06 悪夢より現れしモノ3
緊急オーバーライトで超大型種『スタルト』から逃げ出して、八時間が経過した。
仁は未だパイロットスーツを着たまま、ブリーフィングルームで副官と情報の収集に専念していた。
「……間違いないのか?」
「はい。相手はまだこちらの船団を捕捉しています」
オーバーライト航法で移動した距離は三光年。
移民船団と言う巨大な物体を瞬時に移動させるにはその距離が限界だ。
仁も詳しい訳ではないが、移動先座標の特定などの計算に時間がかかるらしい。
しかし通常三光年も離れていれば問題はないのだ。
そんな距離から遥々と飛んで来るASIDはいない。
だが相手は普通のASIDでは無かった。
「相対速度は変わらず2km/sと言ったところですね」
「普通に考えれば追いつけるはずもない、が」
「真っ直ぐにこちらに向かっていることを考えると、再度オーバーライトされる可能性も有りますね」
ここ数年、第三船団とASIDとの遭遇数は緩やかに右肩上がりを刻んでいた。
どうも、今までこちらを無視してた距離のASIDも船団に向かってきているのが原因らしいが、何故そうなったのかは不明なままだ。
もしかしたら、この『スタルト』の件もその一環なのかもしれない。
兎も角定かなのは、このままだとまた追いつかれるという事だ。
「厄介な……」
移民船団の基本戦略は常にリソースの消費を最小限とする物だ。
戦った方が消耗が少ないと考えれば戦うし、逃げた方が少ないと考えれば逃げる。
そこに後は人命の話などが乗っかってくるのだが――今回のケースはどう考えても逃走一択だ。
あれは移民船団単独で挑むような相手ではない。
ここで問題になるのが各移民船団の距離だ。
「第一、第二、第四の位置関係は?」
「公開情報になりますが第一船団は――900光年。第二船団は比較的近く70光年。第四船団は――ダメですね。1300光年」
「援軍を求めるにしても遠すぎるな」
オーバーライト航法でも万能ではない。
100光年を超える様な超長距離を飛び越えることは出来ない。
連続でのオーバーライト航法はエーテル消費から実質不可能であると考えると休憩を挟みながらの跳躍となる。
第一と第四から援軍を募っても到着までに一月、二月はかかるだろう。
艦隊をオーバーライトさせるためのエーテルをため込むのにそれくらいの時間はかかる。
第二船団ならば一回の跳躍でこちらに来れるだろうが――。
(……別におかしな動きはしていないんだよな)
八年前の一連の出来事。
それ以外で第二船団の異常な行動となると――困ったことに一件も無い。
あの遠征訓練でのクイーン討伐以降、彼らはただ苦境に立たされた第三船団の支援に徹していた。
彼らが居なければ立ち行かなくなる場面は少なくなかったのでその面では素直に感謝している。
しているのだが、仁はどうしても全面的な信用が出来ない。
それは仁の勘でしかない。
だからこそ仁には信頼が出来る。その勘が何度も自分を生き残らせてきたのだから。
それを踏まえると、やはり第二船団の距離が近いと言っても軽々に援軍を乞うべきではない様に思えるのだ。
その決断をするのは仁ではなく、防衛軍の上層部なので考えても詮無い事ではあるのだが。
「……ちょっと上の方針を聞いてみる。二人ずつ交代で休憩を取っていてくれ。ローテーションは任せる」
「了解いたしました大尉殿」
副官に休憩スケジュールを丸投げすると、仁は足早に情報を集め出す。
まずは手っ取り早い所から。
電話をかけるとワンコールで相手は出た。
「お久しぶりです大佐」
『君か。東郷大尉。先ほどの超大型種の件だね?』
かつて己の上官であった少佐。
今は昇進を重ねて大佐となっていた。
教導隊へと転属になったので直接の繋がりは無くなったが、未だにこうしてパイプが残っている。
これも派閥の一人という事になるのだろうか。仁はそんな事を考えたりもしていた。
『君なら真っ先に聞きに来るものかと思っていたよ』
「どうせ、直ぐに聞いたところでお忙しかったでしょう」
大佐ともなれば一軍を統括する立場だ。
緊急オーバーライトで逃げた後も、『スタルト』への対処を検討していて忙しかっただろう。
