15 幸運な勘違い
集中砲火を浴びてボロボロとなった『ゲイ・ボルク』は辛うじてオーバーライトを実行できた。
しかし既に舵は言う事を聞かない。
オーバーライトで飛んだ先で、コントロール不能となった『ゲイ・ボルク』は間近にあった惑星の重力に引かれて墜落した。
ロンギヌス級戦艦は大気圏内飛行は全く想定されていない。
例え無傷の状態であったとしても、一度重力圏に囚われてしまえば遅かれ早かれこうなるのは必然だったのだろう。
結果、『ゲイ・ボルク』は近接格闘形態のまま大地に擱座した。
「……無理ですね。これは」
横倒しになった艦体を整備士総出で点検を行った結果、シャーリーはそう結論付けた。
他数名の整備チームの班長も同じ結論だった。
「少なくともこれは自力でこの惑星の重力圏を突破するのは不可能です」
艦橋でシャーリーは艦長に向けてそう報告する。
不幸中の幸いなのは船団にある物と同じ人工重力発生器は生きている事だろう。
そうでなければこの横倒しになった艦の中で過ごすだけでも一苦労だった。
「……そこまでかね。この惑星の資源を採集しても修理は出来ないのかね」
「艦載機も損傷が激しいです。その状態では資源採集に向かわせることも危険でしょう」
オーバーライト前に着艦したレイヴンにも無傷の機体は無い。
まずはそれらを動ける状態にしないと資源採集もままならないだろう。
「そしてこれが最大の問題ですが。これだけの損傷を自力で整備する事は出来ません。最低限の機能を取り戻すだけで何か月かかるか……」
幸いにして第二船団の追撃は無い。
だが主戦力である防衛軍の艦隊がバラバラになった状態である。
その状態で第三船団本体を第二船団の艦隊が襲撃したら待ち受けている末路は悲惨な物となろう。
「そもそも……何故奴らは仕掛けて来た」
「それを考えても仕方ない事でしょう」
艦長の半ば独り言に、シャーリーが取り成すようにそう言う。
単純にタイミング――つまりは第三船団艦隊に打撃を与えるという意味では最適だったといえる。
だがそれ以前。
何故今、第二船団は戦争となるのを承知で仕掛けて来たのか。
「……彼らだって理解はしているハズ。今のこの状況で船団同士で争ったとしても得られるものはない事に」
仕掛ければ他の二船団も黙ってはいない。
可能性として考えられるものは幾つかあったが――。
「兎に角奴らは戦争も辞さない。その覚悟で仕掛けてきているのは間違いない」
思考の海から浮上してきた艦長が集まった人員にそう告げる。
「まずはアサルトフレーム部隊を一個中隊稼働状態にまでもっていく。その後はこの惑星の調査だ」
現在位置も不明な今、この惑星がどのような星かも分からない。
仮に現在の星系が分かったとしても未調査の可能性の方が高いのだ。
ならば、その把握は最優先である。
その方針が決まったところで――。
「っ! リアクター反応です!」
観測士が悲鳴の様な声を上げた。
すぐさま、艦長の誰何の声が上がる。
「識別信号は!」
「反応なし! これはASIDです!」
「動かせる砲台は!」
「砲台以前にリアクターが停止してます!」
「アサルトフレーム部隊は……」
「まともに動ける機体何て一機もありません」
「ライブラリに照合。類似データ有。これは、人型ASIDの物です……」
よりにもよって、という声にならない怨嗟の声。
通常のASIDだったならば、ぼろぼろになった機体でも撃退可能だったかもしれない。
だが人型ASIDとなると、万全の状態でも分からない。
八年前の大損害は第三船団の防衛軍にとってもトラウマとなっていた。
「……総員。全リアクターを停止」
艦長が選択したのは、戦闘ではなくやり過ごす道。
「全艦に通達。音を立てるな」
古の時代、ソナーに引っかかるのを恐れて物音を立てない様にしていた潜水艦のめいた指示が下される。
戦えない以上、そうするしかなかった。
相手がこちらに気付かず、過ぎ去ってくれるのを祈るしかない。
「反応接近します……」
ちょこちょこと、少しばかり覚束ない足取りで向かってきた人型ASID。
といってもそれは非常に小さい。
