21 裏切り3
痛む頭を押さえて智は身体を起こす。
「ここは……」
自分の部屋だ。
意識を失う前の事を思い出し、慌てて扉に飛びつくが当然の様に開かない。
「姉さんがライテラ計画に参加していた……?」
徒労に終わるであろう扉の突破を諦め、ベッドに腰かけて智は先ほど聞いたことを思い出す。
そんな話は聞いたことがない。
いや、自分自身母親に何も言っていないのだから、姉が家族であってもその事を明かさなかったのは理解できる。
しかしそうなのだとしたら、令は何を求めてライテラ計画に参加していたのか。
そして、仁と出会ってからもそれは変わらなかったのか。
「ママに電話してみる……? でも知らないだろうしな……」
何か手掛かりを、姉の痕跡を追いたくて智はウロウロと部屋を歩き回る。
そこで智はふと思い出した。
「確か姉さんの遺品を整理していた時に……」
令のタブレット端末に置かれていたロックのかけられたファイル。
削除することも出来なくて、結局自分の端末にダウンロードしていた筈だ。
暇つぶしにパスワード当てをして中身が見れたらラッキーと言う程度の感覚で。
「もしかしたら日記かもしれない」
敢えてクラウドではなくローカル領域に保存していたデータ。きわめて個人的な物の可能性が高い。
それに、令は度々書き物をしていたがその文章データは見当たらなかった。
何かしら、姉の考えていたことが分かるかもしれないと、智はパスワード当てに挑戦する。
「とはいえ。何を入れれば良いのやら……」
思いつくような物は一通り試した。
自分や家族、仁の名前誕生日と言った分かりやすい物から好物などの関係性がありそうな物。
「……いや、もしかしたら」
ついさっき知った新しい事実。
ライテラ計画に参加していたのならば。
逸る心臓を抑える様に深呼吸して、パスワードを入力する。
RigthTaleという九つのアルファベット。そしてエンター。
表示されるのは無慈悲なパスワードが違いますという文字。
「姉さんの馬鹿!」
完全な八つ当たりである。
ライテラ計画。プロジェクトライテラなど色々と書き方を変えてみる。
次はハロルドやグレイスの名前、知っている限りのプロフィール。
遂には全然関係ない名前まで適当に入れていく。
「こうなったらもう業者に依頼しようか……!」
口は恨み言を吐きながら、思いつくままに単語を打ち込んでいき……。
「え?」
ファイルのロックが解除された。
暗号化されていたファイルが展開されて、いくつかのドキュメントファイルに変わっていく。
あてずっぽうとは言え、正解を当てた事への感慨も達成感も無い。
ただただ――薄気味の悪さを感じていた。
「何、で」
その単語が、パスワードになるなんて有り得ない。
令とはどうやったって接点がない筈だ。
知る機会すらない。その筈なのに。
「……東郷仁と話し合ってでもいた……?」
最も可能性が高いのはそれだが――こればかりは当人に聞いてみないと分からない。
一先ずパスワードの事は脇に置いておいて、智は遂に暴かれた姉の秘密に微かな高揚感を覚えた。
やはりこれは日記だったらしい。
日付順に並べられている。
古い物は本当に古い。学生時代からの物の様だった。
「……結構抜けてるけど」
毎日つける程マメではなかったようだが、数年間は続けていた習慣の様だった。
「これは……学生時代のスピーチ大会の話か」
歴史について語ったのだが、結果は振るわず。
悔しいという様な内容が書かれている。
妹の前では平然としていていたが、内心では結構荒れていたらしい。
今更だが、姉の隠していた事を暴こうとしているのだと気付いて智は怯んだ。
だけど、止まれない。
ライテラ計画の事。
そしてパスワードの事。
その二つがこの日記を読み解けば分かるかもしれない。
意を決して智はドキュメントを読み進めていく。
こうして内心を綴った文を見て分かるのは、意外と気分で行動する人だったんだなという事だ。
八歳年上の姉はとても大人に見えていたが、その内面はきっと同年代だった時の自分と大差がない。
