13 反抗期
「過去改変か」
コウが呟いて考え込む。
今しがた、仁の予測を聞いたコウ達はそれぞれ思い思いの表情を浮かべていた。
時間跳躍何て信じられないというのが最も多い感想。
「つっても、第二船団があれだけ動いてるし、あいつの話もある。出来るんだろうな」
「あいつってどいつだ?」
「あ~多分大尉も知ってますよ。会えば分かります」
意味深にぼかされてしまった仁だったが、気を取り直して会話を続ける。
「もう第二船団の手元には必要な要素が全て揃っている。後は時間をかけて解決する問題なのか……その辺は俺には分からん」
第三船団で一番詳しそうなのはシャーリーだが、彼女だって最低限の知識があるというだけ。
細かな所は恐らくハロルドとその近辺しか分かっていない。
そも未だに彼女は消息不明だ。意見をすり合わせたくともそれが出来ない。
「澪助がASIDだったって言うのが未だに信じられない」
「……私もです。ただの独身仲間じゃなかったんですね」
直接、その本体を目にした者でないと俄かには信じがたい事実だったようだ。
「でもアイツは敵じゃねえよ。兄貴」
「そんな事は分かってる。心配するな」
ガシガシと守の頭を乱雑に撫でながらコウは言う。
「お前らがこんな身長の時から知ってるんだぞ。人が嫌がる様な事だって出来ないだろ澪助は」
だからこそ。
「教官を振り切ってまでこんな事してくれた連中の味方してるってのがどうにも納得できねえ」
訝し気にコウが言うと他の三人もそれに同意するように頷いた。
彼らが知る澪とはどうしても重ならない。
こんなことをする相手は叱りつける様な子だった筈だ。
その言葉に仁は観念したように肩を落として呟いた。
「……俺の隠し事が澪にバレた」
「借金」
「違う」
「犯罪歴」
「違う」
「女遊び」
「違う!」
どこまで本気なのか分からない三馬鹿の言葉を片っ端から否定しつつ、仁は藁にも縋る思いで答えた。
「……アイツは俺の実子じゃない」
「マジかよ」
あんまり似ていない――というか共通点が無いとは皆思っていた。
だが。あの溺愛ぶりを見て血縁関係すらなかったとは予想していなかった。
「それが東郷にバレたって……?」
「いや、それ自体はアイツも知ってる。死んだ婚約者がいた。そいつとそっくり……というか、もしかしたら」
生まれ変わりかもしれない。
血を吐くような思いで仁はそう言った。
ASIDの魂。その元がどこから来るものかを聞いた後、守とユーリアはそう言う物なのかとしか思えなかったようだが。
コウとメイは違う感想を抱いた様だった。
「だとしたら。アイツもこの宇宙のどこかに居るのかもな」
「……居たとしても何百光年の彼方ですよ」
ASIDの襲撃で居なくなったもう一人のメイの事を思い浮かべていたのだろう。
二人、重い口調で有り得るかもしれない可能性を口にする。
もしもそうなっていたら。
それは苦痛なのだろうか。それとも当事者からすると何でもない事なのか。
少なくとも澪の場合は、所謂前世の記憶めいた物はないようだったが。
「婚約者の……令の身代わりに引き取ったんじゃないかって言われて俺は咄嗟に応えられなかった。それは俺も考えた事だったから」
教え子と娘の友人に泣き言を言っている。その自分の矮小さに更に涙が出そうだった。
「だからあいつは、過去を変えて令の死を無かった事にしようとしている」
「ちょ、待ってくれよ。東郷の親父さん。生まれ変わり云々が正しいならそうしたら東郷の奴は――」
「生まれない、って事でしょうね」
メイが溜息交じりに吐き捨てた。
「そりゃ教官も頭抱えますね」
どれだけ言葉を取り繕うとそれは、自殺に等しい。
そんな言葉を娘から投げかけられて仁が平静でいられるはずもないとメイは納得した。
「つまりあれだろ」
一通り話を聞いたコウがそう何でもない事のように言う。
「澪助は反抗期って事だ」
「ああ……なるほど。確かに澪ちゃんは反抗期ですね」
「ええ。いや、確かに当てはめるなら反抗期だけどさ」
「これが、反抗期……!」
年季の入ったコンビネーションで畳みかけられて仁は信じてしまった。反抗期って凄い。
