09 不意打ち
「まあ兎に角、奴のエーテル出力も出鱈目って事です」
「まあそうだろうな……」
「それだけじゃないですよ。メルセのクイーンの事を思い出してください」
「何かあったか……?」
仁は思いだそうと首を傾げる。
何故忘れるんだという顔のシャーリー。
「プロセッサーの数ですよ! あのクイーンはプロセッサーが二つありました! 覚えてますよね?」
「思い出した。思い出した。確かにそれであいつ等面倒な事をしてたな」
サイボーグ戦隊との共闘――とも呼べない何かを思い出して仁は頷く。
少々怪しげな連中ではあるが、こういう戦力が欲しい時に来ればいいのにとは思わなくもない。
タイミングが悪いと言ってしまえばそれまでなのだが。
「あの巨体ですと、メルセ同様にプロセッサーは二つ……もしくは三つ。それ以上かも」
「ゾッとするぜ……あのバカでかい身体の中にある小さい箇所を探し当てるなんてうざってえ」
コウが面倒くさそうな表情を作る。
彼も教師であった仁に倣って、殴れば解決しない問題は苦手な様だった。
「まずはそれを見つけ出すところから、ですか」
「はい、先生。リアクター直接狙いはどうでしょうか! 多分一個だと思います」
先ほどの訓練生ごっこが抜けていないのか。
ユーリアが挙手してそんな質問を投げかけると今度のシャーリーは渋面となった。
「リアクターを直接破壊するのは……お勧めできませんね」
「それはまたどうして?」
「一万ラミィの出力ですよ? 下手に破壊したら暴走したエーテルが周囲を焼き尽くします」
確かに、と三人は頷く。
「拡散するとはいえ、元が元です。耐えきれるのはこのロンギヌス級位でしょう。ロンバルディア級も耐えられるかどうか」
簡単に破壊できるものではないだろうが、間違っても誤射はするまいと固く誓った。
ロンギヌス級機動戦艦はこの一隻。他はロンバルディア級戦艦とロザリオ級巡洋艦だ。
そして後者はその爆発には間違いなく耐えられない。
今回の作戦でも半数近くがロザリオ級巡洋艦だ。
リアクター破壊という事になったら遠征部隊が半壊という最悪の事態を招きかねない。
「まあ予測ではありますが……結構精度の高い予測だと思いますので出来ればしないで下さい」
「絶対しない。コウも絶対しないでよ?」
「しねえよ」
「でも結局映像と僅かな観測データからの予測です。まだまだビックリ箱みたいに何か飛び出してくると思います」
「致死性のビックリ箱は想像したく無いな……」
その予想外は間違いなく、こちらの命を奪いに来るものだ。
ジョークグッズとしては落第の類だろう。
「そうだ。大尉。機体調整ですってば」
「そう言えばそういう話だったな。と言っても出撃前に調整は済んでいるだろう。会敵予測も数日後だ。そんなに焦るなよ」
「大尉が無茶な要望言ってきたからそれを叶えるのに大分苦労した奴が届いたんですよ。機体への取り付けは完了してます」
「……え。あれマジで作ったの?」
「マジでって何言ってるんですか! 大尉が頼んできたんじゃないですか!」
「いや、ほら……酒の席の冗談というかさ……本気で作るとは思ってなかったというか」
しどろもどろになる仁の姿を見て好奇心を刺激されたのか。
ユーリアが尋ねた。
「何なんです? それって」
「聞いて驚いてください。何とこの大尉。以前にナスティン少尉も体験したあの――」
自慢と愚痴。
それを入り混ぜた様な声音でシャーリーが語りだそうとしたところで。
警報が鳴り響く。
「会敵予測は数日後……だったはずなんだがなあ」
「いつも通りの予測を上回ったって奴ですかね……」
「ユーリア。行くぞ!」
「教官もまた後で!」
弾かれた様に若手二人は走り出す。
「だから教官じゃないっての」
「どうします? 外しますか?」
突貫で取り付けられたという新装備。
本来ならば、そんな信頼性も糞も無い物は取り外してもらうべきだ。
「……いや、そのままで行く」
だがこの先の戦いでそれが必要になる。そんな予感があった。
「分かりました。一応機体側からパージできるようには成っていますので」
「助かる」
テストも無しのぶっつけ本番。
ぶっつけ本番は何時もの事かと仁は思いなおした。
シャーリーが手を加えた仁のレイヴンはまた様変わりしていた。
ファランクスパッケージをベースに、追加の推進器としてオービットパッケージの脚部を装備。
