15 信頼
まともに直撃を喰らったのは随分と久しぶりな気がした。
「……メインフレームがイエロー。背骨がヤバいな」
あの小柄な筐体で殴られた一撃としては信じられない程にダメージを負っていた。
胸部にオービットパッケージの増加装甲を装着していなかった場合。
あの一撃でコックピット毎押しつぶされて死んでいたかもしれない。
背部に背負った特殊兵装の無事を確認して安堵の息を吐く。
一瞬意識を切っていたとはいえ、大した失態だと仁は己の油断を戒める。
「速い……!」
「下手に撃つな! 同士討ちになるぞ!」
黄金は只管に飛び回り殴りかかるというシンプルな動きを繰り返している。
ヒットアンドアウェイ。
一瞬たりとも同じ場所に留まらない機動力とアサルトフレームの半分程度な矮躯。
あんな形状のASID。確かデータベースにも存在した。
遥か昔、母星で遭遇したのに似た形状が居たはずだったが、関係があるのかは分からない。
確かなのは難敵である事。
飛び道具であれを仕留めるのは無理だろう。
黄金はレイヴンの隙間を縫うように移動して、常に誰かの機体を盾にしている。
同士討ちを良しとすれば可能かもしれないが――そんな決断は下せない。
「総員盾を構えろ! 近接戦闘で仕留めるぞ!」
それでも同士討ちの恐れはあるが、ライフルよりはマシのハズだ。
全機、ファランクスパッケージの盾を構え、エーテルランスによる突きを敢行する。
連動して出力を増したエーテルシールドの面。
正しく鉄壁のはずの盾を全力で殴りつけられたことで、十機のレイヴンが五メートルほども後ろに下げられた。
「何て動きをするんだ。アイツ」
こちらも自分の半分程度のサイズでしかない人型を相手にした経験が豊富な訳ではない。
それ故に攻め手にも連携にも拙い部分があるだろう。
その拙さを的確に責め立ててくる。
何時か、仁は黒騎士らを相手にした際に自分たちの戦闘経験を活かして勝利をもぎ取った。
今回はその立場が逆転している。
信じがたい話だ。この黄金の体捌きが垣間見せる蓄積された戦闘経験。
それは仁達の物よりも広く深い。
この程度の攻撃など今までに何度も捌いてきたと言わんばかりの動き。
技量はこちら以上。
単純スペックは――黒騎士に匹敵かそれ以上だろう。
あの不釣り合いな拳。
周囲が歪んで見えるのは目の錯覚ではない。
実際に空間が歪んでいるのだ。
空間干渉系の武装。
ただの拳があれだけ重くなるのも納得だった。
難敵だ。
元よりここが終着点。
仁ももう出し惜しみするつもりはない。
「コードトリプルシックス。エーテルリアクターの全リミッターを解除。エーテル出力をスラスターへ偏向。コーティング強度をミニマム」
守りに入ったらこちらが仕留められる。
あの一機はこちらを全滅させるに足る戦力だ。
そう直感した仁は追加装甲を全て切り離した。
ファランクスパッケージもこうなっては邪魔なだけだ。
最低限のアストラルパッケージだけを残し、防御を全て捨てる。
宇宙空間での巡航速度――即ち秒速4キロメートル。
一瞬で最大加速を行い、黄金の前に躍り出る。
両手に握ったエーテルダガー。
それを交互に振るうが、あっさりと相手は避けていく。
下がった相手に置いて行かれない様に、即座に追い縋った。
約八倍の重量差を、出力で強引にフォローする。
振り回される機体が上げる悲鳴を、エーテルコーティングで無理やりカバー。
執拗なまでの密着戦闘を仕掛けることで、仁は相手を抑え込むことに成功する。
「隊長!」
「お前らは円盤型を!」
仁達が突入した通路。
それ以外にも存在している通路。
そのあちこちから今まで散々相手をしてきた円盤型が雪崩打つ様に入り込んでくる。
役割分担だ。
まともにこの黄金を抑えられるのは仁しかいない。
同時に円盤型の相手までは出来ない。
ならば他の面々には円盤型を抑えて貰わないとダメだ。
『各部隊プロセッサーを発見。総数六! 推定プロセッサーを全て発見!』
それは一つの朗報だった。
後はその全てを破壊すればいいだけだと仁は考える。
破壊する? 目の前の黄金を?
(……出来るか?)
