07 束ねる剣
投入される戦力は過去最大の物となった。
第三船団防衛軍旗艦。ロンギヌス級機動戦艦『ゲイボルク』の中を仁は物珍しそうに見渡す。
トップエースと呼ばれるような彼でさえ、この艦に乗艦したのは初めてだ。
全長十キロメートルの巨体。
メインシップ以外のシップ2以降を構成しているアーク級移民船とほぼ同サイズだ。居住区もそれに見合った大きさがある。
一つの武装都市が宇宙を飛んでいるような物だった。
格納庫に並んでいくレイヴンの総数は500近い。
同様の格納庫がもう一つあるのだから、搭載数は計1000機。
第三船団防衛軍の一割を収容可能な規模だ。
移民船団には2000を残して、残りは全て出撃する。
残り7000近い機体も、ロンバルディア級戦艦やロザリオ級巡洋艦に分散して搭載される。
更に、新造されたシールド発生艦。これならば超大型種のエーテルカノンも防げるという触れ込みだ。
総数50艦による大艦隊。
それだけの戦力を揃えて尚。
勝機がどれだけあるのかと仁は不安に思う。
ロンギヌス級機動戦艦はこれまでに実戦に投入された事は殆どない。
その真価を発揮したことは一度も無い筈だ。
故に、どれだけASIDに対して有効なのか実戦データが無い。
「そもそも作戦がな」
無茶の極みと言うべきか。
あんな物よく考えてくれたなと言うべきか。
仁としては立案者にどんな言葉を投げかければ良いのか分からなくなる作戦だ。
だが。同時にそれしかないのだろうという事も理解していた。
「……昔澪と行った水族館を思い出すな」
そこに展示されていたある生き物。
まさかそれと同じことになるとは思っていなかった。
とある海産生物に己の運命を重ねてちょっと悲しい気持ちになる。
こんな事なら、あいつの姿を最後までしっかりと見てやればよかったと微妙な現実逃避をしていると。
「ほら、やっぱり教官だった!」
「あの米粒みたいな距離で断言されてもな」
賑やかな声。
聞き覚えのある二つに仁は笑みを浮かべて振り返る。
「笹森少尉! ナスティン少尉! お前たちもここか?」
「はい! 教官。お久しぶりです!」
「お久しぶりです教官。はい。自分もナスティン少尉も第一次進撃部隊に選ばれました」
口々に言いながら二人とも綺麗な敬礼を捧げていた。
コウは最後に見た時よりも背が伸びた。
未だ成長中の身体は弛まぬ鍛錬で引き絞られており、軍服越しにも内包された筋肉が察せられる。
この五年、激戦の中に身を置いていたからか。貫禄めいた物も纏い始めていた。
ユーリアは髪をバッサリと短くした。金髪のショートカット。
何時だったか理由を尋ねたら、
「宇宙艦勤務だと髪がふわふわ浮いて邪魔だったんです」
と尤もな答えが返ってきた。
配属以降、コウのバックアップとしてずっと組んできてるからか。
訓練校時代よりも息があっている様に見える。
二人とも立派に成長した。今や第三船団のエースと呼んで差し支えない戦果を挙げている。
その姿に少しばかりの感慨を覚えながら、仁も返礼を返す。
「そうか。俺と同じだな。それから教官はよせ。教えるのはお前たちみたいな問題児だけで十分だ」
「それなんだけどよ教官。メイの奴が今年の訓練生に問題児が居ると嘆いていたんだが――」
「そうか! それは良い事だな!」
「うわ、満面の笑みだ。っていうか私は問題児じゃなかったと思いますけど!」
メイが教官となり、四苦八苦していると聞いて、仁も今更ながら恩師の気持ちが分かった。
「若い頃の苦労は買ってでもする物……というだろう。きっとベルワールも俺の気持ちが分かるようになるだろう」
「嫌だなあ大尉。メイはもうベルワールじゃなくて笹森ですよ。ホント、嫌だなあ!」
急に嘆き始めたユーリアに仁は眉を顰める。
もしかして。
「ナスティン少尉。お前はあれか……ベルワールに懸想でもしてたのか?」
「大尉。寝言は寝てから言ってください」
真顔で言われた。
普段から寝言言っている奴に真顔で言われたと仁はショックを受ける。
「あー大尉。多分これあれです。メイの奴が時々言ってるんですが」
そう前置きしてコウは口を開く。
「『何時だったかユーリアったら十年後に旦那の愚痴を言い合いましょう何て言ってたんですよ』とかなんとか」
