26 陰謀の終わり?
11月のある日。
「え、帰るんですか、ハロルドお兄様」
「そんなに意外かな、シャーリー。むしろここに四か月もいた。少々長居が過ぎたよ」
「それは確かにそうなんですが……」
兄に食事でもどうだい? と誘われてノコノコやってきたシャーリー。
その中で告げられた第二船団に帰るという言葉はとても意外だった。
何しろ、仁とシャーリーの目算ではハロルドは間違いなく第二船団絡みの陰謀に絡んでいる。
そして今尚、その全貌が見えていない。
人類の為になる事だという彼らの言葉を信じるならば、何か変化がある筈だ。
だというのに何もない。
今日という日は変わらず。
惑星メルセでの出来事以降特筆すべき事項は無い。
ASIDとの遭遇は何時も通りにある。
そしていつも通りに防衛軍の護衛艦隊が撃退する。
そこにイレギュラーが入る余地はない。
間違って訓練生が実戦に巻き込まれることもない。
移民船団にとっての日常である。
「何か目的があって来訪したとばかり」
「勿論目的はあったよ。それが済んだから帰るのさ」
「はあ……差し支えなければそれを聞いても?」
「そうだね。うん、まあ君なら大丈夫だろう。でも他言は無用だよ?」
そう言って、ハロルドは一枚の写真――それも印刷された物だ――を取り出す。
わざわざ紙媒体に記された物が珍しくてシャーリーも遠慮なく見つめた。
「これは、ASIDですか?」
「そう。優美香ノートは知っているね?」
「まあ噂は。曾々々々……幾つ付くのかは忘れましたが祖母様の書いた手記ですよね」
「多分多いかな。内容は知っているかい?」
「それは全く。噂だとASIDの起源について記されているとか居ないとか」
「中々、噂話も馬鹿に出来ないね」
真相を突いていた噂話にハロルドは苦笑いを浮かべる。
苦労して写本を手に入れた彼としては、笑うしかない。
「これは私も聞いた話になってしまうが……クイーンの系譜を遡っていくと九体のクイーンタイプに行き着くらしい」
「ほう。興味深いですね。つまり、その九体を倒せばASIDは全滅すると」
「そう言う話だね。そして二年前にその内の一体が見つかった」
「へ?」
その年数の一致にシャーリーは間の抜けた声を挙げた。
いや、偶然だろうと思いたいのだが、仁は言っていた。
信じがたいほどに巨大なASIDと遭遇したと。
「この写真に写っている個体だが……全長は約三百キロ。メインシップの約六倍だ」
「これが最初の九体だと?」
「その可能性が高い。第三船団が遭遇したと聞いてね。漸く今回情報が開示された」
そう確か仁はこうも言っていた筈だとシャーリーは思い出す。
ブラックボックスが損傷したため、仁の証言以外に証拠が無かった。
それ故にあの出来事は不幸な事故として扱われたのだと。
だが違う! とシャーリーは叫びたくなる。
こうして船団は情報を得ている。
つまり、隠匿したのだ。こんな巨大な一生物が居てはいけないと。
或いはパニックを恐れたのか。
何れにしても、仁の証言は握り潰された。
「シャーリー? どうかしたのかい」
「いえ……こんなものがいるとは思わなくてビックリしたもので」
若干顔色を悪くしたシャーリーをハロルドは気遣う。
この事を、どうやって仁に説明しようとシャーリーは今から頭を巡らせる。
「さっき君が言った通り、こいつを含む九体を倒せばこの宇宙でASIDは絶滅する。そうなれば移民の旅もより安全に進むだろう」
「そう、ですね」
「だから、今回私が来たのは戦力比較の為さ」
「戦力比較?」
「そう。この一体と釣り合うだけの戦力。その試算だよ」
「戦うつもりなんですか。この怪物と」
「ああ。いずれはね……偶発的ではあったが、先日のメルセでの戦いは良いデータが取れた」
その言葉にシャーリーは露骨に嫌そうな顔を向けた。
巻き込まれた身としては、良いデータが取れたなどと言われても嬉しくない。
「あんなトラブルは二度とごめんです」
「君も行っていたんだってね。無事で良かったよ」
見捨てて構わないと言った口で無事を喜ぶ。
そのどちらもハロルドにとっては矛盾していない。
紛れもない本心だからこそ、異様さが際立つ。
根本的に非人間的であった。
「正直肝が冷えたよ。もう良い年なんだから、そろそろ結婚したらどうだい?」
「末っ子よりも先にお兄様お姉さま方が結婚されてはいかがですかね!?」
バイロン家の7兄弟。全員未婚である。
長兄などはそろそろ40近いはずだ。
