20 笹森メイ2
「うーん。これは脈ありなのか脈なしなのか……」
メイは澪の反応を見て少し悩んだが、まあ良いかと放り投げた。
自分は己の教官の様にそこまでお節介には成れないとメイは割り切っている。
良くも悪くも仁は教官らしくない距離感の持ち主だった。
まあ、義理の姉弟の好で援護射撃の一つくらいはしてやろうかとは思っていたが。
――忘れてはいけない。メイの射撃の腕はユーリアから酷評される物であったことを。
「でも……」
悩んでいた澪が口を開く。
「メイおねーちゃんみたいに、将来自分の子供が居たら良いなって思う」
また澪の足元にまとわりつき始めた純平の手を握りながら澪はそう呟く。
「そうですね……子供は良いですよ。ええ、正直、今なら私は両親の気持ちが分かります。どんな手を使ってでも助けたくなる」
「そうなの?」
「きっと澪ちゃんのお父さんもそうですよ。と言うかその現場を何回か見た事が有ります」
本当に形振り構っていなかった。
人型ASIDの侵攻時の記録映像を見た時は正直身体が震えたほどだ。
よくもまああんな絶望的な状況に単身突っ込めたものだと、メイは仁へ恐怖に近い感情すら覚えた。
普通の人間では恐怖で足が竦む。
何時かの自分の様に、命を投げ捨てていなければあんなことは出来っこないとメイは思った。――それは正解なのだが。
「おーいメイの姉貴来たぜ」
「おっと愚弟良い所に。この清楚な下着とセクシーな下着。澪ちゃんにどっちが似合うと思います?」
「いきなりセクハラやめろよ!?」
とりあえずどっちも買うのは止めようと澪は決めた。
前者は割と気に入っていたのだが。
「とーや君のすけべ」
「すけべじゃねえよ。俺今来たところじゃんかよ!」
「と言うか、ランジェリーショップに躊躇う事無く入れるって凄いですね守。ちょっと驚きました」
「地図まで添付して人を呼び付けておいて何て言い草だよ」
義理の姉の傍若無人振りに守は顔を顰める。
休日を潰して荷物持ちに来たのにこの扱いは酷いと彼は思った。
「えっと、久しぶり東郷」
「とーや君惚けた? 昨日の朝も会った」
「ば、おま」
「ほう、守。平日は外出禁止なのにどういうことですかね」
しょっちゅう規則違反で仁に怒られていたメイはここぞとばかりに守をいびる。
愛情表現だろう。多分。
「あの抜け道教えてくれたのは姉貴だろ」
「悲しいですよ守。私はあの道は決して使ってはいけないって意味で教えてあげたのに」
よよよ、と泣き真似をし出す義姉へ溜息を一つ。
「とーや君。ルール破ってたの?」
「まあ」
「もしかして……」
ハッと澪が何かに気付いた表情を浮かべる。
お、とメイが期待の表情を浮かべた。
う、と守が身構えた。
あ、と純平が守に気が付いてタックルの構えに入った。
「そんなにランニング好きなの?」
「違、うっ」
腹部に突っ込んできた己の甥の頭で息を詰まらせながら、澪の斜め下の回答に突っ込む。
「まもー!」
「良いタックルだな純平……でもみぞおちは止めろ。結構利く」
その体力に任せて遊びに付き合ってくれる叔父は純平も大好きだった。こうやって抱き着きに行くくらいには。
「む、じゅんぺー取られた」
「欲しけりゃやるよ……」
脇を抱えて甥っ子を澪に押し付ける。
痛む腹を擦りながら守はメイに向き直った。
「んで、何で呼んだんだよ。セクハラの為に呼んだんなら怒るぞ」
「セクハラされたのは私」
「俺がセクハラしたみたいな言い方は止せ!」
「荷物持ちですよ。とりあえずこれお願いします」
その一件目を皮切りに、メイと澪は次々と買い物していく。
大半は衣類だ。重さ自体は大したことが無いが、兎に角嵩張る。
宅配すればいいのにと思うのだが、この場で最も発言権の無い守は黙々と荷物持ちに徹した。
同じ学校と言う最大の接点を失った彼にとって、澪と並んで歩ける時間と言うのは多少の労力と引き換えにしてでも得たい物だ。
「前々から思ってたんだけどよ……こんなに服買って何時着るんだよ。一月もすればサイズ合わなくなってね?」
「とーや君。それはにょきにょき伸びる人の理屈。この裏切り者」
「背、伸びなかったんだな……」
夏休み中に5センチは伸びた守と一緒にするなと澪は睨む。
