17 始動
判断を誤ってはいけない。
コウは加速していく思考の中でそう考える。
仁に空間砲で止めを刺そうとする黄金。
恩師が捨て身で作った隙を見逃す事なんて有り得ない。
さあ問題はここからだ。
どうやって仕留めるか。
手順を誤れば、仁のレイヴンは今度こそ粉々にされる。
空間砲を放たせてはいけない。
例えその発射後に黄金を倒せたとしてもそれはコウにとっての敗北に他ならない。
胸部を切り裂く――却下だ。
胸部装甲は頑強に出来ている。
それはこの半分程度のサイズしかない黄金とて例外ではない。
仁から伝授されたエーテルの収束。
糸の様なレベルまで研ぎ澄まし、それを維持したまま切りつけることがコウには出来る。
それならば、両断することは出来るだろう。
しかしながら、切り裂く前に空間砲が放たれる可能性が高い。
となるとやはりまず切り崩すべきは一か所。
波打つような斬線が黄金の腿に刻まれた。
コウが発見した一つの経験則だ。
僅かな違いではあるが、真っ直ぐ斬るよりもこちらの方が再生に時間がかかる。
足元を崩されて黄金が姿勢を崩す。
胸部が上向きになり不可視の空間砲は仁機の頭部を奪うだけで済んだ。
頭部を失った状態でも状況は把握しているらしい。
仁は背中の動きだけで機体を跳ね起こすと、残った腕で握り締めたエーテルダガーを突き上げる。
コウもそれに合わせた。
前後からの同時攻撃。それを受け止めきれず黄金は、腕力だけで天井目掛け跳躍。
回避には成功しながらも完全な無防備になったその目立つ光沢目掛けて。
『狙い撃ちよ』
ユーリアの狙撃が突き刺さる。
円盤型の混戦が巻き起こっている中で、彼女は機体の足を止めていた。
膝をついての狙撃姿勢。安定性を高めた姿勢で一発二発と宙に居るままの黄金に連射する。
威力はそれなりに、それ以上に連射速度を高めているらしい。
宙に浮かされたまま、地面に辿り着くよりも先に狙撃で跳ね上げられる。
そんなお手玉めいた神業を披露している間に、仁もコウも再び態勢を整えた。
再生のための物質を集めることも出来ない黄金に再びの斬撃。
八等分よりも細かくされて、無事であると考える人間はこの場にはいなかった。
そして何より、分かりやすい変化があった。
円盤型が次々と墜落していくのだ。
そして通信が一斉に途切れた。
一瞬、次なる手を打ってきたのかと警戒した仁だったが、直ぐに理由に気付いた。
「総員、通信を通常の物に」
今使っていたのは、超大型種のエーテルにタダ乗りした通信だ。
それが使えなくなったという事は、即ち超大型種のエーテルが消えた――リアクターが停止したのだ。
『プロセッサー2の破壊を確認! 全プロセッサーの再生停止。リアクター反応も消えた……超大型種沈黙!』
その言葉に、仁は今度こそ肩の力を抜いた。
「終わった、のか」
因縁の相手を打ち果たした。
とは言え特別な感慨は浮かんでこない。
仇を討てた。
それで何かが変わるのだと思った。
だが無い。
ただただ、何時もの戦いが終わった後と何ら変わりない。
それでも一区切りは一区切りだ。
こうして十年前からの出来事に決着を着けられた。
まずはそれを喜ぼうと、仁は思う。
ああだけど。
残ったのは虚無感だけだ。
復讐心という物がすっぽりと抜け去って、虚ろな感覚を覚えているだけだった。
『教官? 大丈夫ですか』
「教官じゃなくて大尉だ。機体は酷い有様だがな……まあ何とかなる」
予備のリアクターは既に残り一つ。
片腕片足を失い頭部も喪失。武装は殆ど使い潰した。
満身創痍も良い所だ。
これでは何時ものミミズ型を倒すのにも三秒くらいかかりそうだと考えて仁は笑った。
もう戦う事は無いだろうと仁は思う。
正直、30を超えて尚現役にしがみ付くつもりはない。
今の腕前を維持するのも厳しくなってきた。
貯えもある事だし、ジェイクみたいに新しい事を始めるのもいいかもしれない。
幸いにも澪はまだ反抗期という物が来ていないが、そうなった時に慌てなくて済むように澪との時間を増やすのも良い。
それからシャーリーの事。
