04 悪夢より現れしモノ1
その日は仁にとっては変哲もない一日のハズだった。
教え子の二人が任官し、一人が自分の後任として教官になり、そこから仁は己の技能を維持するための生活に入った。
教導隊の仕事は割と性に合っていた。
相手のレベルに合わせるのではなく、相手のレベルをこちらに引き上げる為に叩きのめす。
むしろ未熟な訓練生を相手にするよりも仁としてはやりがいがあったとも言える。
同時に、一部の正規兵はあの問題児三名に劣る程度の腕前しかない事を知って、少々呆れた事も有ったが。
兎に角、上手く回っていた。
仁としては日々腕前をさび付かせない様に――否、今以上を目指してレベルの高い訓練と模擬戦を繰り返せる。
それが望んでいた事なのだから文句はない。
ただ、上層部から要求される教導内容が対人型ASIDに偏っているのは少々辟易とさせられた。
基地の休憩室で、コーヒーを片手に仁は体面の相手へと愚痴る。
「もう八年も遭遇していないんだぞ……? 遭遇宙域から何百光年離れたと思ってるんだ」
「まあ距離については余り関係ないかもしれないですね。人型のオーバーライト技術はこちらを凌駕している様でしたし」
教導隊の整備士として同時に移籍してきたシャーリーが仁のレイヴンの数値を眺めながらそう応える。
「それに、やはり過去最も被害を受けたのが人型ですから。その対策を――と言うのは分からないでもないです」
「だからと言ってな。正直、いい気分には成れない。言い繕っているがこいつは」
「対人戦闘訓練……に限りなく近い何かですね」
仁が気乗りしない理由はそれだ。
何しろ人型は何をしてくるか分からない。
相手の戦力も不明。だからこそ、あらゆる状況の想定が許されている。
「この前の想定何てあれはレイヴン同士の大規模戦闘だ。あんなのは他の防衛軍と交戦しない限りは有り得ない」
「他の船団も、同じ言い訳で似たような訓練をしていますからね。一体どこが始めたのか」
最初にそんな抜け道を見つけて始めてしまったのがどの船団だったのかは定かではない。
ただ確かな事は、ほぼ同時期にどの船団も同じような事を始めたという事だ。
「それにもう一つ。今流れている噂。聞きましたか?」
「……オリジナルクイーンの話か」
「そうです。あくまで噂レベルですが――」
だがその内容はほぼ真実だ。
クイーンを倒すとその系譜のASIDは全て機能を停止する。
全てのASIDの祖である九体のクイーン。
それらを発見し、討伐する作戦が計画されているという物だ。
「されてるのか? 作戦」
「分かりませんよ。むしろそう言う話は仁の方が入ってくるのでは?」
「大尉風情に降りてくる情報なんて限られてるっての。それよりも、シャーリー。お前の兄貴とかまた何かやって無いのか?」
「ハロルド兄さんもここ数年は第二船団に籠りっきりですね。今は何をしているのか」
この八年間。
第二船団の怪しげな動きはピタリと止まった。あくまで仁達が把握している範囲においての話になるのだが。
「その噂の裏付けになっている情報が問題なんですよ」
「噂に裏付け何てあったのか」
対して興味も無かった仁は聞き流していたのだが、シャーリーはしっかりと調べていたらしい。
「もう少し周りに興味持った方が良いですよ、仁。これ、ここ数年の各船団の保有戦力の推移です」
「……おいおい。どこも右肩上がりじゃないか」
第三船団は八年前の人型襲撃で大打撃を受けた。
それ故にその戦力を復旧させるために、前年比の戦力は急激に伸びている。
その陰で、伸ばす必要のない他船団も戦力を増強していたのだ。
そして、戦力の補充が終わった第三船団だが今尚その増強を止める気配が無い。
際限の無い軍拡。
「こんなことをしているのだから、よほどヤバい相手と戦うに違いない、か」
「或いはそう思いたいのかもしれませんね」
防衛軍の多くはASIDから人を守るために志願した者達だ。
それ以外を見ていけばASIDへの復讐なども含まれてくるが――やはり、外敵であるASIDに対しての動機が多い。
故に、今の現状を認めたくないという思いがあるのかもしれない。
