10 開戦
元々第三船団の艦隊で超大型種『スタルト』を包囲する作戦だった。
予定された宙域で接敵し、どう艦隊を展開させるかの作戦案とそれに合わせたシミュレーション。
準備は万端だったと言える。
その出鼻をいきなり挫いたのが、艦隊中央へのスタルトのオーバーライトだ。
「空間振動を検知! 超質量のオーバーライトです!」
「全艦回頭! 回避だ!」
ロンギヌス級機動戦艦『ゲイ・ボルク』の艦橋で艦隊司令官が叫ぶ。
その指示は妥当。
しかし余りに時間が足りなかった。
艦隊のど真ん中に現れた超大型種。その全長は300キロメートル。
それだけの物体がいきなり現れたら、当然そこにいた艦は押しのけられる。
艦隊というのは距離を取りすぎていては咄嗟のフォローが出来ない。
それ故にある程度は密集している。
その二つを合わせれば何が起こるか。
突如として出現した超大型種に押し出された軍艦がぶつかり、絡み合い隊列を崩していく。
揺れに耐えながら、艦隊司令官は指示を下す。
「パターンD2に移行する! 各艦陣形を立て直せ!」
立てられた作戦プランの中には――今回の様なケースも含まれている。
一番ベストなのは艦隊が通常航行で会敵し、包囲するパターン。
逆に最悪なのが今回のケース。
相手からこちらの準備が整う前に飛び込んできた場合だ。
「シールド艦前へ! 敵の砲撃が来るぞ!」
スタルトはその巨躯を震わせるようにする。
その動きだけで未だ接触したままのロザリオ級巡洋艦が一隻火を噴いた。
ごった返した周囲の艦隊の中からシールド艦――エーテルフィールドの展開に特化させた特殊艦が前に出る。
攻撃能力はネイル級駆逐艦にも劣るが、防御性能だけならばロンバルディア級戦艦以上という触れ込みだ。
灰色の長大な身体の各所が光り輝く。
それに合わせて、シールド艦がそれぞれエーテルフィールドを展開させ始めた。
次の瞬間、恒星が現出したかのような輝きが艦体中央に生まれる。
無数のエーテルの弾丸。その総数は数えるのも馬鹿らしい。
アサルトフレームならば一発で消滅。
ロンバルディア級戦艦とてエーテルフィールドで逸らさずに直撃を受ければ無視できないダメージを負うだろう。
「フィールド展開!」
『ゲイ・ボルク』も無為に受ければ危険。
展開したエーテルフィールドがシャワーの如き掃射を逸らしていく。
だが忘れてはいけない。
かつて仁達が遭遇した時も、防ぐことは出来たのだ。
問題はその時間。
この規模の攻撃をスタルトは延々と続けることが出来る。
対して軍艦のエーテルフィールドは常時展開することは難しい。
我慢比べでは分が悪い。
それ故のシールド艦だ。足も遅く、火力は皆無。
だがその防御能力は比較にならない。
その持続時間もだ。
スタルトの限界は分からない。
だがそれでも防御を前に出たシールド艦に任せることで艦隊は思い切った動きが出来るようになる。
「エーテルカノン用意! 照準データリンク。目標――敵超大型種!」
艦隊がそれぞれのエーテルカノンでスタルトを狙い始める。
シールド艦の陰に隠れて、大型リアクターの生み出したエーテルを砲身へと注ぎ込んでいく。
艦隊同士を繋ぐデータリンクにスタルトの一か所を狙うという情報が展開された。
数十隻の艦による一斉射撃。
先ほどのスタルトの攻撃に比肩する程のエーテルを用いた砲撃は――しかし大した戦果を挙げられなかった。
「……やはりこのサイズに対しては無力か!」
ダメージは確かにあった。
エーテルコーティングを突破し命中したスタルトの装甲は吹き飛び、内部を露出した。
だがそれだけだ。
破壊された面積は精々が一万立方メートル。一辺が百メートルだ。
今の調子で全長300キロメートルもある巨体を破壊するには3000回繰り返しても全く足りない。
オマケに既に再生が始まっている。
相手が大きすぎるのだ。
表面をいくら削っても削り切る前に再生されてしまう。
ASIDの再生にも限度がある。
あくまで、自分の別の箇所から素材を持ってきて穴を埋めているだけで、無から有を生み出しているわけじゃない。