まだどうしたいのか自分でも良く分かっていない。それでも考えなければいけない。
ずっと保留にしてきた事への答えを出さなければ。
考えればやるべき事は沢山ある。
そう言う諸々を一つ一つ片付けて行くだけでもきっと忙しくも楽しい日々がある。
「総員帰還する。動けない機体は――動けるものが担いでやれ」
自分は大丈夫だと丁重に断りながら、仁達は侵攻してきた通路を逆戻りして母艦への帰投を目指す。
見れば動ける機体は半数程度だった。
黄金相手に集中している間に、円盤型に随分とやられたらしい。
仮にも精鋭部隊と呼ばれるここでこの損害となると、全体の損害はもっと酷いかもしれない。
五割、下手をしたら四割を切るかもしれない。
そうなれば人型の大襲撃時と同じくらいの大損害だ。
そうなると、自分の除隊申請は中々通らないかもしれない。
仁はそう思った。
超大型種の中から脱出する。
外で撃ち合っていた艦隊も満身創痍という言葉が相応しい。
無傷の艦は一隻たりとも居ない。
通信はもうお祭り騒ぎだった。
普段なら厳しく制止する上官でさえ浮かれているのだから仕方がない。
『……あ、識別信号を確認。これは、第二船団の物ですね』
『何だなんだ。今頃来たのか』
『援軍を出してくれたのか……有難いが遅かったな』
『いや、奴がオーバーライトでこちらに奇襲をかけて来たのだ。それが無ければ丁度直前での合流だったのでは?』
警鐘が鳴り響く。
今の状況にではない。
八年前から抱き。
しかし何事も無かったがために目を瞑り続けてきたことが無視できないまでになる。
何故今、また第二船団が現れたのか。
別段不思議な事ではない。援軍が間に合うのならば派遣もするだろう。
だが仁の思考は別の事柄へと飛んで行った。
もはや悪魔的な直感。
根拠も何もない。
ただこれまでに見て来た全ての点が一つに繋がってしまった。
繋げることが出来てしまった。
第二船団の企みが、分かってしまう。
幾つかまだ説明のつかない箇所があるが大筋は通る。
何という事だと。仁は答えの一歩手前にまで辿り着いていたのに、それに気付けなかった己を呪った。
「澪っ」
娘の名前を呼ぶ。
同時、困惑したような声があがる。
『第二船団防衛軍旗艦、『トリシューラ』よりアサルトフレーム部隊が発艦』
『おいおい、もう終わってるのに気づいていないのか?』
『っ! 『トリシューラ』、展開開始! 近接格闘形態に移行しています!』
『機関最大! 『ゲイ・ボルク』全速前進! 艦隊の前に出る!』
行動へ移したのは『ゲイ・ボルク』の艦長だけだった。
仁でさえ、動けなかった。
まさか。
有り得ない。
可能性を考えつつも、本当にそんな事をするなんて絶対に無いのだとみんな無条件に信じていたのだ。
『『トリシューラ』のリアクター反応増大! エーテルハイメガカノンを構えました!』
『エーテルフィールド出力最大! 絶対に後ろに通すな!』
『エーテルハイメガカノン発射!』
戦いが終わったはずの戦場に、閃光が迸る。
姉妹艦である『トリシューラ』と『ゲイ・ボルク』。
互いに近接格闘形態で接近した両者の間を結んだエーテルの輝き。
第二船団防衛軍の旗艦が、第三船団防衛軍の旗艦に砲撃を行った。
膨大なエーテルの奔流を、『ゲイ・ボルク』は受け流す――が、それも完ぺきではない。
ここに至るまでの戦いで既にこちらは消耗している。
不平を漏らすリアクターを宥めて戦闘出力は確保していたが、万全の状態である『トリシューラ』の主砲は防ぎ切れなかった。
エーテルフィールドを突き破り、エーテルコーティングを貫通して人間でいうところの肘を撃ち貫く。
『第478ブロックに被弾! エーテルハイメガカノン、脱落!』
肘から下にあった主砲が支えを失い、衝撃でゆっくりと『ゲイ・ボルク』から離れていく。
その爆発に全員が魂を抜かれた様だった。
「あいつら、やりやがった……」
もうこれはどうやっても誤魔化すことが出来ない。
言い訳も不可能だろう。
明らかに害意を――こちらを殺す気で撃ってきたのだと分かる。
戦争。
その二文字がこの戦場に居る全員の頭を過った。




