16 テルミナスの母星1
ここに来るまで仁は聞かされていた。
シャーリーの発見が一つの転換点であったと。
墜落した『ゲイ・ボルク』を最初に発見したのが人型の中でも所謂年齢が低く、友好的な相手だったことは何よりの幸運。
そこから彼らとの交渉の足掛かりを掴み取ったのはシャーリーの功績だ。
そんな大功績を挙げたシャーリー・バイロンは。
「うへへへ……可愛い……可愛いですよお……今度はこの76番ワックスで装甲を磨きましょうね」
だらしない笑みを浮かべながら小柄な人型ASIDの装甲を磨き上げていた。
前に見たことがあるなと記憶を手繰れば、澪が幼い頃に甘えてくるとあんな笑みを数割抑えた感じになっていたはずだ。
バイロン一族は機械を愛する変人の集まり。
いつだったかシャーリーが自らの親族をそう称していた。
よくもまあ自分を棚上げに出来たなと仁は思う。
「おい、そこの変態」
「誰ですか、失礼な……って仁!?」
訝しそうな声で頬ずりしていた装甲から顔を上げたシャーリーは仁の姿を認めてよだれを拭った。
「お前涎だけじゃなくてワックスも拭え。頬にべったりだぞ」
「こ、これはお恥ずかしいところを」
「俺が生まれてから今まで見てきた中で一番恥ずかしい姿だったよ」
知り合いに紹介するのもはばかられるレベルだ。
ここに来るまで無事で良かっただとかいろいろと言うことを考えていたのだが全部吹き飛んだ。
同時にいつもどおりの姿を見れて、間違いなく安堵している自分に気付いた。
「仁?」
「お前が変わってなくてよかったよ」
「いや、そんな一月足らずで早々人は変わったりしませんよ」
「……ああ。そうだな。そのとおりだ」
だから、あの澪の姿も変わったのではない。
仁が気付いていなかっただけだ。
表に出すことのなかった孤独を。
「聞いたぞ。あいつらとコミュニケーションを取るきっかけはお前だったって」
「ええ。話してみれば良い子達でしたよ。小さくてキュートでしょう?」
良い子呼ばわりが出来るのは宇宙広しといえどもシャーリーくらいだろう。
キュート……? その言葉に周囲の人間が微妙な表情をしたのがわかる。
まあ挙動だけを見ればそこそこ可愛いのかもしれない。
ワックスで磨かれてちょっと眩しい装甲をテカらせているASIDが座り込んだまま首をかしげるような仕草を取った。
『これ、お前の言ってた仁?』
「ええ。そうですよ。仁、この子の名前はティキです。『ゲイ・ボルク』を傷付いて倒れた同族だと思って修理素材になる鉱石持ってきてくれたりしたいい子なんですよ!」
「お、おう。よろしくティキ」
『お前弱そう』
ティキの不躾とも取れるこの物言いは、おそらくこちらの言語に慣れていないからだろうと仁は思うことにした。
ここのところ不覚を取りっぱなしなので、少々心に痛い。
「この人の本領は機体に乗ってるときですから! そういえば大尉。機体はどうしました?」
「大破した。もうバラバラだ」
あれはもう修復は無理だろう。
澪に完膚無きまで破壊されたレイヴンを修復するくらいなら一から作り直したほうが早いくらいだ。
新しい機体が回されるまでは仁が乗るレイヴンは存在しない。
「大破……えっと、超大型種から出てきたときは一応原型はとどめていたと思いますけど……第二船団との戦いで?」
何故機体を失ったのか。
それを語ろうとすれば最後に戦った相手にも言及せざるを得ない。
「……仁?」
「話を、聞いてくれるか」
教え子たちには淡々と事実だけを告げられた。
何だかんだで頼りになるが、それでも彼らはやはり教え子で、娘の友人だ。
その弱みをすべて曝け出せはしない。
「第二船団の狙いが分かった」
「狙いですか? いえ、まあ当然あんなことを仕掛けてきたんですから、狙いがあるのはわかってましたが」
「何時だったか話したよな。エーテル通信を利用した過去への情報送信の与太話」
「ええっと……七年、八年前でしたか? そんなことは出来ないって話をしたような、してないような」
割としっかり覚えていた仁とは違い、シャーリーの記憶はだいぶ曖昧らしい。
無理もない。
本当にあの時はただの与太話で、実現性のかけらも無い理論だったのだから。
「連中の狙いはそれだ」
「ああ。思い出しました思い出しました……って仁。そっちこそ忘れてるんじゃないですか? あれは相当古いクイーンタイプが協力でもしない限り実現は……」