未だ、相手に攻撃を命中させてはいない。
僅か数分の攻防でもう仁の息は上がっている。
相手からの攻撃は回避できているが、それも何時まで可能か。
いや、それ以前の話としてリアクターのリミッター解除。
それは活動時間との引き換えであった。
まして今は機動力とフレーム補強にいつも以上のリアクター出力を吸い上げていた。
その限界は、早い。
シートの下から響く振動が途絶える。
リアクターが寿命を迎えたのだと嫌でも分かる。
残った機体のエーテルが尽きたら、動けなくなる。
普段ならば。
「リアクターリロード!」
上手く動いてくれと祈りながら、仁は教えられたコマンドを入力する。
腹部のリアクターが排出される。
背部の円盤が回転する。その様はまるでリボルバー拳銃の弾倉。
新しいシリンダーがリアクターの収まっていた空間へ詰め込まれる。
途端、蘇る頼もしい振動。
エーテルの供給が再開される。
その確認もそこそこに再度仁はリアクターのリミッターを解除する。
これが仁が酔っぱらって考え、シャーリーが真面目に設計した新装置。
仁のリアクターを使い潰すという戦術を支えるためのリアクターの装填機能だ。
コードトリプルシックスによるリアクター出力の増加は、強敵に遭遇した際には有効だ。
だが相手が手強ければ手強いほど、リアクターを酷使する度合いは高まり、それに比例するように稼働時間は短くなる。
強敵を相手にすればより長い稼働時間を求められるにも関わらずの矛盾。
その一つの解がこれだ。
直ぐに代わりを用意できればいい。
今回のシステムで換装可能なリアクターは六つ。
元々機体にセットされていたリアクターを含めれば七つ。
つまり通常の七倍の時間を確保できる。
同時に運用コストも通常の七倍。
こんな決戦でも無いと使えない金食い虫だが、そのお陰で仁はまだ戦い続けることが出来る。
(もう一個使っちまった!)
消耗ペースが想定よりも早い。
こんな調子では七倍だったとしても直ぐに使い切ってしまうだろう。
だというのに、打開策が見つけられない。
こうして一対一で対峙して確信した。
相手の技量は自分よりも高い。
腕一本でこちらの斬撃は全て受け流されている。
隙を作り出そうにも崩れる気配がない。
人型が面白いくらいに引っかかっていた詐術めいたフェイントにもかかる気配がない。
駆け引きの練度が違う。
むしろ仁の方が嵌められそうになるくらいだ。
黒騎士の様に一秒先は見えていないようだが、それでも尚。
辛うじて仁が先読みを駆使することでどうにか拮抗状態を生み出している有様だ。
一つの結論が仁を追い詰めていく。
(――勝てない!)
一対一では勝ち目がない。
その確信は仁にとっても初めての経験。
なるほど、これが敗北感という物かと妙な感慨さえ抱く。
そんな程度の衝撃で動けなくなる程軟ではないが、焦りはある。
残り時間の間に打開策を見つけ出さないと行けない。
だがどうするか。
数を増やしたとしても、また翻弄されるのが落ちだろう。
自分と同程度の技量を持ち、連携の取れる相手――そんな都合の良い相手など。
仁のレイヴンの首筋を、エーテルの弾丸が駆け抜けていく。
ほんの僅かに装甲の表面を舐めた背後からの一射。
気付けなかった。
機体を掠めるまで狙撃手の存在に気付いていなかった。
それは相手にとっても同じことだったようだ。
黄金が両腕を交差させての防御態勢で辛うじて防いでいる。
そう防いだのだ。即ち回避の余裕が無かった。命中、した。
一体誰が? この高速で近接格闘する中に、ただでさえ当てにくい黄金へと命中させた射手。
その疑問へ解答を見出す前に、更なる衝撃。
仁が繰り出した斬撃を回避した黄金。
その回避ポイントを狙いすましたように新たな斬撃が振り下ろされる。
相手の左腕が飛んだ。
エーテルの収束。
極限まで薄く研ぎ澄まされたエーテルダガーが相手の守りを突破したのだと仁には分かる。
同じ技法を使っているのだ。
自分が教えた技を見間違える筈も無い。
『ヤバいなコイツ。教官がこんな手古摺ってるの初めて見た』
『調子乗ると直ぐに落とされるよコウ。気を付けて』
戦場で、友軍の増援をここまで頼もしいと思った事は無い。
第三船団にエースは数名いるが、こうして肩を並べて嬉しさを感じられる相手は他にはいない。
「よく来てくれたな。笹森少尉。ナスティン少尉。難敵だ。手伝ってくれ」
『もちろんです!』
『ああ、任せてくれ』




