08 異端の怪物
そう言えば、とユーリアが思い出したように口を開いた。
「何で教導隊の教官がここにいるんです?」
「志願した」
そう。本来教導隊にまで出撃命令が下る事は滅多にない。
無論相手が相手なので黙っていてもその内下されたとは思うのだが――敢えて仁は志願した。
「何でまた……」
「澪助に止められなかったんですか?」
「ちょっと因縁があるんだよ――澪は多分我慢したんだろうな」
娘が本心から見送ってくれたことではない事を、仁とて理解している。
引き留めようとする言葉を飲み込んだのだと、それ位の事は分かる。
行かないでと言われたら。
自分はどうしただろうかと仁は思う。
もしかしたら。諦めたかもしれない。
澪が本気で行かないでと言ったのならば、この十年間の恨みを飲み下して今だけを見れたかもしれない。
だけどその時はきっと一生令の事を引き摺り続けていたのだろうとも。
「まあその分今度の誕生日は盛大に祝うつもりだ」
「露骨なご機嫌取りだな……」
「いや、やらないよりはいいと思いますけど……澪ちゃん怒ってても知りませんよ。そろそろ反抗期では?」
「澪助の反抗期か……今一想像できないな」
ユーリアとコウのイメージで一番強いのはやはり、訓練校の食堂で仁に甘えていた澪の姿だ。
反抗的になっている姿を思い浮かべろと言われても難しいのだろう。
「誕生日に会いに来るか? どうせこの作戦終わったら休暇取れるだろ」
「まあそうですね。メイの奴も会いたがるでしょうし」
「あ、私も純平君に会いたい。アンタ達の子供とは思えない程可愛いわよね」
「うるせえ」
やいのやいのとまた喧嘩を始めた二人。
これから難敵に挑むというのに緊張の色は無い。
仁とてここで屍を晒すつもりはない。
きっちり仇を討って十年の思いに決着を着けるつもりだ。
そして無事に帰れたのならば。
「もう、俺が戦う理由も無くなるからな……」
今度こそ一戦を退こう。
そう決めていた。
「大尉! 機体調整しますよ……ってあらあら。久しぶりです。お二人とも。随分と立派になられて……」
格納庫の奥から工具箱片手にキャットウォークを蹴って進んできたシャーリーが大げさに口元を抑える。
任官して成長した二人の姿を見たのは初めてだったらしい。
親戚のおばさんみたいに表情を緩めた。
「久しぶり曹長!」
「またお世話になります」
数年ぶりにシャーリーが機体を整備するのだと分かって、二人は敬礼する。
訓練生時代はそれほど意識していなかったようだが、実戦に出る様になって腕のいい整備士の存在が貴重だと痛感してきたらしい。
階級が上になったとはいえ、以前よりも敬意を持っている様子が見られた。
「そう言えば笹森少尉は私たちの間でも噂になってますよ?」
「噂?」
「大尉みたいな機体に無茶をさせる人が居るって」
「ほう、それは……誉め言葉だな」
「誉め言葉ですね」
「いやいや……コウ。アンタ今人外扱いされてるからね?」
サラッと長年の相棒と恩師に向かって酷い事を言うユーリアだったが、続くシャーリーの言葉で柳眉を逆立てた。
「ナスティン少尉も噂になってますよ。凄い細やかな設定を求めてくる人だって」
「はっ。神経質だって言われてんぞお前」
「アンタと違ってこっちは指先の感覚まで重要なのよ!」
訓練校時代は小隊指揮官として動くことが多かったユーリアだったが、任官してからは狙撃による後方支援が増えたらしい。
それ故にそちらの能力はぐんぐんと伸びている様だった。
ちなみにコウは相変わらず前衛として順調に人外への道を歩んでいるらしい。
「まあ機体に細かい目が向くようになったことは良い事だ。機体を言い訳にするのはダメだけどな」
「はーい」
「分かりました教官」
ついつい、訓練校時代の様な注意をすると二人もそれに乗っかって訓練生の様な返事をしてくる。
その様子を見てシャーリーが楽し気に笑った。
「後はあの小柄な子が居たらちょっとした同窓会ですね。大尉の後任で教官になったのは知ってますけど今も続けてるんでしょうか」
「メイなら今はコイツの嫁ですよ」
「ええ。一昨年子供も生まれました」
「っ!?」
シャーリーが衝撃を受けて固まる。
と思えばわなわなと震えだす。
「そうか……そうですよね。もう私が教導隊に移ってから五年……結婚して子供が生まれても可笑しくないですよね……」
