16 古の者
黄金が距離を取った。
それは初めての行動。
即ちこちらを警戒したという事。
漸く相手は仁達を敵と認めた様だった。
闇雲な攻めではなく、こちらの隙を伺い始める。
厄介だと仁は舌打ちをする。
先ほどまではまだ油断があった。
だがコウとユーリアの参戦――黄金に抗しうる敵性存在が増えた事で相手はその僅かな弛みも消し去った。
抜くところは抜き、締める所は締める。
その緩急の付け方は古参の戦士と言われても納得してしまう。
そんな風に、まるで人間を相手にしているかのような感慨を抱いて仁は笑う。
ASIDを前にしてそんな事を考えてしまうなど。
その理由を追及するのは後だ。
今は――。
「死角から追い込むぞ、笹森少尉! ナスティン少尉!」
指示はそれだけ。
それ以上の指示は、今更要らないだろう? という無言の挑発。
真っ先に動き出した仁のレイヴン。
またリアクターがリロードされた。
排出されたそれを、まるでボールの様に蹴りだす。
眼前に飛来したそれを黄金は弾き飛ばした。
相手からすると、それがどんな武器かも分からない。
当然の判断だ。
だがそれがもう何の価値もない残骸であると気付いた時には、遅い。
リアクターを追うように仁機が真っ直ぐに切りかかる。
黄金からすれば弾いた瞬間に目の前に現れた様に見える筈だ。
その切り込みを屈み込む事で回避する。小柄であるからこそ可能なインファイト。
そのままアッパーで下から拳を叩きつけようとして、逆にその拳をカタパルトとして利用される。
1秒先を読み切った仁の妙技だ。
ピタリと示し合わせた様に足裏を載せられ、跳躍する仁機。
その姿が消えた瞬間、仁機の背後に潜んでいたコウ機が飛び出した。
目くばせすらしない連携。
その程度は出来て当然である。
何しろこの二人、相手の意を酌む事への年季という観点ではそれこそ三年間みっちりとやってきた。
模擬戦の敵として。
何度も何度も戦い、相手の呼吸を読み取ってきたのだ。
だからコウは仁が何をしようとしているのかを大まかに察せられたし、こうして動きも合わせられる。
未だ仁機への追撃の隙を晒す黄金へ、コウは蛇の様に絡み付く太刀筋を繰り出す。
人体関節を無視した術理は、アサルトフレームにのみ可能な剣技。
仁にも真似できない、コウだけの武器だ。
その変則的な軌道には黄金の眼も追いついていない。
浅い傷を黄金の胸部に刻む。
その返礼とばかりに、今度はコウ機へ正拳突き。
腹部を真っ直ぐに狙うブロー。それをコウは――機体を仰け反らせて躱す。
背中を地面すれすれまで倒し、己の真上を拳が駆け抜けていく。
その不安定な姿勢でも倒れ込む真似はせずに、足首から回して低い姿勢のまま駆けだす。
人間では到底不可能な動きは見ている者の度肝を抜く。
そんな予測不可能とも思える動き。
それに合わせる人間が一人だけいる。
コウが機体を倒した瞬間にはもう、弾丸は発射されていた。
仁とコウが三年間、互いに向かい合って息を読みあってきたのならば。
コウとユーリアは十一年もの間、背中を預け合って息を合わせて来たのだ。
その阿吽の呼吸はコウの細君が嫉妬する程。
だからこれも特別な事なんて何もない。
コウが囮となって、ユーリアが本命を打ち込む。
何度も何度も繰り返してきた連携の一つ。
黄金のASIDからすればコウ機が倒れた瞬間にその背中から弾丸がいきなり生じた様に見える程のブラインド技術。
弾道を見切って躱していた黄金も、見えない弾丸までは躱せない。
再びの直撃。腹部を貫いた。
『ヒット! やりました!』
『よっし!』
「まだだ!」
通常ならば、これで終わりだ。
あのサイズ、エーテルリアクターは腹部にしか有り得ない。
だがこの黄金は普通のASIDでは無かった。
腹部を貫かれた状態で大きく後ろに跳躍。
膝をついて拳を床に突くと、見る見る内に損傷が修復されていく。
『何だありゃ……』
「この中にいる連中は、この超大型種のエーテルを直接受け取ってる。だからあいつらにリアクターは存在しない」
『面倒な奴ですね』
つまり、今度もバラバラにしないといけないのだ。
仁機が再びリアクターをリロードする。
既に三回目。
残りリアクターは三個。
再び全快した黄金が懐へ入り込んでくる。
仁達としてはそれよりも少し広い間合いが最も有利なのでそこまで押し返そうとする。
それは陣取りにも似た風景。
相手の最も嫌な位置へ着こうとする。
その最中、仁の見た一秒先。
(――真っ白?)