そうした中で、遂にそのワードが出て来た。
「ライテラ計画……グレイス中佐が直接勧誘したのか」
当時は大尉だった事が日記から読み取れる。
散々に令は胡散臭い。詐欺っぽいと警戒していた。
そう言いながらも、計画に協力する事を決めたらしい。
バイロン家のネームバリューは凄い。
多分時間跳躍というところに引かれたのだろうというのは智にも予測できた。
過去を変えたいのではなく、多分姉は過去を体験したかったのだろうなとも。
そのスタンスの軽さはちょっと今の計画参加者とは毛色が違うなと智は思った。
良くも悪くも今の面子は悲壮感に満ちている。
更に進めていくと――有って当然の名前が出て来た。
東郷仁。
将来的に結婚を決めた相手と出会った時の事だ。
いよいよ、智はこれ見ても大丈夫なのだろうかと不安になってきた。
姉の心情が赤裸々に綴られた日記だ。
どんな惚気話が飛び出してくるのか今から恐ろしい。
だがこれも、全ては姉の謎を追いかけるため。
それと人の秘密を覗き見る背徳的な悦びに突き動かされて智は次のドキュメントを開いた。
◆ ◆ ◆
歴史研究家。
そう名乗った事に嘘はない。
だけど、全ての事を言ったわけじゃない。
「だから歴史研究。第三船団にしかない資料を探しに来たの」
胡散臭い顔を向けてくる第三船団の軍人。
東郷仁。
令はここに来るまでに頭に叩き込んだプロフィールを思い出す。
孤児。
余り環境が良いとは言えない孤児院で育ち、今は防衛軍のパイロット。
第三船団は極端な監視社会だ。
ナノマシンであらゆる行動が管理されていて、あらゆる行動が記録として残る。
だから、個人情報を手に入れる事は非常に難しい。
それでも軍人として公開されている情報は別だ。
また、人と人の間に流れる噂話も。そこまでは流石に管理できない。
そうした諸々から、東郷仁という人間はライテラ計画へ賛同する可能性が高いとされた。
そのリクルートが今回の任務の一つだ。
――完全な偶然とはいえ、こうして接触出来てラッキーと令は思った。
「というかアンタ何歳だ。定職にも付かず、こんな事してるんじゃないだろうな」
「お母さんみたいなこと言わないでよ……ちゃんとお仕事です! これ、大学のID!」
大学のIDも本物だ。
だと言うのに、東郷仁は。
「歴史研究、ね……」
「あ、今歴史を馬鹿にした。しましたね」
歴史は素晴らしい。人の英知がそこに詰まっている。
愚かしい出来事もある。それだって立派な反面教師だ。
そして残念なことに、そうした素晴らしい歴史は大きく欠けている。
母星での六百年に及ぶ戦い。その最中でそれ以前の記録は大きく欠損した。
更に宇宙に旅立ってからの百五十年。その間でも、多くの取りこぼしがある。
令の任務のもう一つはそうした取りこぼされた可能性のある資料が現存しているか探す事だ。
とは言え、第三船団でそれは難しい。そうした資料の大半は第一船団だろう。
あそこは山ほど機密を抱えているとの噂だ。
令の願いはそうした隠された歴史、かけた歴史を埋める事だ。
ライテラ計画が成せば時間跳躍が可能になる。
そうなれば過去の出来事を実際に見ることが出来る。
歴史を体感できる。
それは令にとって何よりの報酬だ。だからこそ協力していると言えた。
「船団外の人間なら、申請してから一週間で許可証が発行されるな。明日役所で手続きすると良い」
「一週間かあ」
ライテラ計画とは別件。半分趣味の歴史資料収集はどうやら今回は出来ない様だと令は思った。
「残念……今回の調査期間は明後日まで何だよね。仕方ない……また次にしましょう」
口惜しさを堪えながらそう呟く。
一先ず今回は東郷仁と接触出来ただけで良しとしようと。
「明日は非番だ。連れて言ってやっても良い」
なのにそんな事を言われて。
良い人だなと思った。でも何だか素直に受け取れなくて。
「もしかしてナンパ? デートのお誘い?」
そんな風に言ってしまったのはちょっと失敗だったかもしれない。
そして何が失敗ってこの内容を報告書に書かないといけない事である。恥ずかしいと令は思った。