だから。これを繰り返せば理論上は倒せるはずなのだが――そんな悠長なことをしている間に先に人類側が音を上げる。
それでもダメージはダメージ。
人類側は沸き立ち――スタルトは苛立った。
「来るぞ!」
誰かが注意を促す。
仁が嘗て持ち帰った情報。
軍艦を一撃で沈めた超大型種の砲撃。
先が恒星ならば、今度は超新星爆発か。
収束された極大のエーテルカノンがシールド艦に突き刺さる。
エーテルフィールドがその砲撃を拡散させる。
恐ろしい事に、その余波だけで不運な巡洋艦が一隻沈められた。
永遠にも思える程の長い砲撃の後。
シールド艦は――耐えた。
恐らくはロンバルディア級戦艦でも防げなかったであろう威力の攻撃を凌ぎ切った。
行ける。
そんな空気が艦体に広がっていく。
相手の攻撃を防ぐ手段があるのならば。
そしてこちらの攻撃を通す手段があるのならば。
少なくとも戦いにはなる。
そんな希望を抱いたところで。
第二射が来た。
辛うじて耐えきった直後のシールド艦は耐えられなかった。
誰も彼もが見誤っていた。
あれは。超大型種にとっても全力の攻撃であると。故に連射は出来まいと。
見誤っていた。
その桁外れの戦力を完全に見誤っていたのだ。
「敵、リアクター出力予測を修正します」
観測手が震えながら報告する。
「敵リアクター出力は、2万ラミィ……推定値の倍です」
戦闘中の艦橋でありながら、沈黙が横たわる。
爆散したシールド艦の残骸が艦体を叩く音だけが支配して、そして。
艦隊司令官のくぐもった笑い声が響きだす。
当初、気でも触れたのだと思った。
余りに絶望的な戦力差にそうなったとしても不思議はない。
そんな誰もが納得してしまう様な理由があった。
「2万か! その程度で助かった!」
そう言って笑う。
何を言っているのだという視線。
「狼狽えるな。その程度の出力で」
「し、しかし。我々が遭遇したASIDの中でも最高の出力はメルセクイーンの4000。その五倍です」
「確かにな。だが母星で戦った時の戦力差はそんな物ではないぞ」
その数字は誰もが知っている。
防衛軍に入る際、誰もが習う戦史だ。
「我らが父祖は2000ラミィのクイーンタイプに、1ラミィ程度の戦力で挑んだ。それに比べれば今回の戦力差など差にもならん」
実際の所はどうだったのか分からないが、記録ではそうなっている。
少なくとも絶望的な戦力差にも屈しなかったから今の移民船団は存在するのだ。
「陣形をパターンJ6へ。艦同士の距離を離して広く包囲の網を敷け。あの火力では纏めている方が危険だ」
互いのフォローが困難な距離となったとしても、一度に複数の艦がやられることを避ける。
シールド艦だけは前に出て後衛の艦隊の被害を減らしてもらう。
完全な貧乏くじだが――後はスタルトが連続で主砲と思しきエーテルカノンを撃ってこない事を祈るしかない。
あれを連射されたらどの道どこに居てもどの艦であってもおしまいだ。
そして艦同士の距離が開いたことでもう一つの副次的な効果が、いや最大の効果が生まれる。
「敵の主砲は強力だ。だからこそどうしたってその予兆は隠しきれん。それを見逃すな」
攻撃の予兆が分かれば。そのタイミングが読めるのならば。
回避は不可能な話ではない。
先ほどまでは艦同士の距離が近かった。
だが今の距離ならば回避するためのスペースは十分にある。
左舷を焼かれながらも回避するロンバルディア級戦艦。
鈍重な戦艦でも回避することが可能になった。
広い包囲陣形に移ったことで、艦それぞれの火力の集中は難しくなった。
角度のせいで狙えなくなった艦も増えてしまったのだ。
だが問題はない。
何故ならば最初からこの艦隊戦は前哨戦でしかない。
こんな打ち合いで決着を着ける気など無かった。
何しろ、その道を選んだ場合は持久戦。人類には分が悪い。
「……諸君。これまで無駄飯ぐらいだと罵られてきたが、その悪名。返上する時が来たぞ」
艦隊司令官――即ち、ロンギヌス級機動戦艦『ゲイ・ボルク』の艦長が声を張り上げる。
「各員配置に着け! 本艦はこれより近接格闘形態に移行する!」