全長五メートルほどのサイズの個体は八年前には遭遇しなかったタイプだ。
当たり前の話ではあるが――『ゲイ・ボルク』は大きい。
とても見過ごすことが考えられない程に。
至極当然の話として、あっさりと見つかった。
小柄な人型が『ゲイ・ボルク』へ近寄ってくるのがスクリーンに映し出される。
そんな緊迫した状況だと言うのに。
「……何かちょっと可愛いですね」
「バイロン曹長。少し口を閉じていろ」
艦長から呆れと怒りの入り混じった声をかけられてシャーリーは今度こそ口を閉ざす。
最接近したその小さな個体は何やら鳴き声を発している様だった。
普段は真空中での交戦であるため、余り聞く事は無い。
何やら、ノックするかのように『ゲイ・ボルク』の装甲を叩いていたが、そこに破壊の意思は感じられない。
しばらくそうしていると、その個体は元来た道を戻っていった。
「……何だったんだ今のは」
「単なる残骸と思われたんですかね……?」
今見せられた行動がどうにも通常のASIDの物とは繋がらなくて首を傾げる艦橋の面々だったが気を取り直す。
「よし、兎に角先ほどの方針通りにアサルトフレーム部隊を動かせる状態にするぞ。人型ASIDが居ることが分かった以上、時間との勝負だ。警戒を厳とせよ。今の奴が仲間を引き連れてくるかもしれない」
そう艦長が指示を出し、艦の中に活気が戻る。
そして翌日。
「リアクター反応……パターン照合。昨日の奴です!」
「また来たのか!」
全ての作業を止めてまた息を潜める。
今度は何やら重そうな岩を運んできていた。
自分よりも大きい物を運んでいるのはやはり小型であってもASIDなのだと思い知らされる。
その映像を見ながら。
「……やっぱりちょっと可愛いですね」
「バイロン曹長。黙っていろ」
昨日と同じようなやり取りをしながら見守っていると、運んできた岩を艦体にぶつけて来た。
「素手じゃ壊せなかったから岩を持ってきたんですかね」
「いや、他にもっと色々とあるだろう……」
一回ぶつけて、様子を見て。またぶつけて様子を見て。
そして何やらまた鳴き声を発していた。
しばらくすると諦めたのか。岩を置いてそのまま帰っていく。
「……本当に何なんだあれは」
意図が全く掴めない。
「……あ。この岩。結構豊富な鉱物を含んでいますから修復資材に最適ですね」
「よし、奴が十分に離れたら回収するぞ」
さらに翌日。
「あ、また来ました」
三度目ともなると、緊迫感も薄れてくる。
初回の悲壮感が嘘の様に気楽な調子で観測士が来訪を告げる。
「……大分デカいな」
ゴロゴロと、抱えることが出来ずに大岩を転がしながらやってきた。
来たと聞いていなければ落石の類かと思う程だ。
またそれを艦体へとぶつけてくる。重いためか、昨日よりも勢いはないのだが衝撃は大きい。
そこでふと気が付いたらしい。
昨日置いて行った岩が無い事に気付いて辺りをきょろきょろし始める。
「む、気付いたか」
「資材が惜しかったとはいえ、やはり放置しておくべきだったか……?」
また何やら鳴き声を発しながら大岩を押し付けてくる。
しばらくして諦めたのか。
何やら鳴き声を発しながらまた去って行った。
「今回の大岩も、鉱物が大分含まれています」
「……いや、今日は回収しないでおこう。どうも、昨日のが無くなった事で不信感を抱かせていたような気がする」
惜しいが、と艦長は本当に口惜しそうに呟いた。
そこでふと、艦橋を見渡した。
「そう言えばバイロン曹長。今日は静かだったな」
昨日まで可愛いなどと寝言を吐いていた人物が妙に静かだったことが気になった。
いや、正直に言えば艦長もちょっとあの個体の小動物感に愛着を覚えていたのだが。
「……いえ、ちょっと気になる事がありまして。奴の鳴き声をサンプリングしてました」
「鳴き声?」
「はい。ちょっと動物と言語学に詳しい人いないから探しておきたいですね」
じっと、去って行く背中を見つめながらシャーリーは呟く。
「どうにも、この鳴き声には規則性がある様な気がして。もっと言うとこれは言語じゃないですかね」
そんな爆弾を落としながら。




