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24 世界が壊れる日

「まずは買い物して、ボーリングして、カラオケして、最後はファミレスでお茶しましょう!」

「エミッサ、詰め込み過ぎ」

「絶対そんなに回れないよ……」


 握りこぶしを掲げて、今日のスケジュールを告げるエミッサ。

 その無茶な詰め込みスケジュールに澪は冷静に突っ込む。

 日頃過ごす時間からすると、どうやっても三人の門限を超えると雅は控えめに告げた。

 

「でも、今日しかみんなで遊べる時間ないのよ?」

「大丈夫エミッサ。三月になったらまた遊べる」

「そうだよ。今日はどれかは諦めておこう。ね?」


 二人から説得されて、エミッサは唇を尖らせながらも最初の予定を撤回する。

 カラオケは諦めようという話になった。


 当面の予定が決まったところで買い物を開始する。

 三人であーでもない、こーでもないと言いながら服を選び始める。

 エミッサはナチュラルにちょっと庶民離れした金銭感覚を披露して、雅がそれに驚いて、澪がリーズナブルな価格の場所へ誘導する。

 

 三人の流れる様な動きと役割分担は、それだけ共に過ごしてきた時間の証左だ。

 

 初めての誕生日に貰った髪留めと、栞は今も澪の宝物である。

 毎年毎年プレゼントはされているが、やはり最初の物は格別。

 今年の誕生日も口には出さないが楽しみにしている澪であった。


「あ、せっかくだから三月はどこか遠出しようよ」

「良いわね」

「私水族館が良い」


 お小遣いをためて買った年間パスを持っている施設を挙げると二人が苦笑する。

 

「澪ちゃんは水族館好きだよね」

「ペンギンと結婚でもする気?」

「む。エミッサはペンギンの素晴らしさが分かっていない」


 あの愛らしさ。自分にはない物だと澪は思う。

 

「でもせっかくだからみんな初めての場所に行ってみたいよね」

「そうね。同じ思い出が欲しいわ」

「初めての場所……」


 パっと思いつくのはそう多くはない。それに全員が初めての場所となると結構限られてくる。

 

「そう言えばシップ41の海洋エリアがリニューアルしたって。まだ行ったこと無い」

「私も無いなあ。えっと何だっけ。ちちゅうかい風?」

「昔の母星にあった地域を再現したって触れ込みの場所ね。うん、ちょっと面白そうだし、みんな初めての場所ね!」


 決まり、と三人で顔を見合わせて笑う。

 そうと決まれば後は――。

 

「じゃあ三月に着る服を選びに行きましょう!」

「今からお小遣い貯めないと」

「ね、受験終わったらご褒美にってお願いしてみようかな」


 まだ十四、十五歳。自由にできるお金は少ない。

 

「おや、澪ちゃん。奇遇ですね」

「メイおねーちゃん。こんにちは」


 うろうろと買い物していたら、同じように買い物に来ていたメイと遭遇する。

 と言っても、シップ1で通販に頼らずに買い物しようとしたらここに来るしかない。

 そう言う意味では偶然ではなく必然だ。


「はい、こんにちは……と、そこにいるのはわが友エミッサですか。久しぶりですね。また随分と綺麗になって」

「メイ。久しぶりね。私の美しさが分かるなんて流石ね」

「メイさんお久しぶりです」

「雅も。最後に会った時よりも可愛らしさが増してますね」


 メイとエミッサ雅が会うのは二年ぶりくらいだ。

 メイが出産してからは会う機会が無かった。

 それまでは、仁が声をかけた時に大体含まれていたので節目節目で遭遇していた。

 

 少し会う間隔が開いたことで、大きく成長を遂げていた二人にメイは驚きながらも気さくに声をかけ、その成長を褒める。

 二人だけ褒められていることに対抗心を燃やしたのか。

 澪が自分を指さす。


「私は?」

「いつも通り可愛いですよ」


 むふーと、褒められて澪も満足したところで。

 

「メイおねーちゃんはなにしてたの?」

「私は病院の帰りですよ。この後お薬を貰うところです」


 大概の事は通販で済ませられる第三船団だが、医薬品だけは例外だ。

 これは完全に管理上の問題で意図的に制限されている。

 そこでメイの陰から小さい頭が飛び出てくる。

 

 知らないお姉さん二人が出てきて少し怯えているメイの息子、純平だ。

 

「わっ、可愛い」

「この子がメイの子供?」

「そうですよ。二人は初めてでしたね。純平です。ほら、挨拶しなさい」


 そう言ってメイは息子の背を押すのだが、恥ずかしがってメイの陰に隠れてしまう。

 

「可愛いー」

「ねね、純平君。ちょっとで良いからこっち来て」


 初対面の二人はあっという間にその魅力に取りつかれる。

 おいでおいでと手招きするが、まだ怖いのか澪の方に駆け寄って助けを求めて来た。

 

「おお。純平。逃げてしまうとは情けない」

「あー澪にはくっつくのに……」

「怖くないよー」


 手を変え、品を変え。

 自分たちの方に招き寄せようとしている二人。

 

 澪の取り成しもあって、徐々に徐々にエミッサ達の方へ近寄ってくる。

 

 その逆オーディション会場に一人、ノコノコと戻ってきた男。

 

