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23 智の忠告

「やあ澪ちゃん」

「……智叔母さん」

「うう……叔母さんは止めてくれ……」


 澪に驚きは無かった。

 ジェイクから既に第三船団に居ると聞いていたからだろうか。

 割とフラットな応じ方をした澪に対し、叔母さん呼びに智はちょっと凹んでいた。

 齢25歳。そろそろ二十代も折り返しで気になり始めたところだ。

 

 とは言え、その容姿はそれほど変わっていない。頑張れば10代でもギリギリ通用するかもしれない程度には。

 

「何か御用ですか?」

「ん……いや、第三船団に来たから少し顔を見ようかと思ってね」

「そうですか。ではお疲れさまでした」


 いや、フラットと言うよりも、澪の場合余り智に興味が無いと言った方が良いのかもしれない。

 或いは、そのよく似た顔つきは彼女の親よりもよほど血縁らしいと感じてしまうが故の同族嫌悪に近い物か。

 

 澪と智に血縁は無い。

 仁はそう断言していた。

 

 ならば、と澪は思う。

 

 自分の血縁――両親はどこに居るのだろうと。

 娘だと名乗りたいと思ったわけじゃない。仁に不満がある訳でもない。

 

 ただその存在を知りたい。

 だというのに船団のデータベースではヒットしなかった。

 第三船団だけではない。

 

 色々とコネを使って他の船団のデータベースを調べてみたがそれでも該当が無い。

 今目の前にいる智もそのコネの一つだ。彼女も姉とよく似た澪の血縁関係は気になっていたらしい。

 

 繋がりが無い。

 東郷澪と言う人間はまるで突然何もない場所から現れた様だった。

 論理的に考えれば、両親ともにデータベースに未登録だったという事だろう。或いは更にその両親も。


 会ってみたい。

 澪はそう思っていた。

 

 己と言う存在がどこから来たのかを知りたい。

 そんな願いはここ最近特に大きくなってきた。

 

 ――自分が、人間なのだと証明したい。

 

 そんな切実な願いがあった。

 

「あー待った待った。久しぶりに会ったし……明日食事でもどうかと思って」

「明日、ですか」

「そう。シップ3に美味しいお店があるって聞いてね。でも私一人だとちょっと入りにくいんだ」

「えっと、ごめんなさい。明日はちょっと友達と約束があって……」


 明日はエミッサと雅と一緒に買い物に行く約束だった。

 流石にドタキャンは悪い。

 

「あ~ちなみにどこ行くか聞いても?」


 何でそんな事を聞くのかと少し警戒しながらも澪は素直に答える。

 

「シップ1の市街地ですけど」

「……そうか」


 何故だか智は少しばかり苦悩に満ちた表情を作る。


「その、澪ちゃんは知っているかと思うけど……第三船団は今、防衛力が下がっている。万が一があるかもしれないから、シェルターの位置は良く確認して、直ぐに避難できるように心構えはしておいて欲しい」

「えっと分かりました」

「うん。よろしく。ホント何かあったらすぐにシェルターに避難して」


 何故そんなに念押ししてくるのだろうと思いながらも澪は頷く。

 そして、澪も智に会えたら聞いてみたい事があったと思い口を開く。

 

「あの、智叔母さん」

「うん、もう叔母さんで良いや……何だい澪ちゃん」

「おとーさんの、えっと第三船団の艦隊の捜索って、どうなってますか」


 澪の元には大した情報が下りてこない。

 情報規制されているのだというのは想像がつく。

 

 教官であり、身内でもあるメイの元にすら碌な情報が来ていないのだというのだから、間違いない。

 

 ならば、その外側。

 第二船団の軍人であるという智ならば何か知っているのではないかと言う期待。

 

「何か知ってたら教えてください」


 頭を下げる。

 そのせいで澪には見えなかった。

 智の表情が悲痛なまでに歪んでいる事に。

 

「頭を上げて、澪ちゃん」


 しばらく後に、智は絞り出すようにそう言った。

 

「ごめん、私はそれを知っているともいないとも言えない。誰かにこの情報を伝える権限が無いんだ」

「そう、ですか……」


 やはり、ダメかと澪は肩を落とす。

 

「あの、良かったらお茶飲んでいきますか……?」

「ありがとう。でも実は軍務中に抜け出してきたからそろそろ戻らないといけないんだ。おっと、催促の電話だ」


 わざとらしく呟きながら、智はポケットから携帯電話を取り出す。

 第三船団では余り見ないタイプのそれ。

 何だかディスプレイの電源も入っていないし、本当に電話来たのかなと澪は思う。

 

「はいもしもし。はいはい。直ぐに戻ります。ええ。艦隊捜索の件ですね? ええ。お伝えした通り、発見された残骸の数はどうしたって全艦には合いません。間違いなく生き残りはいると思われます。それでは」


 そんな、一方的な通話。

 相手が喋っていたとは思えないテンポに澪は一瞬呆気にとられたが、直ぐに気が付いた。

 そう言う建前で、智は仁の捜索状況を教えてくれたのだ。

 

 つまり、第二船団はその痕跡を見つけた。

 そしてそこからは生き残りの可能性がある。

 

 だったらと澪は思う。

 みんなが常識外れだという父親ならばきっと生き残っていると!