グラウンドパッケージのエーテルカノンも腰に搭載し、火力面でも増強を図っている。
おまけの増加装甲代わりにオービットパッケージの胸部装甲。
同様の装備は教導隊のレイヴン各機にも装備されている。
更に仁の機体には背中に円盤の様な背負い物が一つ。
遠目にも見えるその姿は他のレイヴンよりも一回り二回りは大きい。
「あれがさっき話してた奴かな?」
コウとユーリアが自分たちの機体に向かって進みながらそう会話を始める。
どの道、自分たちアサルトフレーム部隊の出番はまだ来ない。
通常のASID戦闘ならば先陣を切るのだが、今回は少しばかり事情が違う。
故に、多少は落ち着いていた。
「だろうな。色んなパッケージから装備をかき集めて来たって感じだぜ」
「んーでもさ。レイヴンってグリフォンみたいに全領域対応できないから個別の装備にしたんだよね? 本末転倒じゃない?」
「……分かんねえけど、追加した装備は直ぐに切り離すんだろうよ。一度だけの役割を果たせればそれで良いという考えなんじゃね」
「なるほどなるほど。コウも結構考えてるんだね……」
「ひっぱたくぞお前」
じゃあさ、とユーリアは仁機と思しき機体の背負いものを指さす。
「アレは何?」
「いや、俺にも分かんねえ。初めて見るぜあんなん」
「さっき急ごしらえで準備したようなこと言ってたもんね」
「武装のプラットフォームにも見えねえし……マジでなんだありゃ」
一見しても、あれが武装になるとは思えない。
ただ態々取り付けたくらいだ。ただの錘である筈もない。
だがやはり、常人には俄かに理解しがたい装備であることも確かだった。
「あれだけデカけりゃ機体の重心も結構変わるよな」
「ですね……私だったらバランス取るだけで四苦八苦しそうです」
「同感だぜ」
若手の中では腕利きである二人の観点でも何に使う物か分からなかったが――。
「まああの人のやる事だ。どうせまた頭のおかしな人外めいた事だろうよ」
「へいへい。人外はお前もだぜ相棒」
「知ってるか? お前も十分人外呼ばわりされてるんだぜ相棒」
戦場では五年来のバディは拳を突き合わせて互いの機体へと乗り込んでいく。
自機の陰からそれを見ていた仁はほーと感心した。
「まさか訓練生時代、あいつらがここまで上手くやれるとは思っていなかった」
「そうなんですか?」
突貫で取り付けた装備の最終調整をしながらシャーリーは画面から眼も上げずに尋ねる。
どちらかというとそれは空返事に近かったようで、視線はひっきりなしに画面の上を這いまわり、指先は軽やかに打鍵の音を刻む。
「何だかんだで正反対だったからな」
「へえ」
やはりそれほど興味があったわけではなかったのだろう。
空返事が戻ってきて仁も口を閉ざす。
余り声をかけて邪魔をしてはいけない。
「よしっ! 設定完了!」
「ありがとうシャーリー。お前が居なければ俺はきっと今日まで戦えなかった」
先ほどはあんな事を言ったが、仁も感謝している。
これが想定通りに動いてくれれば間違いなく生存率は上がる。
シャーリーもそう思ったからこそ、大急ぎで試作品を完成させてくれたのだろう。
機体に乗り込む。
「仁」
そっと無重力の中を花冠が舞う。
花弁を散らしながら仁の胸に、軽く落ちて来たそれを掴む。
「お守りです」
古のエースのゲン担ぎ。
何時かの時も、こうして渡された。
きっと今。この格納庫でも。無数の花冠が勝利を祈って渡されているのだろう。
「絶対に帰ってきてくださいよ。無茶するなとは言いません。でも、絶対に生きて帰ってきて」
「……ああ。分かってるよ」
だから。
「泣くなよ」
「泣いてませんし……」
ぼろぼろ涙を零してよく言うと仁は苦笑する。
「泣いてる相手にどうしていいのかは良く分からないんだから」
「だから泣いてませんって」
「分かった。じゃあそういう事にしておく」
あと一時間もしない内に、アサルトフレーム部隊も出撃となる。
何か言うべき言葉は無いかと思い。
だが全て飲み込んだ。
死ぬつもり何て無い。
言うべき言葉は全て帰ってきてから伝えればいい。
「……それじゃあまた後で」
「ええ。また後で!」
コックピットハッチを閉鎖する。
パイロットスーツ越しに指輪の感触を確かめる。
「見ててくれ令……」
仇を討とうとしている仁を見て、令は喜ぶかどうか。
それだけが仁には気になった。




