14 本当の初邂逅
「ところでさっきからずっと気になっていたんだが」
澪を迎えに行く。
その結論が出たところで仁がふと思い出したように口火を切った。
「笹森少尉、ナスティン少尉。お前らどうやってここに来たんだ?」
どうにも計算が合わない。
話を整理すると、どうやらこの二人、属する中隊と共に第三船団に参上したのはビーコンを発信する前だという。
メイが間違いないと証言していたので、その時間は正しいのだろうと仁も思う。
そうなると問題は、現在位置の分からない第三船団にどうやってこの二人は来たか。
尤も現在位置については仁達と同じように偶然に助けられて算出できたかもしれない。
それ以前の話として。
「というかお前らの母艦はどこだ。流石に船団近郊にロザリオ級かロンバルディア級が来ればすぐに気付くんだが……」
アサルトフレームが単独でオーバーライトが出来ない以上、母艦の存在は必須だ。
仁からすれば当然の疑問で、別段困る様な質問ではない筈なのだが。
コウは歯切れ悪く答える。
「あー俺達はその、あの時着艦したのは『ゲイ・ボルク』だったんだけどよ」
「『ゲイ・ボルク』なら尚の事だな。あんなデカいの見落とすのは有り得ない」
あれを見落とすというのは視力か注意力に相当な問題を抱えている。
もしも見落としていたというのならば、本気でパイロットとしての引退を考えるべきだろう。
「……その、あれに乗っていた整備士の事で聞きたいんだが」
「あ、大尉。バイロン曹長なら無事ですよ。ええっと……何かこう。フィーバーしていると言うか。兎に角滅茶苦茶元気です」
「フィーバー?」
「気にしないでくれ教官」
まあ口ぶりからすれば無事なのは間違いないようだった。
それが分かれば仁としても今はそれ以上は追及する必要がない。
話を戻した。
「それでどうやって来たんだ? 他の艦が合流でもしてたのか?」
「いや、そう言う訳じゃなくて……」
「助けられたんですよ」
答えに窮するコウにユーリアが助け舟を出した。
とは言えその簡潔な答えもやはり仁が疑問を返す物でしかなかったのだが。
「誰に?」
「ええと」
答える気はあるようだが、どう答えるべきか。
二人視線を交わして無言で意見をすり合わせているのだが何時まで経っても結論めいた物が出てこない。
焦れていた仁はある事を思い出して慌てて空を見上げた。
状況は十数分前に見た時と変わらず――人型ASIDが睨み合っている。
「いや、というかだ。お前らこんなところにいる場合じゃないだろ! 早く上に戻れ!」
「あー」
「いや、尤もな疑問なんですけどね大尉。その必要が無いと言うか……」
「んな訳ないだろ。人型はまだいる。防衛戦力では一機でも――」
何故そんなに悠長に構えていられるのかと。
仁は更に言い募ろうとして。空から舞い降りた姿に口を閉ざした。
代わりにその名を呼ぶ。
「黒騎士!」
過去三度交戦した隻眼の人型ASID。
相変わらずの漆黒の装甲に、仁からすればデッドウェイトでしかない長剣。
威圧感をまき散らしながらその個体は仁達の間近へと降り立つ。
奇妙なのは後ろにレイヴン二機が着いてきている事だ。
どう見てもそれは船団に突入した個体を追いかけて来たという様子ではなく、随伴してきたという様な風情だ。
違和感を覚えるより先、コウの少し呆れた様な声がかけられた。
「来るの早いぞ。まだこっちの話まとまってないっての」
「笹森少尉?」
「あー何と言いますか。えっと、驚かずに聞いてくださいね。こちらは――」
『聞いていたが、話が終わらない』
付近一帯に響き渡る女性の声。
それは電子的に合成された音声なのだろう。
どこか硬質な――だけど明確な意味を持つ言葉が発せられた。
隻眼でこちらを見下ろす黒騎士から。
「……………………は?」
「え。今こいつ喋りませんでしたか。墜落して頭打ちましたかね……」
「いや、俺にも聞こえた。何かこう話が終わる気配がないとかなんとか……」
仁とメイ、守は今しがた聞いた声が何なのか。咄嗟に判断が出来ずフリーズする。
慌てふためいていたレスキューチームも完全に口をあんぐりと開けて動きを止めていた。
「だからお前ら来ると普通は驚いて固まるから」
「説明してから来てくださいってお願いしたのに」
『人間の話は回りくどい。それより、人間の群れの勇者はどれだ』
固まっている三人を他所に、コウとユーリアはさほど慌てた様子もなく言葉を交わす。