そう言えば、二年前と身長ほとんど変わって無いなコイツと守も気が付いた。
いつの間にやら随分と差がついた様だ。
「そう言えばメイおねーちゃんはとーや君の先生?」
「そうですよ。担当しているわけじゃないので、偶にしか講義で会いませんが」
「訓練校の姉貴はおっかないぜ」
何しろ指導方法は仁譲りだ。
要するに、叩いて伸ばす方式。
過酷な状況での模擬戦を繰り返して、訓練生達の技能を伸ばしている。
そのスパルタの甲斐あってか。
ここ数年の新兵の損耗率は下降傾向にあるらしい。
「愛の鞭ですよ」
「おー。愛だ」
「嘘だあ。絶対加虐趣味……痛い痛い!」
迂闊な発言をした義弟の脇腹に軽く拳を入れたメイはそろそろ昼にしようと提案する。
「何だ。ジェイクさんとこの店かよ」
「来週の澪ちゃんの誕生日パーティーの相談もしたいですからね」
「そうか。来週誕生日だったな……」
そわそわしだす守に気付いたのか、気付いていないのか。
澪が何時もと変わらぬ様子で尋ねる。
「とーや君も来る?」
「おう! 行く!」
被せ気味に即答する守を見てメイは笑う。
息子の手を引いて、向かった店は――行列だった。
「あっちゃ……この時間は混んでましたかこれは失敗しましたね」
「まあここ訓練生には人気何で」
ジェイクが訓練校の食堂を辞めたのは六年前だ。
オーバーホール中のシップ5が復旧しても、店は再開せずに食堂を続けていたジェイク。
仁辺りは自分の店を諦めたのかと思っていたのだが、実際は更にお金をためてより良い立地に店を出そうとしていたらしい。
そこがシップ1の繁華街の一角。
兎に角若者向けに量のある食事を出すという店だ。
某友人のSは語る。
『いや、まあ。あの見た目で喫茶店とか言っても暑苦しくて……うん。こういう食堂の方が似合ってるんじゃないですか』
中々酷い評価ではある。
ただ店主の姿が似合っていたのか。
それとも訓練生とそのOBOGたちの間で口コミが広がったのか。
それなりに安くてガッツリとした量のキューブフードじゃない食事が出来るという事で一躍人気店となったのであった。
「きょ、教官……」
「げ、教官だ。何でいるんだ……」
並んでいる人間の中から恐れ戦いた様な声が聞こえてくる。
その声の方向に視線を向ければ、守も訓練校で見た記憶のある顔がある。
多分別の学年だろう。
向こうも守に気付いたのか。ちょっと訝し気な顔をして、同情の視線を送ってくる。
そのメイの陰から澪が姿を見せると同情の視線が殺意に代わる。
舌打ちが漏れなく聞こえて来た。
「? 何か殺伐してる」
「うん、何でだろうな……」
この数年で澪は可愛らしい子供から美少女へと変貌した。
教官つきとは言えそんな女子と一緒に歩いている事への嫉妬を一身に浴びた守は乾いた声で答える。
休み明けの学年横断模擬戦が今から怖い。
「ジェイクのご飯を食べるのは久しぶり。お料理教室は何時も行ってたけど、最近はそっちも行ってないし……」
「そう言えば東郷は料理習ってんだっけ」
ジェイクの店では料理教室も行っている。
中々自炊をしない第三船団では需要が無いように思える。
それでもニッチな需要は確かにあった。
他の同業者が参入する前に顧客を囲い込めたのは成功したと言ってもいいだろう。
「うん」
「へえ。食える物になるのかよ」
何て憎まれ口を叩いているが、内心では。
(東郷の手料理とか超食いてえええええ!)
と絶叫中である。だが素直には言えない男心である。
「む。とーや君。私の作った鍋の事忘れてる」
「いや。あれだけインパクトのある出来事は忘れられねえ……だって鍋って煮こんだだけじゃんか。俺だって作れるわ」
「私を見くびってるね」
唇を尖らせながら、澪は守を上目遣いで見上げる。身長の関係で近寄るとどうしてもそうなる。
「今度お弁当作ってくるから。そして食べて謝って。見くびってごめんなさいって」
「あーはいはい。人間の食える物頼むぜ」
予想外の展開――でもない。結構澪が負けず嫌いである事は守も良く知っている。
ある意味掌で転がされ、だがそれに気付いていない澪。
首尾よく、意中の相手の手料理をゲットする機会を得た守は小さくガッツポーズをする。
また舌打ちが唱和した。