そこでシャーリーもその条件を満たす超大型種のリアクターに思い至ったのだろう。
「で、でも。リアクターを動かすための人員がいませんよ! 一人であんなもの動かせるなんてそれこそ」
「澪がASIDだった」
シャーリーの言葉を遮って仁はその事実を告げる。
「え……?」
「超大型種のメインプロセッサーと同じ物から出てきた個体があいつの本体だった。あいつは……」
「待ってください待ってください! 澪ちゃんがASID……? 冗談にしては笑えませんよ!」
冗談。冗談だったらどれだけ良いことか。
「あいつは第二船団の計画を進めるつもりらしい。過去改変を行うって。そう言ってた」
「どうして、そんなことを……」
当然の問いかけだ。
だからこそ、次の言葉は言うのに苦労した。
「澪は、本当はまだ十歳らしい」
「ごめんなさい。いきなり何の話を……」
「死んだ令の魂をベースに生み出された可能性があるって言っていた」
シャーリーが息を詰まらせる。そういう反応をすることは分かっていた。
それでも言わずに居られない。
胸の中に淀んだこの思いを吐き出したくて仕方がない。
「令の居場所を奪ったのは自分だから正しい道に戻すんだってあいつは言ってる」
「仁は、どうしたいんですか?」
「……澪と別れたくない」
八年間。それだけの期間仁と澪は親子だったのだ。
長さを言うのならば、仁が令と共に過ごした期間よりも長くなった。
だけど。
「怖い」
教え子には見せることの出来ない弱みが漏れ出した。
「もう一度会いに行って、また拒絶されたらどうしようかとかそんなことばかり考えている」
「……情けない」
「今なんて?」
「情けないって言ったんですこのヘタレ仁!」
明確に怒りを込めてシャーリーは吠えた。
「一回拒否られただけでなんですか! 私、仁に何回拒否られたと思ってるんですか!」
「ちょ、お前……その話をここでするのは……」
格納庫の中である。衆人環視の中である。
「そういうところで追い込みでもかけないと何時まで経っても結論出さないでしょう!」
図星なので何も言い返せない。
と言うか完全にシャーリーの優しさに甘えて八年もこの関係をズルズルと続けてきたのだから。
本当に彼女を思うのならば、たとえシャーリーが何を言っていてもどちらかの結論を出すべきだった。
「長期戦覚悟でしたけどまさかここまで粘るとは思ってませんでしたよ! っていうか私よく八年も我慢しましたね!」
何しろ三十代もそろそろ後半だ。
ナノマシンによるアンチエイジングで平均寿命は伸びているが、少々遅い青春と言わざるを得ない。
「そこに今度は娘の反抗期ですか!」
「いや、これ笹森少尉たちも言っていたが反抗期なのか……?」
「反抗期でしょう。少々ベクトルは違いますが、話を統括すると産んでくれなんて頼んでねーしの亜種ですね」
そこまで言い切ると、腕を組んでシャーリーは鼻息荒く続けた。
「そんなこと言われたくらいでひるんでどうするんですか。そこで育児放棄するような事してたら反抗期なんて乗り切れませんよ」
「……そうかもな」
仁には反抗期の記憶がない。というか反抗する相手も居なかったので反抗期らしい反抗期がなかった。
それでも知識としてはわかる。
これから一年中反抗的な態度を取られるのだ。
それは人として当たり前のこと。
そして、その一個一個に腹を立てて育児を放棄しないのも、きっと当たり前の事なのだろう。
そう考えたら仁も気が楽になった。
「良いですか。絶対に澪ちゃんを助けますよ。私のプランでは澪ちゃんが居ないと幸せになんてなれないんですから」
「ああ。言われなくても」
仁の将来設計がどうなるにしても。
そこに澪の居ない設計プランはありえない。
「全く。世話がやけますね」
『シャーリー』
「ああ。はいはい。すみません。詰まんない話していて」
じっとおとなしく今の話を聞いていたティキ。
下手したら訓練校時代の三人衆よりも礼儀正しいかもしれないと仁は思った。
『こいつよりシャーリーのほうが強そう』
その率直な感想に仁は頷く。
「ああ。実はシャーリーが一番強い」
『やっぱり』
「ちょっと。変なこと教えないでくださいよ。私はか弱い乙女ですって」
そう抗議の声を上げてくるが、仁は心の中でそれを否定する。
彼女があっさりと折れてしまうような性格だったら、おそらくは今のような関係は存在しない。
仁の知る限りで一番諦めが悪く、粘り強いのだ。




