22 ライテラ計画
「繭の反応は?」
「減衰傾向です。既に内部のアッセンブルは完了したと見ていいかと」
「なるほど。ならば間もなくだな」
第二船団派遣部隊――その実態はハロルド・バイロンの私兵だ。
その膨大な資金力を背景に軍に介入したハロルドが、己の都合で動かすための戦力を得るために組織した集団。
通常の軍事行動とは別の目的で動く事の多い一種の特殊部隊とも言える。
その彼らは設立当初より一つの目的の為に行動している。
ライテラ計画。
十年前に理論上だけでは可能だと示されていた物が、実現可能だと分かった。
その理論を実現するための計画。
この十年間、どうしても必要な三つの要素が揃わなかった。
だが八年前に、最重要要素の一つ――彼らが繭と呼ぶ物体を入手し、それに呼応するもう一つも手掛かりを掴んだ。
そして残る一つも、つい先日入手した。
ハロルドは確信している。
計画は順調に進んでいると。漸く、自分たちが理想を実現できると。
後は最後に残った一つの手がかりから詰めていくだけだ。
それも最終段階に入っている。
「残る候補者はコイツか」
「はい。笹森メイ……旧姓ベルワール。八年前、惑星メルセの遠征訓練に参加した一人です」
メイのパーソナルデータが次々と表示されていく。
「ふむ……出産して子供がいるのか」
「可能なのでしょうか?」
「分からんよ。バイオボディがどこまで再現しているかだが……」
ハロルドは言葉を切る。
その頭の中では、様々な可能性が検討されていた。
検査を受けた程度で、露見する様な偽装ではない筈だった。
「まあこうして存在するんだ。可能だったのだろうよ」
最終的に、補佐官の問いへハロルドは投げやりに答えた。
そう、分からない事は多い。
だがその分からない事の大半は、計画にとって支障のない範囲だ。
何より、重要な所は分かっているのだから。
「なるほど。病気か」
「はい。十八年前の段階で心臓に病を患っておりましたが、唐突に完治しています。自然治癒する物とは思えません」
「状況的には可能性はあるな。その病で本物のメイ・ベルワールが死亡した。或いは今の笹森メイが殺害した。そのタイミングでの入れ替わりか」
彼らが探しているのは一人の人物だ。
その人物は遅くとも八年前。早ければそれ以前から船団に潜伏していたと考えられている。
「ID登録情報を調べられればこんな苦労はしなくて済んだのだがね」
「仕方ありません。第三船団のメインデータベースへのアクセスは正規、非正規どちらでも失敗してしまいましたから」
そして繭にはそれを見つけ出す機能があった。
とても大雑把に相手が近くに居るか居ないか程度の機能ではある。
が、雲を掴むような話を追いかけていたハロルドたちにとっては何よりも頼りになる羅針盤だ。
惑星メルセへの遠征訓練。
その際に探している人物が船団から離れた――即ち、遠征訓練に参加していることは確認している。
「更に、彼女は遠征訓練からしばらくしてパイロットの道を諦めています。そのまま教官職になったようですね」
「唐突な進路変更か。自分を追う存在に気付かれたか?」
「分かりません。完全な偶然かもしれませんが」
それ以後、慎重に参加者達から絞り込みを続けて来た。
一番手っ取り早いのは攫って直接確認する事なのだ。
とはいえ流石に第二船団でならば兎も角第三船団ではハロルドもそこまでの強権は発揮できない。
第三船団へBW社として多大な資金援助と物資の融通を利かせることで、ある程度の無理を通す下地は作ったがそれにも限度はある。
徹底した監視社会である第三船団でなければ他に手の打ちようもあったのだが、回りくどい調査に頼るしかなかった。
外堀を埋めていくように一人一人除外していき、漸く最後の一人まで調査を終えたのだ。
そして最後の一人となったのならば、もうこそこそと調べる必要もない。
手っ取り早く、彼女がハロルドたちが待ち望んだ人物か試せばいいのだ。
「鹵獲体を出せ」
「……市街地ですよ?」
「何か問題があるか? 危機的状況であればあるほど、奴が尻尾を出す可能性は高くなる。何しろ今は軍が機能不全だ」
故に、動きは遅れる。いや、むしろハロルドは積極的に妨害する気でさえいた。
「奴が後継者であるならば、大した問題にもならん。そうでないのならば――やはり我々の計画にとっては大した問題ではない」