どういう事だと思うよりも先に機体が動いた。
傾けた機体。つい先ほどまで胴体の存在した空間を何かが駆け抜ける。
「ぐっ!」
半身がその余波に巻き込まれた。
それだけで腕が肩から吹き飛び、脚部が膝から折れる。
一瞬で半壊した己の愛機へ驚くよりも先に仁は戦慄した。
今見えた一秒先。あれは、死の瞬間だったのではないか。
回避していなくて直撃していたら。
機体は胴体が粉々に吹き飛んでいただろう。
その下手人は、黄金の腹部に開いた砲門。
細かい原理は推測になるが、今のはまるで空間を圧縮して打ち出したかのような感覚。
少なくとも実弾兵器ではないし、エーテルの反応も無かった。
不可視で致死性の遠距離攻撃。
空間砲とでも呼ぶべきか。
とんだ隠し玉が出て来た。
『教官!』
「コイツの正面に立つな! 飛び道具があるぞ!」
片足だけになったレイヴンで跳躍しながら仁は叫ぶ。
機体は各所がレッドアラート。
AIが機体の廃棄と脱出を提案してくる。
それらの警報を全てカット。
一つ一つ確認する余裕はない。
完全な当て推量、勘で機体の損傷個所を割り出し、無事な場所を抽出した。
動く部分だけで行える最適な戦闘機動を咄嗟に編み出し、それを実現する。
完全にダメな部分はどんどん切り離して、機体を軽量化。
どうにかこれで少しは持ちこたえられる。
だが機動力も攻撃力も半減した。
『プロセッサー1から6までのポイントをマーク! 未到達の突入部隊を割り振る! 各プロセッサー攻略部隊の援護に!』
『プロセッサー1は撃破! だが再生を開始している! 防衛機構も再生中……長くは持たせられない!』
『3も同様だ! 推定だが、他のプロセッサーを破壊したことで再生速度が遅くなっている!』
その他、456でも類似の報告。
つまり残されているプロセッサーはここだけという事だ。
そして、他のポイントは撃破した物の、再生中。そしてそれを再度潰しているが、相手も防御を固めている。
長時間今の状態を維持することは出来ないという悲鳴の声。
つまりはこの黄金を短時間で攻略しないといけない。
何だか何時も急かされてばかりだと仁は嘆息する。
この様な配置になったのは偶然だが僥倖だった。
もしも仁かコウ達が別のプロセッサーに向かっていたら。
その時この黄金に抵抗することが出来ただろうか。
「やるぞ笹森少尉。メインはお前だ」
もう仁のレイヴンで、相手を破壊しつくすような打撃力は望めない。
仁がフォローに回り、コウが止めを刺す。
それしかない。
何より、コウの近接戦闘のスタイルは相手にとっても苦手な物らしい。
明らかに攻撃を通せることが多い。
『大丈夫だ大尉。任せてくれ』
静かにコウはそう言う。
再びの突貫。
正面に立てば先ほどの攻撃――空間砲が来る。
ユーリアも支援射撃位置を相手の死角へ回り込んで、意識を逸らすようにしている。
他の機体でも同じことが出来れば良い支援になるのだが、彼らの腕ではこのフレンドリーファイアがオチだ。
対して黄金は、仁を狙う。
当然だろうなと仁も思う。
今一番弱っているのは自分だ。
落とせるところから落とす。対複数戦闘の際は基本だ。
自分だってそうする。
だが、そんな落としやすい所であるはずの仁は片足で器用に敵の攻撃を避けていく。
片足で跳んで、飛んだ足でそのまま相手の拳を蹴り飛ばすのは正気の沙汰ではない。
もしもミスをして残った足も破壊されたら仁のレイヴンはまともに動けなくなるのだから。
そうなったとしても仁は構わなかった。
むしろ、満足に動かない機体を最大限有効活用するにはそれが一番だ。
格好の獲物となった自分に止めを刺す瞬間。
それはきっとコウにとって絶好の狩りの機会なのだから。
何度目かの攻防の果て。
仁のレイヴンが転倒した。
それは仁の誘い。
傍目には不安定な機体のバランスをとうとう損なったようにしか見えない筈だ。
黄金は逡巡しなかった。確実にとどめを刺すべく、倒れ伏した仁機へ胸部の空間砲を向ける。
その隙を、コウも逃しはしない。




