↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

157/265

25 阻み拒む

「え、ASIDって……何で移民船の中に居るのよ?」


 通常、目にすることなど無い存在が今数ブロック先の市街に居る。

 それを聞いてエミッサは笑っているような泣いているような引きつった表情を浮かべる。

 

 当たり前と言えば当たり前の話だ。

 

 移民船団が日々、ASIDに襲われているというのは知識としては知っている。

 エミッサ自身、八年前の人型による大襲撃の際は避難をしていたし、その際に侵入された事も知っている。

 

 だが、それでも。

 

 自分の生活とは関係ない物だという意識がどこかにあった。

 外壁一枚を隔てた空間で、自分の隣人たちが戦っているのだと意識する事は無かった。

 

 故に、日常から突然出て来た非日常に頭が対応しきっていない。

 それは雅も同様。

 エミッサの様に口を開きこそしないが、その内面は大差ない。

 パニックになって、頭が真っ白になって何もできないだけだ。

 

(これは不味いですね)


 言うまでも無いが、パニックは冷静の対極だ。

 その状態にある人間がどんな行動を取るかは分からない。

 まずは落ち着かせなくては、とメイも思うのだが彼女自身自分が若干慌てていることを否定できない。

 

 教官となって約五年。

 その間、どこぞの鬼教官とうごうじんの様に月一ペースで戦場に出ていたわけでもない、完全な後方職だ。

 それこそ、実戦の空気を感じるのは八年ぶりでさえある。

 

 その匂い――血と鉄の気配に圧されていた。

 

 それでもこの場の最年長者として、何か言おうと口を開きかけ。

 

「大丈夫」


 澪のその一言に動きを止めた。

 澪は何時も通りの調子でそう言いながら、エミッサと雅の手を握る。

 

「結構音は遠いから今から避難すれば十分間に合う……よね?」

「そこで俺に聞くのかよ」


 ちょっと自信なさげに問われた守は苦笑いを浮かべながらも首肯した。

 

「このブロックの端にシェルターがある。そこまで逃げれば良いんだ」


 そう言いながら守は純平を抱えて一人先に歩き出す。

 

「そういう事だから慌てずに避難しよう」

「澪……あんた」


 エミッサが驚きを露にして呟く。

 

「ボケっとしているのか大物なのか何時も迷ってたけど大物だったのね」

「エミッサ酷い」

「ごめん、澪ちゃん……私もそう思ってた」

「雅まで!」


 憤慨する澪を見て、二人は多少落ち着きを取り戻す。非日常の中にある日常を見出せたことで落ち着けた様だ。

 

「よし、東谷。シェルターまで案内しなさい」

「いや、言われなくてもするけどよ……するんだけど何か納得いかねえ……」


 ぶつぶつ言いながら、東谷は駆け足でシェルターへと向かう。

 子供一人抱えているのにその足取りはしっかりとしていた。

 鍛えてるんだなあと三人娘はちょっと見直して、その背を追う。

 

「そう言えば教官も言ってましたね……アイツは多分大物か大馬鹿のどっちかだって」


 訓練生時代の教官がした己の娘の評価だが、今となってはメイも納得だ。

 間違いなく大物の部類だろう。

 この鉄火場で平然としていられるのは尋常ではない。

 

 しかし思い返せば。

 澪が巻き込まれてきた諸々の出来事は、下手な軍人よりも濃厚だ。

 それを鑑みればこの程度はまだまだ余裕があるのかもしれない。

 

「うーん、未来の義妹候補は中々手強いですね」


 先行した十代組をフォローできるように最後尾について、メイもシェルターへと走り出す。

 ちらりと背後を振り返る。

 

 土煙が徐々にだが近付いてきていた。

 嫌な流れだなとメイは思う。

 この速度ならばシェルターに辿り着く方が早いだろうが……。

 

「少し急いだほうが良さそうですね」


 何より、これだけの事態になっているのに警報が未だに鳴らない。

 例えこれが単純な事故だったとしてもそろそろ何かしらアナウンスがあってもいい頃だ。

 

 それだけ混乱しているのか。

 或いは情報がどこかで止められているのか。

 

「……考えすぎですかね」


 呟きながらメイも走り出す。

 まずは安全確保から。

 

 人の流れはシェルターへと向かっている。

 その流れに飲み込まれない様に、守は人ごみをかき分けていく。

 

「三人とも大丈夫か!」

「手、繋いでるから大丈夫!」


 真ん中でしっかりと、相手の手に跡が残るほど硬く握りしめている澪が応える。

 この騒ぎの中で逸れてしまったら合流は難しい。

 

