18 壊滅
動揺から立ち直るよりも早く、第二船団のアサルトフレーム部隊が『トリシューラ』を迂回して展開してくる。
その半数はこちらと同じレイヴンだが、残りの半数はグリフォン。即ちサイボーグ戦隊だ。
「智!」
その内の一機に乗っているであろう人物の姿が浮かび上がる。
仁は辺りを見渡す。
――ダメだ。
勝ち目が無いと認めざるを得ない。
こちらは既に超大型種との戦闘直後で疲弊している。
そして何より、人類を相手に戦う覚悟が出来ていない。
対して相手は無傷の艦隊とアサルトフレーム部隊。
更には、仕掛けてきた以上対人戦闘の覚悟が出来ていないというのは楽観が過ぎる。
このまままともに戦っても全滅しかない。
相手にそのつもりがあるのならば、間違いなくそうなる。
そしてそのつもりが無いと――仁には思えなかった。
仁の推測が正しければ、第二船団にこちらの殲滅を躊躇う理由はない。
その理由を、仁達はたった今取り除いてしまったのだから。
逆説的に、こうして第二船団が後の事も考えずに襲ってきたことで仁の推測が正しいという裏付けになってしまう。
皮肉な事であった。
そしてそうなった以上、仁は早く第三船団に帰還したい。
澪の無事を確かめないといけない。
それをする為にはこの場を生き残らなければいけなかった。
「グリフォン24機……来るぞ! 陣形を組む! オービス!」
教導隊の面々に指揮を下そうとし、副官の名前を呼ぶ。
そこで仁は気付いた。
副官はもう超大型種の中から出てくる事は無い。
ここ数年、仁の意を酌んで部隊にその意思を広げてくれた忠実な部下はもういないのだ。
「フォーメーション、アローヘッド……死にたくなければ迎え撃て! 良いなっ?」
教導隊も三分の一が失われている。
仁の機体は言うまでもなく大破寸前だし、他の機体も無傷な物はない。
それでも戦わなくては。
万全でないから戦えませんなどと言う弱卒はいない。
だが副官の喪失は痛手だった。
何時もよりも展開が遅い。
そしてその間に距離を詰められる。
「速い……!」
こうして敵として相対するとその速度には驚かされる。
相対速度は7km/s。こちらよりも1.5倍近い速度を発揮してくるグリフォン。
まずは小手調べとばかりに互いにライフルで牽制しあう。
その時点で性能差は歴然だ。
射程が違う。相手の大型化したエーテルライフルの射程はこちらよりも長い。
リーチが長いという事はその時間一方的に攻撃できるという事だ。
更に距離が縮まる。
相手の機体の装甲表面が見えるまでの距離になった。
「総員抜刀! 躊躇うな! 相手はASIDだと思え!」
そう言いながら、仁も相手の中に人間が居るのだと意識せざるを得ない。
他の隊員達も同じだろう。
近接戦闘の用意に入るのがコンマ数秒ほど遅れた。
そしてこの速度域での戦いにおいて、それだけ時間があれば2,3キロメートルは進める。
両軍が交錯する。
すれ違いざまのエーテルダガーによる応酬。
そこから互いに旋回し、まるで八の字を描くようにしながら再びぶつかり合うのがセオリーだ。
それは対ASIDでも対人でも変わらない。
再び仁が驚かされたのはその旋回半径だ。
小さい。
それが小さいという事は即ち旋回にかかる時間も短いという事。
同時に身体へかかるGも大きくなる。
到底生身の人間では振り回せない様な旋回速度。
振り向いた時には既に相手はこちらに向かってきている。
加速する時間があったという事はそれだけこちらが速度で不利を負うという事だ。
例え戦場の兵器がどれだけ進化したとしても、結局は運動エネルギーの奪い合いになるのだ。
相手よりも速い方が強い。
それを体現しているのがグリフォンという機体だ。
そいつに、ただでさえバランスを欠いた機体の仁は苦戦させられる。
万全ならば例えグリフォンが相手でも一機は落とせたはずだ。
限られた視界と、もがれた四肢ではむしろこちらが墜とされない様にするのが手一杯。
今のドッグファイトで二機のレイヴンが墜とされた。
不味いと焦りが広がる。
更に数の不利を背負った次の交錯では更に撃墜されるだろう。
