05 悪夢より現れしモノ2
命令がどれだけ実情に反した物だったとしても、仁はそれに逆らえない。
仁からすれば自殺行為の出撃命令だが、だからと言って拒否するわけには行かない。
それぞれが好き勝手に動いては軍は、組織は成り立たない。
「大尉はあの個体をご存じなのですか?」
「……ああ」
隊員の問いかけに躊躇いながら答える。
実物の無い時では信じて貰えなかった――と言うよりも信じたくない内容だった。
だがこうして現物があれば説得力は違うだろうと仁は己の経験を口にする。
「今から十年前に一度遭遇した。巡洋艦クラスのエーテルフィールドを突破する超長距離砲撃と、一分以上続く面制圧射撃をしてくる」
「……今の、どこが笑うところでした?」
「残念だが冗談はゼロパーセントだ」
「化け物じゃないですか」
隊員が荒唐無稽なスペックを聞いて冗談だと思いたがるのも無理はない。
「あのバカげた巨体を見てなければ寝惚けているのかと言いたくなりますね」
「正直、見た後の俺も自分が寝惚けていないか自信が無い」
「奇遇ですな。私も自信が無いです」
乾いた笑いがブリーフィングルームに響く。
その力ない声は仁から出た物か、隊員達から出た物か。
「……兎に角、まともに戦って勝ち目のある相手じゃない。生き残る事を優先しろ」
実際問題として、あれだけの巨体ともなるとエーテル抜きでの防御力も相当だろう。
アサルトフレーム程度の火力でどうにかできるとは思えない。
「ファランクスパッケージを用意させる。総員出撃準備」
現在教導隊で試験運用中の装備。この状況でアストラルパッケージとどちらが優れているかは判断が分かれるところだ。
だが教導隊はここしばらくこの装備の運用を行っている。
いきなりアストラルパッケージを装備させるよりは整備面でも操縦面でもパフォーマンスを発揮できるだろう。
その程度の違いが、果たして生存率に寄与するかどうかは指示した仁自身疑問だった。
『スタルト』と呼称されるアレはそんな次元ではない。
シャーリーの言う始まりのクイーンだというのならばそれも納得だ。
ASIDが一体いつからこの宇宙に居るのかは分からないが、その中でも最古の存在。
今まで戦ってきたクイーンタイプよりも旧い時代から宇宙の命を食い荒らしてきた特大の害虫と言える。
勝てるのか。
弱気が頭を出す。
もう十年前となってしまった前回の邂逅。
あの時は戦いにすらならなかった。
今回も同じ結果に終わるのではないだろうか。
あれを倒すには、尋常のクイーンと同じ戦い方をしていてはいけないと仁は感じるのだ。
懊悩の中にありながらも、仁は己のレイヴンのコックピットへ飛び乗る。
「大尉。機体設定は何時も通り」
「ありがとう曹長」
この八年で昇進したシャーリーに礼を言う。
それ以上の言葉に割く時間は無かった。
ファランクスパッケージと名付けられた新装備。
第二船団のアサルトフレーム部隊によるクイーン討伐を真似て行えるようにするための武装セットと言い換えてもいい。
機体各所に追加されたスラスター。
左手で保持する大型のエーテルフィールド発生装置を内蔵したシールド。
右手で構える収束エーテルカノン。
増加したエーテル消費を賄うための予備エーテルリアクターと大型タンク。
追加された攻防それぞれの装備は複数機で連動させることでより高い効果を発揮するという実験作だ。
この装備の導入を知らせてくれたシャーリー曰く。
「実家に何か良い物無いかおねだりしたらその後売り込みに来た」
らしい。その後。
「そのついでとばかりにお見合い写真大量に置いて行かれたので戻すのが大変でした」
と愚痴られた。仁としては未だ答えを出していないので口を閉ざすしかない。
どうやらバイロン家は末っ子に一族の未来を託しているらしい。
経緯が少々あれだが、部隊運用する上では中々強力な装備だと言えた。
これまでとは違った連携――即ち部隊で固まって動く必要はあるが、戦術の幅を広げるだろう。
ただ仁個人としては殆どの装備がデッドウェイトと化しているので通常のアストラルパッケージの方が使いやすかった。
