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25 葉色が移ろう頃

 10月になった。

 

 驚くほどに平穏な日々が続いている。

 正直仁からすると拍子抜けする様な日々で。

 

 だが、これが本来のあるべき姿なのだろうとも思う。

 そもそも教官になったのに二か月に一度のペースで実戦に巻き込まれていたのがおかしい。

 

 そうして澪と暮らし始めて9か月が経った頃。

 

「おとーさん嘘ついた!」

「いや、悪かった澪。嘘を吐くつもりは無かったんだ……」


 ご立腹の澪に仁は怒られていた。

 

「夏になったらプール連れて行ってくれるって言ったのに。もう秋だよ!」

「はい、ごめんなさい」


 という事である。

 

 仁もすっかり忘れて。

 澪もすっかり忘れていたのだからお互いさまと言えばお互い様。

 

 だったのだが、ふと澪は思い出してしまったらしい。

 

「おとーさんと泳ぎたかったのに」


 そんな事を言われてしまっては仁も黙っていられない。

 世の中には温水プールという物がある筈だった。

 

 季節外れではあるが、約束を履行すべく仁と澪はプールへと向かう。

 

「そう言えば澪、水泳の成績はどうだったんだ?」


 まだ二学期の成績は受け取っていないので仁には分からない。

 

「褒められた!」

「そうか。褒められたか」


 分からない。

 

「んとね。フォームが綺麗ですねって言われたの」

「ほう。それは凄いな」


 水着に着替えて。

 レンタルの浮き輪を借りる。

 

「これなに?」

「浮く奴」


 仁の伝え方にも問題はあったが――澪はそれが何なのか想像できないらしい。

 学校の水泳では使わないから当然だろう。

 

 流れるプールの上で、プカプカと浮き輪で浮いている人を見たら使い方を理解した様だったが。

 

「おー。新感覚」


 そりゃ良かったと仁も脱力して澪の隣でぷかぷか浮く。

 

 実のところ、仁は水中というのは嫌いではない。

 無重力程ではないが、身体が軽くなる感覚。

 その浮遊感が気に入っている。

 

「そういえばおとーさん。こうが前言ってたんだけど」

「笹森訓練生が?」

「泳げるようになると宇宙でも動けるって本当?」

「あーそうだな」


 感覚としては近い物がある。

 自分の訓練校時代や今の訓練生達を思い返すと。

 

「泳ぎが上手な人は宇宙でも直ぐに動けるようにはなってるかな」


 という感想が出てくる。

 

「おー。じゃあみおも頑張る」

「何だ、澪は宇宙に行きたいのか?」

「おとーさんのお仕事手伝う!」


 良い子。と仁はちょっと感動。

 

「ありがとう澪。でもおとーさんの仕事はちょっと危ないからな」


 出来れば澪にはそう言う争いごととは無縁でいて欲しいと親としては考えてしまう。

 

 ……既に二回ほど巻き込まれているのだから尚の事。

 

「危なそうだからみおが守ってあげるの!」

「澪がもっと大きく。俺よりも大きくなったらな。それまではおとーさんが守ってあげるから」

「むう。早く大きくなりたい」


 尚、仁の身長は180越えである。

 比較的小柄な澪が追い越すのは相当苦労するだろう。

 仁はそれが分かって言って、澪は多分分かっていない。

 

「おとーさん、あの滑り台何?」

「ウォータースライダーか?」


 流されていると、澪が新しい物を見つけた。

 好奇心に満ちた目で問われて、仁も答える。

 

「水の流れる滑り台だな」

「でっかい」


 もう聞くまでも無い。澪の視線はそこに釘付けだった。

 

「乗るか?」

「乗る!」


 即答。流れるプールから上がって列に並ぶ。

 季節外れのプールだというのにここだけは並んでいることから人気が伺える。

 

「そういえばね、とーやくんが最近変なの」

「そうなのか?」


 それは少し心配になる事だった。

 退院してから約二か月。

 完治したはずだったが、何かしらの後遺症が残っているのかもしれない。

 仁は懸案する。

 

「何かね、こうみたいになってるの」

「んん?」


 良く分からない例えが出て来たなと仁は首を捻る。

 

「それはあれか。言葉遣いが汚くなったりとか……」


 コウっぽいと言われて最初に出てくるのがそれというのが教官としてどうなのかというのはさておき。

 

「後は力こそ全てとか言い出したりとか」


 二番目に出てくるのがそれというのもどうなのか。

 

「そうじゃなくてね」


 んーと澪は考え込む。

 

「何かイケメンに見える」

「は?」

「何でだろう」


 娘のその問いかけに仁は。

 

