。
先ほどのグレイスの言葉通り、すぐに通信を繋がないようにしたらしい。
流石、仕事が早いと少しばかり感心した。
「よし」
気合を入れる。
何しろ、今自分が考えているのは本当に後先考えない行動だ。
相手の都合何て何も考えていない。
「負けずにこっちもやりましょう」
もしもそれで空ぶった時は……まあ手痛い勉強代だと思おう。
だけど令は、そんな風になる事は無いとどこかで確信していた。
船籍を変える。
第二船団から第三船団へと所属を変えること自体は一週間程度の審査の結果問題なしと判断された。
母親には大層驚かれたが、まあ良い年の大人だからと割とあっさり認めてくれた。
妹については事後報告となるだろう。
家族と離れ離れになる事への葛藤はある。
元々年の半分くらいは共に過ごしていなかったが、今度はもう年に一度会うか合わないかになるだろう。
友人とも同じだ。
第三船団に居る知己は仁くらいだし、職の事も有る。
一先ずは第二船団の大学に属したままで遠隔で仕事をすることになるが、こちらでも見つけないといけないだろう。
考えるべきことは山ほどあった。
そして住む場所。
ホテル住まいはもう出来ない。そんなに貯金がある訳でもない。
だから下宿先を借りる。
少し、軍の独身寮に近い場所。交通の便はあまり良くないが、仕方ない我慢しよう。
それこそ令としては「キヨミズの部隊から高跳びする」くらいのつもりだったのだ。
準備を整えて、いざ! と仁の元に向かったら。
「え? いない」
「ああ。引っ越したよ」
顔馴染みになっていた寮の管理人にそう言われて途方に暮れた。
と言うかはっきりと言えばショックだったと言ってもいい。
「ええ……そんな実は逃げる程嫌だった……?」
相手も同じ気持ちだと思っていたのは自分だけの錯覚だったのだろうか。
いや。と思い直した。
そんな事は無いと。
あの日の唐突な別れにショックを受けていたのは自分だけでは無かった筈だと。
あの瞬間名残惜しさを感じたのは一人じゃなかったと。
とは言え連絡先を知らないのは中々に致命的だった。
ここに来ればいつでも会えると。
そう高を括っていた。
「やってやろうじゃない」
ここにしか、仁と令の接点はない。
ならば待とう。
何日でもここで待とうと令は決心した。
彼も同じように思っているのならば何れここに来るだろうからと信じて。