後二回もすればこちらは全滅だ。
いや、仁だけはまだ生き残っているかもしれない。
それでも24機ものグリフォンを相手に単独で勝利できると思えるほど自惚れてはいない。
勝ち筋の見出せない戦局。
それは仁だけではなく、艦隊側でも同じことだった。
ロンギヌス級機動戦艦同士の戦い。
それは一方的な物になりつつある。
主砲を脱落させた『ゲイ・ボルク』に対して、『トリシューラ』は無傷。
副砲で牽制をしているが、『トリシューラ』は距離を保ちながら主砲で『ゲイ・ボルク』を削っていけばいい。
『ゲイ・ボルク』が『トリシューラ』に一矢報いるには、近接格闘に持ち込むしかない。
スタルトに打ち込んだ一撃を加えられれば幾らロンギヌス級機動戦艦とは言え無事では済まないだろう。
だが互いに速度も同じとなると距離を詰めること自体が容易ではない。
さりとて振り切る事も難しいだろう。
かくなるうえはと艦隊司令官は決断した。
「艦隊各艦に通達! 緊急オーバーライト準備! 離脱する! アサルトフレーム部隊収容! それまでの時間を稼ぐぞ!」
このままでは全滅する。
それならば、と次善策を取る事にしたのだ。
乾いた唇を舐めながら司令は心中で強がる。
例え飛車角を取られたとしてもまだ負けでは無いと。
「照準! 第二船団敵艦隊。エーテルカノン誘導準備。フィールド展開。急げ!」
矢継ぎ早に指示を出された次の瞬間、『ゲイ・ボルク』の全身に仕込まれた火砲が火を噴く。
無数の弾道はそれぞれが別の艦を狙う。
ロンギヌス級機動戦艦には今一な効果しか発揮できないそれらの砲撃は、しかしロンバルディア級戦艦やロザリオ級巡洋艦には大打撃だ。
その混乱の隙を突いてアサルトフレーム部隊は手近な艦に取り付いていく。
「全機、続け! 着艦するぞ!」
それは仁達も例外ではない。
追い縋ってくるグリフォンに牽制射撃を放ちながら、至近にあったロンバルディア級戦艦への着艦を試みた。
最悪、甲板のどこかに着地できればそれいい。
戦艦の対空射撃を掻い潜りながら進む。
仁達にそれが出来るという事は、サイボーグ戦隊にも同じことが出来る。
何しろ、お世辞にも仁以外の隊員の腕はサイボーグ戦隊と比べて勝っているとは言い難い。
それでも濃密な弾幕がグリフォン部隊に集中してくると、回避スペースも徐々に奪われてくる。
その隙を突いた。
一機のグリフォンの足へ狙撃。
突き刺さりバランスを崩した瞬間に艦の対空射撃がそのグリフォンをハチの巣にした。
友軍が撃破された事への一瞬の動揺。
それが最後のチャンスだ。甲板に着地――というか不時着して仁は周囲を見渡す。
『ゲイ・ボルク』は他の艦隊の盾になる腹積もりらしい。
集中砲火を浴び、各所から火を噴きながらも退く気配が無い。
そこにいるシャーリーの事を考えて仁は胸が痛くなる。
今すぐにでも飛んでいきたい気持ちだが、この機体状態でそこまで辿り着くことは不可能だと自分でも分かっていた。
たった数キロも離れていない距離が遠い。
他の艦にもアサルトフレーム部隊が次々と着艦していく。
兎に角手近の艦にしがみ付いているような感じだ。
仁の居る艦にも何機ものレイヴンが着艦した。
それらの収容を確認して、艦もオーバーライトを開始する。
『各艦、オーバーライトを同期。オーバーライト開始3秒前。2、1――』
通信が不自然に途切れた。
オーバーライトが開始されたのだというのは経験から分かる。
しかしこれはいつもと違う。
不快な程に揺れに揺れる。
「全員、船体のどこかに捕まれ……捕まるんだ! 振り落とされるぞ!」
仁自身叫ぶだけで手いっぱいだった。
ただ振り落とされたら次の瞬間にはあの飢えたハイエナの様な連中の前に置き去りにされると分かっているので必死だ。
艦の姿が薄れ、空間跳躍を開始する。
そこへ、『トリシューラ』の放った砲撃が降り注ぐ。
視線を向ければ『ゲイ・ボルク』はもう、迎撃機能を殆ど喪失していた。
同時にオーバーライトで姿が掻き消える。
それに遅れて仁のしがみ付いていたロンバルディア級戦艦も。
いつもとは違う不快な揺れを伴って――第三船団防衛軍艦隊は敗走した。




