19 笹森メイ1
「すまないですね、澪ちゃん。うちの買い物に付き合って貰って」
「私もお世話してもらってる。あ、そっち行っちゃダメ……」
1月8日。
澪はメイの買い物に付き合ってシップ1の繁華街を歩く。
基本的には通販で大半の買い物は済ませられるのだが、こうして店舗を回って歩くのは一種の気分転換にもなる。
何しろ、今のメイと澪は同じ状況なのだから。
「ずっと家に籠っていても気が滅入って来ますからね。偶にはこうして外に出るべきでしょう」
「そう思う。こら、落ちてるもの触っちゃいけない」
「って言っても澪ちゃんは学校行ってるから私みたいに引き籠ってはいないと思いますけど」
「実はここ最近は私も学校との往復だけ。スカートには触らない。他の人にしたら怒られる」
「しかし流石は我が分身。落ち着きが無い」
今、こうして買い物しているのは澪とメイの二人――ではない。
もう一人、澪の足元をちょこまかとしている姿がある。
「ほら、お母さんの所に来なさい純平」
「や!」
赤い髪の、小さな男の子。まだ年齢は二歳程度だろうか。
覚束ない足取りで澪のスカートの陰に隠れる。
「すっかり息子を取られてしまいました」
「じゅんぺー、お母さんの所行こう」
「ん……」
「何で澪ちゃんが言うと素直に従うんですかねこの子は」
誰に似たんだかと苦笑しながらメイは己の息子を抱きかかえる。
五年前に、メイは結婚した。
相手は今更言うまでも無いだろうが笹森コウである。
その日の事を澪は思い出す。
特に印象深いのは涙を流していたユーリアの姿なのだが。
記憶を手繰り寄せれば。「幸せにね」と「先越された」を涙声で交互に叫んでいたような気がする。
尚、澪の知る限りではユーリアは未だ独身である。
そしてメイは二年前に純平を出産した。
その名前の由来を澪は知らない。ただ名前を聞いた時の仁が趣深そうに頷いていたのを覚えている。
「あんまり、深く考えない方が良いですよ澪ちゃん」
「うん……」
「教官も、コウもちょっと常識はずれですから。それに今回は船も一緒に行方不明ですから。知ってますか? あれ一隻でその気になれば一年は生活できるんですよ?」
「そうなんだ……」
そして、仁も、コウも、ユーリアも。
三人とも例の大規模作戦にパイロットとして参加している。
シャーリーも後方支援の整備士として参加していた。
四人とも、今この船団にはいない。
どこにいるのかも分からない。
「大体、あの二人をどうこう出来る存在が居るなんてちょっと眉唾です。ですから大丈夫ですよ」
全船団中トップの撃墜数を誇る仁は言うまでもなく。
コウもこの八年でエースと呼べるだけの実績を重ねて来た。
遭遇回数に恵まれていないので、仁程のスコアは出せていないが、実力では遜色ないと言われている。
――そんな兄が居るので守は過度な期待を受けているのだが、それは澪も知らない事だ。
心配いらないと澪を励ますメイだが、その目元にはクマがある。
澪も似たような物だ。
お互いにメイクで隠しているのが分かってしまう。
心配ないはずがない。
互いに掛け替えのない相手が行方知れずなのだから。
ただ自分たちがここで泣いて喚いたとしてもどうしようもない事を知っている。
だからこうして強がっている。
「ほら、せっかくだし新しい服でも買っちゃいましょう!」
「う……お小遣いそんなにない」
例年ならばお年玉があるのだが、今年はそれも無かった。
仁から大金の入った口座を託されてはいるが、それは日々の生活で使うべき物だ。
むしろ無駄遣いを恐れて無暗に手を付けられるお金ではない。
「大丈夫です。私がプレゼントしてあげます。澪ちゃん、もうすぐ誕生日でしたよね」
「うん。来週誕生日」
「じゃあ今日は前祝で……来週はちょっとしたパーティーでもしちゃいましょう」
「ん……ありがとうメイおねーちゃん」
「良いですよ。で、楽しく過ごした写真を撮って悔しがらせてやるんです」
それはちょっといいかもしれないと、澪は思った。
このままだと一人寂しく誕生日を迎える所だった。
アルバムへ、そんな写真を入れて仁を悔しがらせるというのは中々の名案な気がする。
悔しがってもらったら、今度はおとーさんとのパーティーをするんだと決めれば心が軽くなる。
そうすれば今年は何時もよりも二倍嬉しい誕生日になる筈だ。
「何でしたらジェイクさんのお店を借りてパーティーしましょうか。お、これは我ながらナイスアイデア」
「うん、楽しそう」
父の友人でもあるジェイクの顔を思い浮かべて澪は頷く。