「あっ」
ユーリアが何か察した表情をした。
「お、おめでとうございます。笹森少尉」
「ありがとうございます……」
震え声で祝ってくれたシャーリーに戸惑いながらコウは礼を返して、仁の側に寄ってくる。
「あの、年上の人にこんな事言うのも何なんですが……まだ結婚してないんですか?」
「澪みたいな事を言うんじゃないよ」
男二人がこそこそ話している時、ユーリアはシャーリーを励ましていた。
結婚だけが全てじゃないとか言っている。
多分あれは自分にも言い聞かせている。
「いや、一番身近な澪助でもそう思うって事だと思うんですが……」
「色々あるんだよ。色々と……今回の作戦終わったらその辺りも整理するさ」
そう。
全ては令の仇を討ってから。
そうしないと仁の心の一部は十年前のあの日から前に進めない。
「そ、そうだ! 確か曹長は何時だったかの遠征訓練の時に出たクイーンタイプの解析もしてましたよね? 今回の奴の解析もしてるんですか?」
段々と妙な方向の空気になってきたことを察したユーリアが手のひらを打ち合わせて話題を変える。
露骨な転換だったが、これ幸いと乗っかる。
「そうだな。俺もお前の分析結果は気になる。ASID解析元祖の家としてはどうなんだアイツは?」
「そうですね。これはあくまで個人的な解析の結果になりますが……」
コホンと咳ばらいを一つ。
ノリノリで解説を始めてくれた。
「まずあの個体はクイーンタイプで間違いないですが、他のクイーンタイプとは決定的な違いが有ります」
「違い?」
「何かあったっけ?」
「群れを持たない事か?」
恐らくは先日の襲撃時はいずれかの戦艦に搭乗していた二人は首を捻る。
「大尉が正解です。あの超大型種『スタルト』は己の群れを持たないASIDです」
「そんなの居るんだ……」
「いいえナスティン少尉。通常有り得ません。ASIDの生態は惑星の生態系を取り込み、自らも群れを拡大し、いずれは巣分けを行う物」
少々規模は大規模だがそれは生命の繁栄の流れと変わりない。
「ですが、あの個体は単独で完結している。これは推測になりますが……恐らく一度もクイーンタイプを産んでもいない」
つまり、あのASIDに連なる系譜は存在しないとシャーリーは言う。
だとしたら人類にとっては余り面白くない結果だ。
クイーンを倒せばそのクイーンが産み出したASIDは全て停止する。
それは巣分けしたクイーンも例外ではない。
あれだけの巨躯ならば相当に古いクイーンだと推測されていた。
故に、停止させられるASIDの範囲も相応に広いと。
だが、『スタルト』が一体のクイーンも生んでいないのだとしたら、ASIDの総体に与えられるダメージは殆どない。
「本来、群れを産んだり新しいクイーンを産むべきリソースを、あれは自己強化に注ぎ込んでいる」
「その根拠は?」
「映像記録見て下さいよ。どこにもファクトリーらしきものが露出していない。相当長い期間群れを作り出していない証です」
「言われてみれば確かに無いな」
「でも、本来群れに使うべき物まで自分に使ってるって事はさ……アイツってもしかして滅茶苦茶強いんじゃ」
ユーリアのその言葉にコウは呆れかえった顔を作る。
「お前何をいまさら……」
「いやいや。そうじゃなくてさ。私らが想像しているよりもヤバい相手だって事!」
「まあ実際私もヤバい相手だとは思います。そもそも全長300キロメートルって時点で装甲の厚みがヤバいです」
更にそれがエーテルコーティングで強化されているのだ。
「観測データから推定されるリアクター出力は最低一万ラミィ。下手したらそれ以上かもしれません」
「一万って桁が違うな……」
過去最大だと言われていたメルセのクイーンが4000ラミィ。一気にその倍以上だ。
「ええ。これほどのエーテルを持つ存在はそれこそタイプ0――おっと」
何か余計な事を言いそうになったシャーリーは自分で自分の口を押えた。
「うっかり聞いた相手が暗殺されるような事を口走るところでした」
「されるの俺達かよ!」
「こわっ! 曹長こわっ!」
「んな危険な情報うっかり喋りそうになるんじゃねえよ!」
冗談ですとシャーリーは言ったが――仁には冗談に聞こえなかった。