ファランクスパッケージ装備のレイヴン十二機が宇宙へと放り出される。
艦載機ではない彼らは今回船団周辺の防衛だ。
あれもクイーンならば己の群れを引き連れているはずだ。
それに取り付かれることは避けなければいけない。
しかし。
「……いないな」
『あのデカブツ一匹だけみたいですね大尉』
「ああ。妙な奴だ」
クイーン単独で行動するとはこれまで見た事が無い。
これもオリジナルの一だからこその特異性なのか。
それともこの『スタルト』だけの性質なのか。
そこは情報が少なすぎて判断が付けられない。
「CP。想定されていた群れの存在は確認できない。指示を乞う」
戦力的な事を考えれば前に上がるべきだろう。
ただ、結局のところ自分たちが戦力として数えられるべきなのかどうかの判断が付かない。
何時もならば前線に上がる事への許可を求める仁が指示を求めている。
それ自体が一種の異常事態だ。
『こちらCP。後衛部隊は別命あるまで引き続き警戒態勢。以上だ』
『……何か動き鈍いですね』
「そうだな……」
どうにも指揮所も司令部も混乱しているような雰囲気を感じる。
嫌な流れだと仁は思う。
得てしてそういう時は戦力が遊んでいたり、一貫性の無い指示がきたりする。
既に自分たちがそうなっているのだから笑えない。
或いはもっと単純に上でも対応を決めかねているのかもしれない。
瞬間、センサのエーテル反応が膨れ上がった。
アサルトフレーム程度の感知限界をあっさりと振り切ったそれは紛れもなく攻撃の予兆。
五千キロメートルの彼方からこちらを狙っている輝きが増していく。
『っ! 大尉!』
「全機回避行動を!」
咄嗟に指示を出すがそれにどれほどの意味があるだろうか。
相手の攻撃範囲が分からない。
前回の交戦時の2.5倍の距離からの砲撃。
即ち相手の攻撃性能の底は前回見た物よりも深い。
そんな物を、どうやって回避すればいいのか。
そして、灯った極点が奔流へと代わり――。
「……逸れた?」
船団とは全く別の方向へと放たれた砲撃に仁は気の抜けた様な声を出した。
生み出されたエーテルの柱。
付近に恒星の無いこの宙域に、曙光が差した様だった。
一種神々しさすら感じる光景。
『映像からの推定射程は……約5000キロメートル』
「サイズからすると射程は短い方だな……」
己の二十倍程度の射程しか持たないのだ。
人間に比べればその比率は極々小さい。
そんな物は何の慰めにもならないただの逃避だと仁にも分かっていたが。
『砲撃の直径は約五キロメートル。まあ回避は無理でしょうね……』
「だろうな……」
瞬時に相手の照準を見切ってその範囲の外に逃れる。
照準ど真ん中だとしたら2.5キロメートルも一瞬で移動しなくてはいけない。
現実的では無いだろう。
「しかし何故外したんだ……?」
『威嚇射撃でしょうか』
「分からん」
全く船団とは別の方角へ向けられた砲撃に仁達は疑問符を浮かべる。
第三船団の人間は知る由も無かった事だが――。
その砲撃は威嚇では無かった。
確かに相手を狙った物だ。
光学迷彩搭載型のロンバルディア改級戦艦。
第二船団が所有するその戦艦の一隻は第三船団を常に監視していた。
言うまでもなくハロルドの仕込みだ。他にも研究施設など、第三船団に非公式な設備を幾つか保有している。
その艦が超大型種のデータを計測しようと接近し――。
存在を見破られて砲撃で撃墜されたという事だ。
一瞬で溶かし尽くされたその艦の存在に、第三船団は気付けなかったのだ。
「……中隊各機。船団にしがみ付け。緊急オーバーライトが実行される」
今の一撃を見て、この距離で交戦するという決断を下せるのはよほどの蛮勇を誇る人間だろう。
真っ当な感性を持っていればあんな物を自分たちの足元に突き付けられて戦いは選べない。
「振り落とされるなよ! 後から拾いには来てもらえないぞ!」
自身も船団に張り付きながら、仁は小さく安堵の息を吐いた。
吐いた自分に気付いて愕然とした。
戦わずに済んで良かったと思っている。
そんな事は初めての経験だった。
既に敗北感を刻まれている己に慄きながら――再び超大型種『スタルト』から逃げ出した。