澪の知る限り、一番料理が上手な人だ。
その話をすると、友人たちは澪は食いしん坊と言う顔をするのがちょっと納得いかない。
美味しいご飯の何がいけないのか。
「後でお店によってお茶するついでに、聞いてみましょう」
「うん」
一つ、楽しみが出来たと澪は微笑む。
「さて……となると荷物持ちが必要ですね」
そう言いながらメイは自分の携帯端末を取り出す。
慣れた手つきで誰かの番号を呼び出すとコールする。
「もしもし? 暇ですか? 暇でしょう。ちょっと荷物持ちに来てください。え? 教官命令です。早くしないと評価下げますよ」
どうやら教え子を呼び出しているらしい。
澪の知る事の無い話だが――メイは結局、パイロットを諦めた。
ナノマシンによる強化措置の中断。
そもそも施術者が逮捕されたので継続することはどの道無理だっただろう。
メイは操縦者として生きるよりも、大切な人たちと一日でも長く生きる道を選んだ。
結果として、体力面でパイロットとしては若干の不安を抱えることになったメイ。
そのまま軍を辞めて、普通に就職しようとしたところに待ったをかけたのが仁だった。
教導隊に転属する自分の後任にメイを押し込んだのだ。
押し付けたともいう。
結果、メイは訓練校の教官として今も働いている。
普段は純平をシッターに預けてバシバシ訓練生を扱いているらしい。
曰く、シミュレーターならG設定を抑えればまだまだいけるとの事である。
そんな教官の立場を濫用して、荷物持ちをさせようとするのは相手からの反発は当然ある。
電話越しの非難の気配が澪の元にも届いてくる。
それを黙らせるメイの一言。
「ちなみに澪ちゃんいますよ」
電話が切れたらしい。
メイは満足げに頷きながら己の息子の手を引いて、澪に向き直った。
「もうすぐ来るらしいので、その辺の店見ながら待ってましょう」
「う、うん」
随分と強引に呼んだ気がすると思いながら澪はメイの後についていく。
「……何でいきなり下着?」
「いえ、ほら。荷物持ち来たら選べないですし」
「選ばなくていい」
「まあまあそう言わずに。ちょっとセクシーなの行きます?」
きっとこれも自分を元気づけようとしてくれているのだろう……多分と思いながら澪は渋々メイの選択に付き合う。
セクシーなのは丁重にお断りさせてもらったが。
「……ねえメイおねーちゃん」
「ん、何ですか?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
流石に大っぴらに話す内容でないので、メイに小声で伝える。
「うーん。そうですね。私の場合は結構遅かったですし、澪ちゃんの年でまだって言うのは珍しいですが有り得ない事じゃないと思いますよ」
「そうなのかな……」
「ええ。その内来ます。あんまり悩んだりしてストレスためるのも良くないですよ?」
深刻になりすぎない様に。
それは保健室の先生にも言われた。
でも不安だ。
何だかそれは、自分が違うと言われている様で。
ここにいることが間違っていると自分の身体が告げている様で――。
考えすぎだと澪は首を横に振る。
「でも澪ちゃんもそんな年なんですよねえ……恋人とか出来ました?」
「んー居ないよ」
「おっと、それは……朗報なのか悲報なのか」
「どういう意味?」
「分からないなら分からないで良いんですよ」
「ふーん?」
恋人と言われても澪にはピンとこないというのが本音だ。
自分のクラスメイトで誰誰と付き合い始めたとかそう言う話は聞くが、それを自分には上手くあてはめられない。
「エミッサはモテモテ」
「あの子は、確かにモテそうですね。傍から見る分には」
「でも私には良く分かんない」
友人と恋人の境目はどこにあるのだろうと思う。
エミッサは男女問わずに良く告白されているが、澪はそう言う気持ちになった事は無い。
「メイおねーちゃんはコウさんの事が好きになったから結婚した?」
「まあそうですね。そう面と向かって聞かれるとちょっと照れますけど……ずっと好きでしたよ」
「でもナスお姉さんも好きだよね」
「そうですね。でもそこは違うんですよ」
何が違うのだろう。
何故自分にはその違いが分からないのだろう。
最近の澪は気を抜くと、そんな事ばかり考えてしまう。
「ん……良く分かんない」
「その内分かりますよ。ずっと一緒に居たい相手とか居ないんですか?」
「うーん……おとーさん?」
「教官は抜きで」
難しい事を言われた。澪は世界最大の難問に挑まされたかのように険しい表情を作り出した。