「おーい、姉貴。言われた物買ってきたぞ。ってげえ! カーマイン!」

「東谷! アンタ今私の顔見てげえって言ったわね。この、失礼な!」

「あ、東谷君久しぶりだね。一年ぶり」

「久しぶり長谷川。相変わらずコイツと違って知性溢れてるな」

「誰が知性に欠けてるのよ!」

「コイツとしか言ってないのに反応している時点で自覚ありだろ」

「アンタに知性とか言われると腹立つ!」


 守が一番飛び級で苦労したのは最低限の学力だった。

 その一部始終を見ていたエミッサからすれば、知性云々を言われるのはお前が言うなと言いたい所だろう。

 

「だって実際この三人の中じゃお前の成績ドベじゃねえかよ」

「平均点よ! 落第だったアンタと違って!」

「おれは運動神経だけで食っていけるから良いんだよ!」


 その丁々発止のやり取りに、澪は呟く。

 

「二人は仲良し」

「仲良くないわよ!」

「不本意だ!」


 やはり妙に息があっている。

 

「エミッサちゃん。そんなに大きな声を出すと逃げられちゃうよ?」

「……あ」


 今の一幕で純平は完全にエミッサに対して怯えてしまった。

 脱兎の如く駆けて今度は守の背に隠れる。


「お、どうしたどうした?」

「な、何でアンタにそんなに懐いてんのよ」

「いや、まあ俺の甥っ子だし」


 メイの結婚相手を知らなかった二人が驚く。


「知らなかった……東谷君叔父さんだったんだ」

「やーい東谷おじさん」

「カーマインは黙れ」


 そのまま流れでまとまって買い物を始める。

 

「っていうか東谷。アンタ聞いた話じゃ澪をストーカーしてるみたいじゃない」

「してねえよ!?」

「言っておくけどね。待ち伏せは十分立派なストーカー行為よ?」

「エミッサ。とーや君とは毎朝偶然会うだけ」

「そんな偶然ある訳ないじゃない!」


 エミッサは断言する。

 そして事実である。何時もタイミングを見計らっているのだから、ストーカーと言われても仕方ない。

 

「でも私、とーや君に会えて嬉しいよ」

「良い澪。高等学校入ったら私たち居ないんだから。そう言う迂闊なこと言っちゃダメよ? 良い? 約束して」

「良く分かんないけど約束」


 楽しい。

 澪はそう思う。

 

 一年前が戻ってきたような感覚。

 こうやってみんながしていた会話が、もう日常ではなくなるなんて澪はその日思ってもいなかった。

 当たり前のように続く日々が突然断絶を迎えるなんて思っていなかった。

 

 当たり前は当たり前じゃない。

 それを知っているから澪は、怯えている。

 仁と言う当たり前の存在が居なくなってしまうかもしれないという恐怖に。

 でも大丈夫だと澪は自分を励ます。

 

 智が教えてくれた情報。

 仁はきっと帰ってくると澪には信じられた。

 

 だから自分はその日を待っていればいいのだと。

 仁が帰ってきたら家で迎えればいいのだと。

 

 多くの事は望んでいない。

 本当に澪が望んでいたのはそんなささやかな日常だけであった。

 大きな幸福なんていらない。

 

 禍福は糾える縄の如し。

 幸福と不幸は交互にやってくるのだから。

 大きな幸福の後には大きな不幸が来る。

 

 そんなのは要らない。

 ただ、フラットな平穏が欲しい。

 

 澪が望んでいたのはそれだけだったのに。

 

 それすらも叶わなかった。

 

 爆発音。そして崩落音。

 

「わ、今凄い音したね」

「びっくりしたわね……事故かしら。ってどうしたのよ東谷。怖い顔して」

「とーや君? メイおねえちゃん?」


 大きな音に泣き始めた純平にも気付かず、二人は音のした方角を見つめている。

 

「……守。みんなを連れてシェルターの方まで行きますよ。逸れない様に」

「純平は俺が抱える。東郷、カーマイン、長谷川! しっかりついてこい! 手でも握ってろ!」

「ちょっと、いきなり何よ!」


 急に険しい表情で三人からすると意味不明な指示を出し始めた事にエミッサが不満を見せる。

 困惑していた澪も、突然身に訪れた感覚に思わず口元を抑える。

 

 酷い不協和音が頭の中に鳴り響く。

 それは悲鳴の様でもあり、断末魔のようでもあった。

 

「何、これ……」

「あの爆発音、普通じゃない」

「建物壊せるような爆発何て、普通の事故じゃまずあり得ません」


 有り得るとしたら燃料系統のトラブルだが――市街地の真ん中に、移民船の燃料系統何てある筈がない。

 他の可能性はどれも低い物だ。

 だが現に崩落している以上、可能性の低い何かは起きてしまった。

 

 そしてその正体が。

 金属質の鳴き声がシップ1の端から端まで駆け抜ける。

 

「観測班は何してるんだよ、くそっ……」


 ASID。市街地ど真ん中の出現に守は悪態を吐き捨てた。

 今も続く崩落音。

 それが澪には自分の世界が壊れていく音の様に聞こえていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわあああああ!!
[一言] さあ澪ちゃん、こう叫ぶんだ 「助けて、おとーさん!」 そうすれば来てくれる(多分、きっと、メイビー
[一言] いまさら気づいたけど、ヴィクティムのラストってそういうことなのか。
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