「いやいや。そんな船団を巻き込むような反抗期はねえよ……」
ボケ倒しの年長者に守が控えめに突っ込むが、恐らく誰も聞いていない。
「まあ冗談はさておいて……」
メイが肩を竦めた。
「このままにはしないんでしょう。教官は」
それは問いかけの形を取ってはいたが、メイは返事を疑っていない様だった。
「放っておけば、第二船団は過去改変を実現して、私たちは何も知らない内に変えられた世界を生きていくことになる」
「……まあきっとそれも幸せなんだろうな。自覚は出来なくても不幸の減った生活は約束されている」
予定調和じみた。平穏が続く日々。
過去への情報送信。過去からすればそれは未来予知だ。
それがあればASIDの襲撃などすべて回避できる。
遭遇した未来を知る事が出来れば不意の遭遇は有り得ないのだから。
それだけでどれだけの人間が救われるか。
「……でもその内悪用されますよね。自分の利益だけを独占出来たり」
「っていうか多分そう出来るって思われた時点で誰かが奪おうとするんじゃね?」
時間跳躍は神の御業でも何でもない。
人の生み出した技術だ。再現性のある物だ。
それを一部が独占する事は出来はしないだろう。
誰か、その恩恵に預かれない者は必ずいる。
そのマイノリティが争いを起こさないと誰が言えるだろう。
そしてその争いはきっと時間跳躍を手にした人間によって知らぬうちに制圧される。
いや、きっとではない。
「第二船団……っていうか何だっけ。ライテラ計画とかいうのがやろうとしてるのはそれよね。過去を変えてここしばらくの出来事を無かった事にして、時間跳躍技術を秘匿しようとしている。こういうと凄い悪党みたいね」
過去改変を、今の人間が防ぐことは出来ない。
成すすべなく世界が変わるのを見送り、見送ったことにも気づかせないのだ。
「平穏は欲しいけど、誰か一人が決めた世界なんて俺は御免だ」
守がそう言う。
どんな世界にするかは、時間跳躍を握った人間が決めることになる。
そんな誰かの理想郷は――。
「ああ。俺も御免だ」
仁の理想とは全く相いれない。
「頼む。手を貸してくれ。澪を迎えに行くのに俺一人じゃどうしようもない」
たった一人では成すすべなく蹴散らされた。
誰かの手を借りないと、仁にはどうすることも出来ない。
「覚えてますか教官。八年前、教官がお節介を働かせて私とコウの間を取り持とうとした時です」
「……ああ。覚えている」
「教官があの時お節介をしてくれなかったらきっと私とコウは和解できませんでした。結婚もしていなかったでしょうし、もちろん純平にも会えなかった」
メイが笑みを浮かべて仁の行いが産んだ結果を並べていく。
「あの時私は言いました。澪ちゃんと喧嘩したら仲介してあげますよって」
「そうだったか……?」
流石に細かいところまでは仁も覚えていないのだが、メイは自信満々に頷く。
「そうなんですよ。約束、果たす時ですね。ええ、見事親子喧嘩を解決して見せましょう!」
自信満々のメイに、仁の方が逆に不安になってきた。
「まあ大体メイの奴に言われちまったけど……俺も同じ気持ちだ。手伝うぜ」
「ありがとう。笹森少尉……」
言葉少なに、しかし力強く頷いてくれたコウの頼もしさ。
八年前を思い出して仁は感慨に浸る。
「澪ちゃんは大尉を本当に心の底から愛していると思います」
ユーリアがそう言う。
「大尉だって澪ちゃんを愛してる。相思相愛になのに、幸せになれないなんて私の前では許しません!」
「おーユーリアの恋愛脳久しぶりに見ましたね」
「私は……間違っていました。ここしばらくの私は愛があるから幸せになるのではなく、幸せになりたいから愛を求めていた……やはり結婚は愛が先に無いと」
何やら語り始めたユーリアをスルーして守が何か決意を固めた表情で頷いた。
「俺も、東郷に言いたい事がある」
四人の同意に仁は深々と頭を下げた。
「……ありがとう」
澪に見せたいと仁は思う。
待っている人が居ないなんて嘘だ。
帰る場所が無いなんて有り得ない。
少なくともここにある。
澪が帰ってくることを望んでくれる小さな輪が。
だけどそれをどうやって澪に信じさせるか。それが最大の課題だった。