結婚しようと思えばいつでも結婚できるはずだが、当人にする気が無いのだから困りものだ。
そこでふとシャーリーは気付く。
バイロンの一族は機械を愛している。そして機械以外に愛するものを見つけると人間として多少はまともになるという。
ならば、この比較的まともな次兄は一体何を愛してこの様になったのだろうか。
浮かんだ問いは次のハロルドの言葉に流された。
「そこは適性の問題だよシャーリー。結婚する気が有りそうなのが君しかいない」
「敬愛する兄姉の皆様にもやる気を出してもらいたいですね……」
「まあ気が向いたら教えておくれ。良い相手なら紹介できる」
「結構です!」
いや、仁を揺さぶるのに使えるか……? とシャーリーが駆け引きの道具にしようかと考えたこんだあたりでハロルドは溜息を吐く。
「しかし……凄まじい物だね。第三船団のエースは」
「何ですかいきなり」
「そのメルセのデータさ。私たちが手塩にかけて仕上げたサイボーグ戦隊が、彼の前だとまるで児戯さ」
「それは、謙遜が過ぎませんか? 素人目に見ても素晴らしい動きだったと思いますが」
シャーリーのその言葉にハロルドは首を横に振った。
「確かに、サイボーグ戦隊は良い仕上がりだと思うよ。だが……天然物には勝てないという事かな。彼、ちょっと普通じゃないよ」
「まあ、仁が変態的なのは昔っからですから……」
「……おや?」
「あ」
ついうっかりぽろっと。
シャーリーの口から零れ出た名前にハロルドが食いつく。
「ほう、なるほど……そうか。東郷仁の機体のチューニングは君の仕事だったのかシャーリー」
「うわあ。頭の回転早い身内って嫌だなあ」
「そしてファーストネームで呼ぶ仲か。なるほど。見えて来たぞ」
「いえいえ。きっとそれ見間違いですから……この話はやめましょう。はい、やめやめ」
「照れなくても良いよシャーリー。そうか。確かに相手の紹介は不要だね」
「あ、それはちょっとお願いするかもしれません。当て馬として」
人の恋愛で弄っている暇があったらとっとと結婚してくださいと言う突っ込みを堪えながら、シャーリーはハロルドの攻勢を凌ぐ。
「だから仁は違いますから……あの人婚約者亡くしてますし。それに娘も居ますし」
「………………娘?」
何故か。
そこにハロルドは引っかかった。
「ええ。お陰でこちらは割り込む隙が……兄さん?」
「娘……? 娘だって? 東郷仁に娘がいる……? 楠木令は死んだ。そんな筈は」
大きくショックを受けた様に小さな声でブツブツと呟く。
その内容はシャーリーの耳には届かなかった。
「えっと、そんなに驚くところですかそれ」
「ああ、いや……ちょっと妹の結婚相手としては心配になってしまってね」
「いやあ。大きなお世話というかなんというか。自分の心配して欲しいっていうか」
「何を言うんだいシャーリー! 兄があれで、両親もあれなんだから私がしっかりするしかないじゃないか!」
「あれあれ言わないで下さい。確かにアレですけど」
あれ、という言葉で通じてしまうのが二人の共通認識を物語っていた。
それからも食事を楽しみ、ハロルドがシャーリーを自宅に送り届けた事で会食は幕を閉じた。
「……メルセのクイーンのリアクターでは出力が足りない。オリジナルクイーンを討つにはまだ戦力が足りない。何より後継者はまだ目覚めていない」
ライテラ計画。メルセのクイーンはその一歩目になるかと思われたが、得られた物は理想には届かなかった。
そうなると次はオリジナルクイーンの討伐だが、それは現段階の船団の戦力では不可能だと結論づいた。
少なくとも五年……下手したら十年は充足を待たないと行けないだろう。
そして計画における最重要要素。後継者と彼らが呼ぶ存在。
その大まかな所在は掴めたが、未だ覚醒には程遠い。
こちらも数年は待つ必要がある。
だがこれほど早期に所在を掴めたのは計画にとって大きい。
何しろそれを探し当てることが最も困難であると予測されていたのだから。
とは言えまだ1000人近い人間の中から絞り込む作業がある。
今回の件で第三船団とのパワーバランスがまた変化した。流石に余り好き勝手には動けなくなってしまうだろう。
だが、時間は計画にとって敵ではない。
「十年。耐えて見せるさ。何の希望も無かったこれまでに比べれば楽な物だ」
その忍耐強さはシャーリーにも通ずる物。或いはそれがバイロンの気質なのかもしれない。
まるで誰かの様に、胸元から取り出した何かを縋る様に握り締めた。
「アレにもう一度会うためならば私は――」