「あの子コウにまで言ってたの!?」
「ついでに後二年だけど大丈夫なのかとも言ってたな」
「メイ! 帰ったらとっちめてやる!」
「そんな事を言っているからお前は彼氏に逃げられるんじゃないのかユーリア」
「残念でした! 彼氏になる前に逃げられてるのよ! 逃げられてるのよ……!」
言い方は悪いが、三人組の内二人がくっついてしまったので余った形となったユーリア。
そろそろ二十代も半ば。婚期を意識しだしているらしい。
「諦めろナスティン少尉。軍人になった時点で結婚相手は軍関係者だ」
「嫌です……さわやか系イケメンが良いんです」
「お前理想高いな」
むしろ理想が高すぎて色々と逃しているのではないだろうかユーリアは、と仁は思った。
「そ、そうだ。澪ちゃんは……澪ちゃんはまだ彼氏とか居ないですよね!? あの子まで私を置いて行ったりしないですよね!?」
「安心しろ。まだいない。澪と付き合おうというのなら、俺よりも強く無いとな」
「やった! 澪ちゃんは独り身仲間だ!」
「大尉。あんまり厳しい条件だと将来コイツみたいにおひとりさまになりますよ」
「違うし! 私に釣り合う相手がいないだけだし!」
仁の何時もの無茶ぶりにコウが冷静に諭す。
この話題となると分が悪い事を察している仁は話を逸らした。
一年振りくらいにあったのだから話題は幾らでも沸いて出てくる。
「お前たちの活躍で助かったって言われたぞ。覚えてるか? 採掘任務の時の護衛部隊の隊長だった奴なんだが」
「あー覚えてる覚えてる。うん、確かに助けたねコウ」
「半年くらい前の襲撃の時だったか? 運悪く囲まれていたのを外側から切り崩しましたね」
「凄い動きだったって褒めていたぞ。また腕を上げたか?」
「そうですね……今なら教官と一対一でも遅れは取らないと思います」
そういうコウの態度には自信が溢れている。
決して過信ではない。それだけの実力を身に着けているのだろう。
むしろ肉体的にはコウはピークだ。本当にやったら仁も勝てるかどうか分からない。
そういう意味では、澪の恋人としてコウが一番近い。妻子持ちなので候補になる事も無いだろうが。
「腕を挙げたと言えば笹森少尉。勲章おめでとう」
ふと思い出して仁は軽く手を叩く。
つい先日の事だ。
今年のASID撃墜数が船団でトップだった事で叙勲された。
「ありがとうございます大尉」
「ちなみに大尉はあの勲章何個持ってるんです?」
「同じ勲章は何個も貰えないぞナスティン少尉。だがまあ……十個くらいは貰ったな」
指折り数えると大体そんな物だろう。
教官になって以降はその数を増やしていないが――。
「そうそう。紅十字勲章だが」
「一回の戦闘で100のASIDを撃破した時に貰える奴ですか?」
「それだ。俺が100撃破した時に、与えられる勲章が無くて新設された一番新しい奴だ」
一個前の金十字勲章は一回の戦闘の撃墜数が50で貰える物だ。
それを軽々と超えて、何も出さないのは体裁が悪いという事で仁の為だけに作られたような勲章と言える。
「金十字勲章でも数年に一度だって聞きますけど」
「実際紅十字勲章が俺以外に叙勲されたって話は聞かないな」
ユーリアの言葉に仁は軽く頷いてコウへと少し挑戦的な視線を向ける。
「お前は後何年で取れるかな?」
「……取って見せるぜ」
仁の挑発にコウはあっさりと乗ってきた。
その記録を抜いて見せると気を吐く。
「まあまずはそれだけの数を倒せる戦場に出会わないと行けないんだけどな」
「それはジレンマだな……」
「相当デカい規模の群れに襲われないとそもそもそんなに倒せないよね」
船団にとって一番良いのは軍人が活躍する様な事が無い状態だ。
勲章を得られるという事は戦闘が起きているという事。
武勲は挙げたいが、活躍の場は無い方が良い。
コウが言う通りジレンマだった。
「まあでも今回の作戦。戦果を挙げればまた勲章貰えるかもだし、頑張ろうコウ」
「そうだな。勲章の一つでもあれば、メイに言い訳が出来るものな……」
「そういう話じゃないから!」
「ナスティン少尉。残念だが……叙勲されたら多分一般人は気が引けると思うぞ」
「えええ!? どうすればいいんですか私!」
ユーリアの恋路はどうやら行き先すら見えない濃い霧に覆われているらしい……。