「了解いたしました。もうこそこそする必要はない、って事ですね」
「そういう事だ。ライテラの方は?」
計画と同じ名前を冠された大型装置の進捗状況を尋ねる。
「順調ですよ。既に接続試験を開始。供給ラインに問題はありません。進捗に僅かな遅れは有りますが……」
「遅れ?」
「はい。機材の手配ミスらしいですね」
じっとモニタを見つめる。
全体からすれば1%にも満たない僅かな遅れ。誤差と言ってもいいだろう。
「気が緩んでいると思うかい?」
「いえ。人間のやる事ですから。許容範囲と考えます」
その言葉にハロルドも同意した。
「君の言う通り、この調子ならば問題ないだろう」
「はい。工事を進めさせます」
モニターには未完成の大型装置の映像が映し出される。
ロンバルディア級戦艦の居住区を丸ごと占拠したそれは、この計画の要。
存在意義その物だ。
偶然にもその形状はまるで古の時代に存在した王冠のような形をしていた。
「さて、彼女が我々が戴くべき王なのか、否か……」
「もしも違ったら振り出しですね」
「何、足りない要素はこれだけだ――最悪シップ1を火の海にすれば炙り出せる」
百万規模が住む移民船を焼き払うとあっさりと告げたハロルドの口調に罪悪感は何も無い。
それを聞いた補佐官にも動揺はない。
ただ淡々と。恐ろしい虐殺の話を続ける。
「流石にサイボーグ戦隊だけにやらせるのは骨が折れませんか?」
「市街ブロックだけならばそれほどではないだろう。沈めるとなれば骨が折れるがね」
恐らく、ライテラ計画に携わっている人間ならば多かれ少なかれ似たような反応は示す。
例えどれだけの非道であろうと怯まない。
大義に酔っている。
あらゆる過程と損失は、結果において帳尻が合わせられると信じ切っている。
例え、彼らの行動の結果が移民船団間の戦争を勃発させたとしても。
計画さえ達成できればそれが人間の為になると信じていた。
「あそこにいるのは間違いないのだからね。追い詰めれば間違いなく行動を起こす……が、無秩序な災厄は危険だ」
「うっかり加減を間違えて死なせてしまったら元も子もありませんからね」
「奴らのバイオボディの耐久力は我々人間と大差ないはずだ。傷付けば血を流すし、広範囲を破壊されたら死ぬ恐れもある」
「となるとやはり制御可能な形での危機が望ましいですか」
「そう言う意味でも鹵獲体は丁度いいな。あれのコントロールは完全だ」
既に行動は起こし始めた。
もう止められない。
だが同時に、これがこの宇宙の大多数においては歓迎されない事も分かっていた。
故に、動き出した以上は迅速に。
「今は時間が惜しい。第一船団が何か感付いた様だ。こちらの計画その物には気付いていないだろうが、我々が第三船団で何かを企んでいるとは疑っているらしいからね」
「それについては本国のお偉いさん方が抑えてくれるのを期待するしかないですね」
「それにも限度がある。引き留められて一月が限界だろうね」
他の船団の妨害が入ってしまえば、計画は頓挫する。
あくまでハロルドたちは第二船団の一部署。
第二船団も、それが実現不能となれば彼らを切り捨てるだろう。
「もうすぐだ。もうすぐだぞ同志諸君。私たちの大願成就の日は近い」
ハロルドの口元が笑みを形作る。
それは紛れもなく狂笑と呼ぶべき物であった。
この十年間。目の前にぶら下がった目的を歯噛みして眺めるしかなかった時間はもう終わった。
「これでこの世界は正しい道筋に戻る……! この間違った世界が修正される日が来る!」
――彼らには二つ見落としがあった。
一つは、メイの身体の事。
違法クローン。
そして違法ナノマシンによる改造。
それらはいずれも証拠を残さないために閉鎖された環境の中で情報が管理されていた。
故に第二船団の諜報員も、そこまでは入手できていなかった。
成績の向上も、それは単に師事する相手が変わり、コウとのわだかまりが解けた結果だ。
それらの情報を入手できていれば、ハロルドたちは別の手を取ったかもしれない。
二つ目は入手した遠征訓練参加者名簿。
そこには二名の抜けがある。
不正に乗船した二人。
東谷守。そして東郷澪。
トラブルから乗船したが、その後の守の負傷を隠蔽するために乗船した事実が抹消された。
まだ彼らが探すべき人物は二人、残っている。
だがそれらの見落としがあっても――結果として彼らの行動は最速で結果を出した。