 

「智叔母さんありがとう!」

「何の話かな、澪ちゃん。私は何も言えてないよ」

「そうだった」


 そう言う体裁だったのだから、お礼何て言ってはいけない。

 それでも、微かな手掛かりを得られて澪は久しぶりに気分が上向いた。

 

 もう一度誘われたお茶を固辞して、智は帰路に着く。

 軍務の途中に抜け出してきたというのはあながち嘘でもない。

 そして催促の通話が来るというのも。

 

「もしもし」

『迂闊な行動だ、楠木少尉』


 前置き抜きで己の上官からの叱責に智は眉を顰めた。


「……見ていたのですか、中佐」

『持ち場を無断で離れた馬鹿を見張るためにな』

「それについては謝罪します。明日の作戦に、知り合いを巻き込みたくなかったので」

『艦隊の行方を喋ったこともか』

「大分胸を痛めていた様だったので、少しでも安心させたくて」


 そう率直な思いを告げると、通話の相手は深々と溜息を吐いた。

 

『もう作戦は最終局面だ。例え巻き込もうが、心配していようが、全て解決する事だ』

「それは、分かっていますが」

『ならば些事に気を取られるな。今は計画の完遂だけを考えろ』

「了解」


 短いやり取りで通話は途切れた。

 智は知らず内に止めていた息を深々と吐きだす。

 

「そこまで割り切るのもどうかと思うけど」


 計画が達成されたら。

 確かに今の智の気遣いは全て無駄になる。

 だからと言って、その僅かな時間に気を遣うのは悪い事だろうか。

 

 最終的に無駄になるのだとしても。

 そこに至るまでに効果があるのならば良いでは無いかと智は思うのだ。

 

 まあ、忠告も済んだ。

 後は中佐の言う通り、計画の完遂に向けて走るだけだ。

 

 八年前からお預けを喰らっていた理想がもうすぐ手に入る。

 

「もうすぐ会えるよ。姉さん……」


 その日を思うだけで、口元が緩む。

 その為だけに、この十年近く後ろ暗い仕事にも従事してきたのだから。

 

 智の本来の任務は監視だ。

 

 一つのコンテナが無事、第三船団シップ1に運び込まれるのを見届ける役。

 そのコンテナの中身こそが、作戦の最終段階を開始するために必要な物。

 

「鹵獲体……まさか本当にシップ内で使うとは」


 その中身について智は熟知している。

 何しろ、それを捕まえて来たのは彼女自身だ。

 

 だがまさかそれをこんなところで使うとは予想もしていなかった。

 

 捕獲したASID。そのプロセッサーを取り外し、人類製のプロセッサーに置き換える。

 言い換えるならば脳を丸ごと挿げ替える様な仕業。

 

 生き物でそんな事をしたら例え家畜であっても問題になっただろう。

 

 だが相手はASIDだ。

 ASIDに対してならばあらゆる倫理も、法も機能を失う。

 相手は獣。ただこちらを喰らおうとし、繁殖だけを考えているケダモノなのだから。

 

 今回の作戦は、後継者と呼ばれる人物をあぶりだすための物だと智は聞いている。

 それこそがライテラ計画に欠けた最後のピースだという。

 そのついでに、鹵獲体のテストもしてしまおうという魂胆らしい。

 

 コンテナが倉庫の中へ運び込まれていく。

 明日、これが開放される。

 

 ふと智は自分の手が震えていることに気が付いた。

 

 後ろ暗い事はもう散々してきた。

 だが――こうして市民に被害が出る様な事はしたことが無い。

 

 恐れているのかと自問する。

 そんな筈はない。

 

 誓ったのだ。

 どんなことをしてももう一度姉に会いたいと。

 

「そうさ。武者震いさ」

 

 智はそう呟いて。己の震えを無視した。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしや人類補完計画?
[一言] 鹵獲体ってもしかしてあの人型を鹵獲した? 流石に黒じゃないだろうけど…… さて、どうなることやら
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