まるでこれは、移民船団同士の戦争を画策しているかのようだと。
上層部の考えが奈辺にあろうと、軍人である仁達はそれに従うしかない。
だがそれが同胞を撃てと言う物だった場合。
どうすればいいのか。
「まあ単に考えすぎかもしれませんけどね。単にどちらも、噂通りオリジナルクイーンを倒すための準備かもしれないですし」
「……だな」
そう言って二人とも口元に笑みを浮かべる。
余り悲観視してもいい事は無い。
「しかしオリジナルクイーンを討伐するって言うのなら早めに頼みたいな。ここから更に十年後って言われたら俺現役辞めてるぞ多分」
「いや。仁はまだ現役な気がしますよ……っていうか、50過ぎてもまだ現役な気がします」
「はっはは。まさか」
仁は笑っているが、シャーリーは笑えない。
何しろこの男、三十も半ば近くになっても尚トップクラスの腕前を堅持している。
いや、経験と言う意味では重ねた年月分上乗せされた。
勇猛さは変わらず。そこに老獪さも加わり始めて、下手をしたら以前よりも強いのではないかと思えるほどだ。
ただ仁本人からすればまた話は違う様で。
「高G機動も年々しんどくなってきてるしな……あと朝が辛い」
「ああ。澪ちゃん言ってましたよ。おとーさん最近全然朝起きないの! って」
「物真似全然似てねえ」
「煩いですよ。親バカ」
確かに肉体的には最盛期を過ぎて下り坂に入り始めている。
だがそれを少しでも遅らせようと仁が手を尽くしていることも知っていた。
そこまでして現役にしがみ付く理由。
それは既に聞いていて明らかだ。
前に進むために。
どうしても仁にはその一区切りが必要なのだった。
「と言っても現在位置も何も分からないのでは――」
シャーリーがそう言いかけたところで、基地全体で警報が鳴り響く。
コーヒーをテーブルに置いて、二人は休憩室を飛び出す。
「……これ、どう思う?」
「第一種警戒態勢。前に発令されたのは人型の襲撃時ですね」
「それと同等の脅威が間近に迫っている、って事か」
二人の中の認識が一致していることを確認して、それぞれ別の場所へと走る。
仁は隊のブリーフィングルーム。
シャーリーは格納庫へ。
「状況は?」
「はい、大尉。船団から一万キロメートル地点に空間振動を検知しました。推定全長300キロメートルの巨大構造物がオーバーライト。現在第三船団に接近中」
副官が告げたその数字に、聞き覚えがあった。
「おい、まさかそれは――」
「こちら、映像になります」
差し出された映像は――見間違えようの無い姿。
ああ。そうだと仁は頷く。
夢に見る程に恋焦がれた姿だ。
灰色の鈍い輝きを持つ体表。
細長いワームめいた見た目。
相変わらず特徴だけはミミズ型と大差ない平凡な物だが――サイズだけが圧倒的。
対比物が無ければその大きさを正確に測ることも出来ない、遠近感を狂わせる怪物。
「防衛軍司令部は、この超大型ASIDを『スタルト』と命名。現在対応を協議中です」
「速度は?」
「相対速度で2km/sと言ったところでしょうか。今のペースですと約90分後に船団に接触されます」
「……いや、奴の攻撃範囲に入るのはどんなに遅くとも一時間程度だ」
「大尉?」
「何でもない」
思わず十年前の苦い記憶を思い出して、仁はそう呟いた。
無論、何も知らない副官にとっては根拠のない意味不明な数字だろう。
だが、あの時仁の乗っていた巡洋艦を沈めたは。
令の乗っていた連絡船を沈めたのは2000キロメートルの距離を駆け抜けた超長距離砲撃だったのだから。
発射のインターバルを考慮したとしても、あれを防げなければ第三船団は下手をしたら五分で全艦沈められる。
逃げるべきだと仁は思った。
船団周辺で戦っては決して勝てない。
どれだけベストな戦いを繰り広げたとしても相打ちだ。
人型どころの脅威ではない。
あれはまだ戦いになった。
だがこの超大型種は――スタルトと名付けられた個体は違う。
これに戦いを挑むのならばこちらにとって最大限有利に働く戦場でなければ、そも戦いが成立しない。
故に、これは戦いではない。
「全艦隊に出撃命令。我が隊にもスクランブル要請です、大尉」
ただの自殺だ。