「多分東谷くんがかっこつけてるんだよ」

「おーなるほど」


 大人げない回答を返した。

 

 ちょっと、いやかなり仁としては心穏やかではいられない。

 要するにこの娘の反応は守を意識しているという事なのかと考えてしまう。

 

(東谷くんなあ……)


 何度かあった彼の事を思い返す。

 最初に会ったのは、智がストーキングしてたのを助けてくれた時だ。

 それ以前にも子分として澪をフォローしていたらしいと、バーベキューの時に雅、エミッサから聞いていた。

 そしてこの前の惑星メルセ。

 身を挺して娘を庇ってくれた大恩人だ。

 

 総合的に考えると。

 

(……あれ。特に今のところ問題ないな)


 将来的な事はさておき、現段階では結構な有望株ではないだろうか。

 澪を大事にしてくれそうという点では文句のつけようがない。

 

(いやいや。俺よりも弱い奴は認めないから……)


 ちょっと今度から厳しくチェックしようと仁は決める。

 どこかで一人の少年がくしゃみをした。

 

 そんな話をしながら順番の回ってきたウォータースライダーを、一気に滑り落ちる。

 

「ひゃー!」


 澪の悲鳴なのか歓声なのか分からない声。

 その澪を膝で抱えながら滑り降りる仁。

 

 流石に早いとはいえ、秒速数キロの世界に居る仁にとっては遅い。

 ただ生身でこれだけの速度が出ていると考えるとちょっと怖いが。

 

 そうして終端のプールに突っ込んで。

 びしょびしょになった澪が興奮気味にもう一回とせがむ。

 

 残念ながら、プール内は視界スクリーンショット禁止区画なので撮影できない。

 この表情を記録に残せないのは残念だった。

 しっかりと覚えておこうと記憶に焼き付ける。

 

 その後も四回ほど滑り落ちた。

 ここに来て仁も初めて知った。

 どうやら澪は絶叫系が好きらしいと。

 

 皮肉なことに。それはパイロットとしての適性の一つだ。

 まずあの速度に耐えられなければパイロットにはなれない。

 

 肉体的だけではなく精神的にも。

 無論、それだけで全てが決まるわけではないが、自らが出す速度に恐れていてはダメだというのは変わらない。

 

「楽しかったねー」

「ああ。そうだな。うん、凄いはしゃいでたな澪」


 勉強も好きだが、身体を動かすのも好きという優等生の澪は、今日も大満足だったらしい。


 結構身体を動かしたにも関わらず、今日は足取りもしっかりしている。

 

「おとーさん、おとーさん。またウォータースライダーやりたい!」

「そうだな……いや、今度はジェットコースターにでも乗ってみるか?」


 多分好きだ。

 今日見ていて仁は確信を持つ。


「どういうの?」

「あーこう言う奴だ」


 口で説明できる気がしなくて。

 仁は第三船団で一番大きなジェットコースターの動画を見せる。

 

「乗りたい!」

「だと思った」


 じゃあ今度はそこにしようと、仁は約束する。

 

「今度は何時?」

「あーなるべく近い内に……」


 どうせなら空いている時期に行きたいと思う仁は、平均入場者数を調べようと決める。

 

「最近楽しい事一杯で嬉しい」

「そっか。そりゃ良かったな」

「おとーさんも病院行かないし」

「うん。なるべく入院しないようにします」


 浮かれた足取りで澪は歩きながらそう言う。

 日々が楽しいと言って貰えると、それを演出している仁としても嬉しい評価だ。

 

 本当に。

 何気ない日々が仁としては愛おしい。

 

「遊園地、楽しみ!」

「どのアトラクション回るか一緒に見ようか」

「うん!」

 

 今から楽しみにしている澪の手を引いて、家に辿り着く。

 鍵を開けようとした仁を澪が制した。

 

「みおが開けるの!」

「はい。お願いします」


 いそいそと取り出したペンギンキーホルダー付きの物理キー。

 掌をスキャナーに翳せばすぐなのに、態々それを使うあたり相当気に入っているらしい。

 

 ちょっと差し込むのに苦戦して。

 鍵を回して、家の中に入る。

 

「おとーさんただいま!」

「おかえり澪」


 その挨拶が何よりも幸せだと言わんばかりに澪は笑顔を零した。

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― 新着の感想 ―
[一言] だからこういうのはフラグにしか見えないんですよ……! とーや君?優良物件だから多少親馬鹿少なくしてあげて(行き遅れになっても知らんぞ
[一言] 日常が続くほど不安になる作品よ・・・ 澪は順調に良い子に育っている とーやくんは優良物件ですよ!
[一言] 日常回なのに不安が増す。
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