現に、声には僅かだが疲れが見える。
『お見通しか。まあ良い。聞きたい事は何だね?』
「……アイツにはどう対処するつもりなんですか?」
『当初は逃走――或いは移民船団全艦隊を集結させての討伐かのどちらかだったのだがね』
小さく大佐が笑った。それはどこか皮肉気な響きを持つ物。
『奴がこちらを捕捉し続けているという情報を得て、風向きが変わった』
逃げられない。
集結させるための時間さえも足りないかもしれない。
その事に気付かされてしまえばもう選択肢は一つしかない。
『第三船団防衛軍は独力で超大型種『スタルト』の討伐作戦を実行する。後数分もしない内に作戦が通達されるだろう』
なるほど、道理で大佐の口が滑らかだと思ったと仁は納得する。
後数分の誤差程度なら気にする事は無いという事だろう。
『……今だから謝ろう。君が十年前に挙げた奴の情報は情報部では真実として解析していた』
「実は知ってました」
シャーリーから聞いた話だったが、いると認識して動いているのは既に分かっていた。
『ふっ……君も随分と耳が良くなったな』
「ご指導の賜物です。それに情報を秘匿した理由も予測がつきますので謝罪は不要です」
あんな情報。無秩序に流されては船団全体が混乱する。
理解は出来る。そして怒り狂うには年月が経ち過ぎた。流石にあの当時の激情を今の今まで燃やし続けることは困難だ。
『そう言ってもらえると気が楽になるね――兎に角、十年前から準備を進めて来たのだ。君にも協力してもらいたい』
「勿論です大佐」
その為に仁は現役にしがみ付いてきたのだから。
その後も2,3確認事項を伝えて、仁は士官食堂に足を向ける。
「よう、エース。久しぶりだな」
「大尉。一年ぶりくらいですかね?」
何時ぞやの訓練生の護衛をしてくれた部隊の隊長。
その頃から細々と続いている縁ある相手の顔を見つけて仁も駆け寄る。
「そんくらいだな。そうそう。お前さんの教え子にこの前助けられたぞ! すげえなアイツ!」
「教え子と言うと……笹森少尉ですかね」
「そいつだ。正直鳥肌が立ったぞ。東郷大尉の動きを始めて見た時と同じだ」
笹森コウは順調に撃墜数を重ねている。こうして口の端に乗るくらいには。
そして彼が戦果を挙げれば挙げる程、仁への教官復帰の要望も増えてくるのだ。
仁としては苦笑いするしかない。
コウは最初から傑物だった。仁がやった事は、彼の成長を少しだけ駆け足にしただけだろう。
仁が教えなくとも彼はいずれ、エースと呼ばれていた。
「いや、今はそれよりもこっちだな。見たかよ大尉」
「ええ。見ました」
正確には見たではなく聞いただが細かい事は良いだろう。
「さっきの超大型種への強襲作戦。上は本気かよ。あの火力見てないのか」
「見たからこその決断かもしれませんね。さっき、偵察機の情報見ましたがアイツは未だにこっちを追いかけてますから」
「マジかよ……ちょっと面倒なストーカー過ぎねえか?」
「同感ですね」
ちらりと周囲を見渡せばやはり話題は超大型種への強襲作戦で持ち切りだった。
そういえばと仁はふと思う。
これまで防衛軍の戦いはその名の通り防衛戦だった。
船団に接近してきた群れを撃退する戦いだ。
だが今回は違う。
相手の居る場所に攻め込むというのはもしかしたら初めてではないだろうか。
そこまでして排除したいASIDと言うのがこれまでに居なかったという事でもあるのだが。
「もしかしなくても、これってヤバい奴だよな」
「ヤバいでしょうね」
そこまで積極的に排除したい相手と言うだけで危険性が分かる。
それを自分たちでやるというのだ。
十年間の準備。
上は少なくとも一戦交えるつもりがあった。
仁も戦いに臨めるように準備はしていた。
いざその時が来ると仁の心に去来するのは――怯えだった。
またあの化け物に挑むのかと言う怖れ。
むしろそれは一度一蹴された経験から他の者よりも強い。
半身が溶かされた時の苦痛。
全てを失ったと知った時の絶望。
それらは忘れられない。
その恐怖に屈しそうになる心に火を注いで震え立たせる。
これまでに奪われた物の全て。その代償を払わせてやると。




