02 メインシップ奪還作戦2
数が多い。
発艦直後に示された歓迎の意――即ち敵の砲撃の数を見て仁はそう確信する。
当然と言えば当然の事。
こちらは僅か三隻。
対して相手は二十隻近い。
アサルトフレーム部隊の総数もその程度の差がある筈。
やはり、多少強引な攻め方が必要だと仁は決意した。
これだけの火砲を掻い潜って敵中に切り込む。
考えるだけで難易度が高い。
「……行くぞ! 遅れずに着いてこい!」
活路を見出すには、乱戦に持ち込むしかない。
整然と陣形を組んでの撃ち合いでは勝ち目はないのだから。
仁のレイヴンが先頭を切る。
その後ろに教導隊の生き残りが続いた。
彼らは辛うじて稼働状態にあるファランクスパッケージを装備し、六機で陣形を組む。
縦に2列。横に3列。
それぞれで盾を構え、エーテル発振器を連動させる。
生み出される光の壁。
戦艦のエーテルカノンを受ければ流石に耐えきれないだろうが、アサルトフレーム部隊の散発的な攻撃ならばこれで防げる。
他の機体はその陰に入って縦列を維持しながら距離を詰めていく。
「デコイ展開!」
熱源を持ち、僅かだがエーテルを込めたデコイを周囲にばら撒いていく。
この距離で目視に頼った発見はまず無理だ。
レーダーではこのデコイはアサルトフレームの様に見えているハズだった。
狙い通り、敵の射撃がそちらにも散らばる。
そうした囮を用意しながら仁は、その全てを置き去りにして一直線に突き進む。
当然突出した1は狙われやすい。
仁にとって狙われやすいという事は、こちらからも狙いやすいという事。
多方向からの狙撃。前衛務めているレイヴン達からの物だ。
その悉くを、エーテルダガーで切り捨てる――かに見えた。
それは何時か見せた妙技。
切り裂くのでも弾くのでもなく、撃ち返す。
自分の狙撃が真っ直ぐ戻ってくるのを見て驚かない人間は居ない。
不用意にも仁を狙った狙撃手が四機、今ので撃ち落された。
「……死んだか? 死んだだろうな……」
そこまで器用に打ち返せるわけではない。
相手に当てようとするのならば、一番分かりやすい胴体にぶつけるしかなかった。
手加減なんてする余裕がない。
この場を生き残るためにはこちらも相手を殺すつもりでいかなければいけない。
だが恐らくは、大半は本当の目的も知らずに戦っている。
言ってしまえば彼らの多くは被害者でもある。
躊躇いが無いなんて言えない。
今、敵が背に負っているのが仁が守りたかったモノ達でなければきっと戦えなかった。
その事実だけで仁は戦える。
苦い思いを飲み込みながら、同時に今の攻防の結果に落胆を感じる。
狙撃してきたのは十機。
打ち返したのも十機。
だが落とせたのは四機だ。
無論仁とてこんな荒業百発百中とはいかない。
人型に繰り出した際も一撃で撃墜は出来なかった。
だが四割は少なすぎる。
想定以下の戦果となった理由は明白。
「機体が重い……!」
常の軽やかさが無い。
見た目に違いは無いし、実際スペック的にも普段の機体と同等だ。
それでも微かなレスポンスの違いが今の仁にとっては手足に重りをぶらさげているに等しい。
予想していた事だが、実際に戦闘を行ってみると想像以上だ。
シャーリーの不在が仁にとってはどこまでも痛い。
彼女が居なければ仁の戦闘力は比喩抜きで三割は落ちる。
それを今頃痛感していた。
そしてその差は、これから相手取る敵に対してかなり重いハンデとなる。
レイヴンの隊列の向こうから、一回り大型の機体が群れを成して出てくる。
愚かな鴉を蹴散らすべく現れたのは戦意に満ちた鷲獅子の群れ。
サイボーグ専用機アサルトフレームタイプ15、グリフォン。
乗り手を選ぶことを除けば間違いなく現状最強のアサルトフレームだ。
その羽ばたきだけで消し飛ばされてもおかしくはない。
仁は深呼吸を一つ。
きっと、この後は呼吸もままならない。
「モードトリプルシックス!」
コマンドを打ち込む。
出し惜しみなんてしない。
ここを突破できなければ自分たちは死ぬしかない。
速度を増したレイヴンに虚を突かれてくれれば仁としても良かったのだが、その気配はない。
エーテルリアクターのリミッターを外してくる事は想定されていたかと舌打ち。