その光景を見て漸く仁も解凍されたらしい。
未だぎこちない動きで両者を見比べながら、やっとの思いで問いを発した。
「笹森少尉、ナスティン少尉。これは一体……?」
「あー紹介するぜ教官。こいつが俺達を船団まで送ってくれた協力者だ。エーデルワイスって俺達は呼んでる」
「そして、多分こちらがエーデルワイスが探している第三船団で一番強いと思われるパイロットの東郷大尉です」
エーデルワイス。
コウがそう呼んだのは船団では黒騎士の名で通っている厳つい個体だ。
とても花の名前が似合うとは思えない。
そのエーデルワイスが身体を屈めて隻眼で仁を至近で見つめる。
『そうか。これがあれの守護者か』
ほんの少しの怒りと好奇心。
一つだけ残ったカメラアイから発せられる輝きと発せられる気配から仁はそんな印象を抱いた。
「……二人とも説明」
散々遣り合った相手だが、生身で勝負になどなる筈もない。
兎に角情報と、言葉少なに要求する。
「話すと長くなるような短くなるような……」
「私達、というか『ゲイ・ボルク』がオーバーライトで飛んだ先は彼女たちの母星でして……」
「俺達はエーデルワイス達、その星の住人に助けられた」
◆ ◆ ◆
第三船団を奪還してから三日が経過した。
仁の骨折は無理やり医療用ナノマシンで治癒させた。
本来ならばこの程度は自然治癒が良いと医者からはいい顔をされなかった。
だが。今この状況で自由に動けない状態に陥るわけには行かなかった。
『なるほど。人間は面白い事を考える』
「まあお前は一人でも何かなるだろうからな」
「むしろ単独であっちこっちに飛んでいくそちらが可笑しいだけだと思いますけどね」
「……いや、おかしいのは今の状況だろ」
ロンバルディア級戦艦。
その格納庫にレイヴンとレオパード以外の姿があった。
無論、第二船団専用とも言えるグリフォンでもない。
黒騎士、またの名をエーデルワイス。
人間がリラックスするかのような姿勢でハンガーに寄りかかりながら、キャットウォークのコウとユーリアと何やら議論していた。
聞けば、仁達が艦を修繕するための一か月。その期間で交流をしていたというのだから、この馴染みぶりも納得は出来る。
出来るのだが、そもそも良くコミュニケーションする気になったなというのが仁の率直な感想だ。
「あ、大尉。話は終わったんですか?」
「一応な。もうすぐ出港だ」
『承知した。我が軍にも移動を伝えよう』
この三日間で全てを判断するのは危険だが――人型ASIDの群れは皆大人しかった。
防衛軍の艦隊はずっと彼らを睨んでいたのだが、その監視の目を向けるのも惜しいくらいに静かだった。
エーデルワイス。
その名は仁にもまだ馴染まないが彼女――ASIDである以上ほとんどが雌性体だ――の統率は末端にまで行き届いている様だ。
「道案内はそっちに任せても良いのか。エーデルワイス」
『そちらの「おーばーらいと」では幾日かかるか分からぬ。このせんかんとやらは少々大きいが、我が軍ならば飛ばせるだろう』
かつて刃を交え、殺す気で戦った二人だったが今はこうして言葉を交わしている。
その事に違和感があって仕方ない仁だが――言ってしまえば違和感はその程度なのだ。
他の人間が戦々恐々として未だ近寄れない事を考えれば、平然と言ってもいい態度だった。
というよりも、仁は最初から予見していたのだ。
澪の正体がASIDであるという予測を立てた瞬間。
当然その同族が存在する筈であると。
存在するならばそれはきっと、嘗て目にしたあの群れしか有り得ないと。
故に、実際目にして喋り出した時は驚いたが――エーデルワイスが澪と同じように人間的な思考が可能であるというのは不思議ではなかった。
むしろ、そうであると分かったことで人型ASIDとの戦いが面倒だったことが良く分かったという物だ。
とは言え、互いに恨みはある。それは当事者に限った話ではないが。
八年前の襲撃で大勢が死んだ。
防衛軍の人間も、エーデルワイス配下のASIDも等しく。
だがこうして会話が可能で交渉可能な相手となれば、そのテーブルに着くことはだけはする。
船団憲章にもある。知的生命体のコミュニティを侵略する事を禁ずと。
「どのくらいかかるんだ?」
「大体一時間くらいだったな」
『そう手間は取らせない。歓迎しよう。異邦の勇者よ』
仁達の目的地。
それは人類が初遭遇した知的生命体の母星である。