「守。麗しの姉への心配はないんですか?」

「姉貴は一人でもなんとかなるだろ!」

「冷たいですね……」


 シェルターが近くなってきたのでメイにもそんな軽口を叩く余裕が出て来た。

 徐々にだが、シェルターの入り口が見えてきて――。

 

「え?」


 その扉のランプが緑から赤に切り替わる。

 

「シェルターがロックされた?」


 シェルターがロックされる条件は二つ。

 シェルターが満員になった場合。

 もう一つはシェルターが破壊された場合だ。

 

 だがそのどちらも考えにくい。

 あの騒ぎが始まってから直ぐに避難を開始した守たちはかなり早い段階でシェルターにまで辿り着いた。

 

 市街地のシェルターの収容人数は万近い筈だ。

 この短時間で満員になるには早すぎる。

 

 もう一つのシェルターが破壊された場合はもっと有り得ない。

 この短時間で破壊されるほど軟ではない。

 

 となると誤作動。

 だがシェルターは最後の生命線。

 そんな簡単に誤作動を起こすようにはなっていない筈だ。

 

「……もう1ブロック先のシェルターに行きましょう」


 メイがそう言った。

 

 動くなら今しかない。

 皆、最寄りのシェルターを目指して移動してきている。

 だがその流れが堰き止められた今、何れ人に囲まれて身動きが取れなくなる。

 

 そうなる前に、人混みを脱出して隣のブロックのシェルターへと向かう。

 

 ちらりと視線を再度背後へと向けた。

 土煙の進路は変わらない。

 

 それに誰かが気付いたら。その瞬間にパニックが起こる可能性もある。

 

 そうなってしまえばもう逃げられない。

 無秩序な人の流れは、災害と変わらない。

 

「守。先導してください。澪ちゃん達は遅れない様に着いて行ってください」

「……分かったぜ姉貴」


 警報が鳴っていない事を、メイは今だけは幸いだと思う事にした。

 もしも鳴っていたら。

 非番の隊員にも召集がかかったら。

 

 メイは息子と義弟達を置いて行かなければいけない。

 それが避けられるだけでもまだ最悪ではない。

 

 そうして六人がぞろぞろと移動を開始した所で――人の流れが再開した。

 

「え?」

「姉貴。ロックが解除されたみたいだ」


 シェルターが再び解放された事で、人の流れが復活したらしい。

 やはり誤動作だったのか。

 

 そう思いながら再びその流れに乗ってシェルターへ向かおうとし。

 

 先ほどと同じくらいの距離になったところで再びロックされた。

 

「……まさか」


 ふと、一つの嫌な考えが頭を過った。

 その理由は分からない。

 だがこれではまるで。

 

(私たちが近づくとロックされている?)


 そんな事は有り得ない。

 そうは思うのだが。

 もしもそうだとしたら。

 

 ここにいる人たちの避難を妨げているのは自分たちという事になるとメイは気付いてしまった。

 

「……やはり、隣のブロックへ行きましょう」


 この中の誰が原因かを絞り込む余裕はない。

 一先ずここから離れなくてはいけない。自分たちがいなくなればASIDが来る前に避難が出来る筈だった。

 

 六人纏まって、人の流れに逆らいながら隣のブロックを目指す。

 露骨に迷惑そうな視線や舌打ちを向けられるが、守は純平を抱えながら片手で人の流れを掻き割っていく。

 お陰で後ろは大分楽が出来た。

 

 逸れない様に、それぞれの位置を確認しながらメイは歩く。

 

「澪ちゃん、大丈夫ですか?」


 その中で気になったのは澪の顔色だ。

 一番気丈に振る舞っていたが、加速度的に顔色が白くなっていくことにメイが気付いた。

 

「大丈夫……人に酔っただけだから」

「無理も無いよね。これだけの人が密集してるなんて私も初めてだよ」

「もう少し頑張りなさい澪。もう少しで人混みを抜けるわ」

 

 雅とエミッサが、先程のお返しとばかりに澪を励ます。

 エミッサの言葉通り、守が遂に人垣を踏破した。

 その後を追って三人が飛び出し、メイも続く。

 

「一休みしたい所ですが、行きましょう」


 そう告げて抱えられた純平を除く五人は走り出す。

 

「ヒールのある靴履いて来てなくてよかったわ……」

「ランニングシューズだったらもっと良かった」

「澪ちゃん、早い……早いよ」


 既に隣のシェルターは避難が粗方終わっている様だった。

 閑散としたシェルターの入り口に向かって走り――再び赤いランプに阻まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんと言う外道!
[一言] むしろ情報戦の価値を理解してない馬鹿達?
[一言] 情報はガバガバな割にハッキングor根回しはしっかりしてんのな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。