両手にそれぞれ銃剣スタイルのエーテルライフルを構える。
グリフォンの群れの中へと飛び込んでいく。
全方位、敵に囲まれた状態――だがそれが逆に功を奏した。
仁はどこに撃っても敵に当たる。
だが相手は同士討ちを恐れて射撃に消極的になる。
むしろ射撃の腕が高いからこそ同士討ちになると分かってしまうのだろう。
必然、仁の土俵である近接戦闘に持ち込める。
近接戦闘ならば一度に相手する数も限られる。
十分な勝算あっての事だったのだが、相手も良く回避する。
「くそ……こいつら……」
迷う事無く仁の機体を囲んだ事と言い、このぬるぬるとこちらの攻撃を回避してくる事と言い。
「俺を狙い撃ちにしているな……?」
仁の推測は正しい。
尋常な勝負ならば、数で勝る第二船団が圧倒的に優位。
しかし、第三船団にはその数を無視してしまうイレギュラーが存在する。
言うまでも無いが、仁の事だ。
その実績は明らか。
流石に一人で戦略レベルの勝利を得ることは出来ないが、戦術レベルの勝利ならば間違いなくもぎ取ってくる。
そんなジョーカーを相手に、第二船団が取った作戦は徹底した分析による未来予測。
残された、或いは収集した膨大な量の戦闘データ。
それらを元に仁の行動を予測し、それに基づいて戦闘を行っている。
それらはあくまで補佐。
1秒先を見る様なエースの異能とは違ってあくまで可能性を提示してくるものだ。
だが全員が並みのエース以上の実力を持つサイボーグ戦隊にとってはそれで十分。
ほんの僅かな操縦のアドバンテージを得られる。
そしてそのアドバンテージを機体性能が更に広げる。
仁のレイヴンが加速する。
その加速にグリフォンは全く遅れることなく追従してきた。
どころか、その速度はレイヴンを上回っている。
背部の大型エーテルスラスターは伊達ではない。
仁の身体が悲鳴をあげる程の鋭角機動でも、グリフォンは何なく着いてくる。
むしろそう言う速度域の戦いでは仁に勝ち目はない。
どうやっても肉体を強化しているサイボーグ戦隊に分がある。
グリフォンの一機に乗っているパイロットは必死に逃げ惑っている様に見える仁を見てほくそ笑む。
散々比較され、何度か煮え湯を飲まされてきた相手が今となってはこちらの掌の上だ。
その事に暗い優越感を抱かずにはいられない。
ほらほらもっと逃げろと呟きながら、仁のレイヴンにぴったりと着いていく。
相手の限界域はもう丸裸だ。生身の人間であることを考えてもこれ以上の急旋回は不可能。
仁機が次にする機動が予測される。
ほぼ180度方向転換する超鋭角ターン。
それで追いかけてくるグリフォンの背後へと回り込むつもりだ。
可哀そうに、向こうが血反吐を吐きながら行っているであろう機動に、サイボーグ戦隊のパイロットは欠伸交じりで追従して――。
仁機を見失った。
何故。どこに。
その二つがこのパイロットの最後の思考となった。
「……この引っかかり方。やっぱり俺の動きは読まれているか」
仁は旋回しなかった。
振り切れない未来が見えた瞬間、旋回体勢に入っていた機体を強引に立て直したのだ。
その僅かな予兆だけで旋回したと判断してしまった相手は気の毒な事だと仁は思う。
兎も角、急減速した形になる相手を狙い撃たない理由は仁には無い。
半ば以上偶然に助けられた形だが、撃破は撃破だ。
これで漸く一機撃墜。
グリフォン部隊は後――240近く。
「……援軍にドラゴンでも呼んでくれよ全く」
鴉一匹が対峙するには少々骨の折れる相手だった。
背後では突入してきた第三船団のレイヴン部隊と第二船団のレイヴン部隊が入り混じって交戦を始めた。
距離が詰まればデコイは、その見た目から囮だと丸分かりだ。
無視されて次々と船団の方へ流されていく。
戦い自体は互角だが――互角では数に劣るこちらが先に磨り潰される。
「やっぱプランBか」
この残存戦力で迎撃艦隊を撃破し、他船団へと通信を送るのがプランA。
当然ながらそれには困難が伴い、最悪失敗することも予測された。
故に、予備の作戦が走っている。
というより、むしろ本命はこちらだ。
仁達はこの場で今勝つ必要が無い。
援軍を呼べればそれが勝利となるのだから。




