27 仁の戦う理由3
「ねえねえおとーさん」
「うん? どうした澪」
「何でみおのおうちでは25日にチキンとケーキ食べるの? みんな24日だって言ってたよ」
「ああ。それか。まあそうだな」
そもそも何で12月24日にチキンとケーキを食べているとかといえば、昔のエースがそんな事を言ったかららしい。
影響力があり過ぎじゃないだろうか、昔のエースと仁は突っ込みたい。
それはそれとして思い出す。そんなヘンテコな事になってしまった経緯を。
◆ ◆ ◆
「お前、何時までいるの?」
「うん? 何か言った、東郷君」
12月のある日。
遂に耐えかねて仁は尋ねた。
「言った。何時まで俺の家にいるつもりかって」
「あ~そうだね……」
楠木令という第二船団出身の女性が第三船団防衛軍所属の東郷仁の元へ転がり込んできて――既に三か月が経過した。
「ID紛失しただけだって言ってたよな。お前」
「うん。そうだよ?」
「で、再発行を依頼したと」
「そうそう」
「……まだ再発行されないって?」
「いやあ。困ったね」
「堂々と大嘘を吐くな」
どれだけ時間がかかっても二週間もあれば再発行される。
だというのに、そのリミットを六倍は超えた。
これまでその事を追及しなかったのは仁もこの生活を気に入り始めていたからか。
特別な事をしているわけではない。
ただ、互いに仕事を終えて帰ってきて。
その日の事を話したり、昔の事を話したり。
寝床どころか食卓さえ共にしない関係。
そんな他愛もない触れ合いは、今までの仁の生活の中には無かったものだった。
或いは、他人ならばそれは極々当たり前の家族同士の交流だというのかもしれない。
だがその当たり前を知らなかった仁にはとても新鮮な事だった。
「迷惑だったら出ていくよ? 確かにそろそろクリスマスだし。誰か連れ込みたいっていうなら邪魔になるね」
「いや。そう言う予定は無いから別にいいんだが……」
実のところ、この手の会話は初めてではない。
令が出ていこうとして、仁が消極的に引き留める。或いは留まる理由を用意する。
或いはその逆。仁が今の様に追い出そうとして、令がまだいないといけない理由を告げる。
ズルズルと、互いに隣にいる生活を続けていた。
だがそろそろこれも良くないだろうと仁は思う。
というかもっと単純な話として。
「お前、滞在ビザは大丈夫なのかよ」
「ああ。うん。延長してるから」
「ID無くしたんだろう?」
「ああ……うん、そうそう。とりあえずまだ大丈夫大丈夫」
ID無くしたという建前。
それを崩さない様に会話を続ける。
「にしたって、お前さっき自分でも言ってたけどクリスマスの予定とかは」
「あはは。あったらこんなところに居ないって」
「こんなところで悪かったな」
「そんな訳だからクリスマス当日はささやかなパーティでもしよ? チキン買ってきて」
「キューブフードで良いだろ……」
「いやいや。どんだけ好きなのキューブフード。いっつも食べてるの見るけど」
「他に食った事ねえんだよ」
仁の知識の中にも、外食という物はある。
だがその意義が分からない。栄養素の補給ならばキューブフードで十分だ。
「食事の楽しみってのが分かってないね……東郷君」
「別段、楽しいとも思わないしな」
「むむ。これは重症。よし、分かった。当日は楽しみにしていて。人の作った料理ってモノを食べさせてあげる」
「別にいい」
「私がしたいの」
という会話でこの生活は後二週間は延長されることが確定した。
ぬるま湯のようだと仁は思う。
こんな空気感に自分が浸っているのは初めてだった。
何時からだろう。
自分の家に帰るのが億劫ではなくなったのは。
物理キーを預けた令が、帰ってくる仁を迎えてくれることに違和感を覚えなくなったのは。
二年前、別れた恋人の事を思い出す。
彼女との関係は、どうしたって職場を思い出す。
どうしたって、戦いの中で結び付いた間柄だ。
どこにいたって、仁は少尉で、シャーリーは軍曹だ。
その事を忘れられなかった。
或いは、全く無関係な誰かが居たのならば。
その誰かに合わせて戦場を忘れられたのかもしれない。
だが、忘れることが出来なかった。
仁の心はずっと戦場に留まったままだった。
ああ。きっとだからだろうと仁は思う。
そんなだから、自分は彼女に見捨てられたのだと。
相手の身に立ってみれば分かる。
何時も戦場の様に殺気をまき散らしている相手など、共に暮らしたくは無いだろう。
そんな事を考えていると、令がじっと仁の顔を覗き込んでいた。
「何だ」
「考え込んでいる様だったから何考えてるのかなって」
「大したことじゃない」
「前の彼女の事でも考えてた?」
図星だった仁は言葉に詰まる。
「え、嘘。当たってたの。適当に言ったのに」
くそっ、と悪態を堪える。
こんなカマ掛け以下の物に引っかかってしまうとは不覚にも程があった。
ああだけど。
自分が不覚を取ったの何て何時ぶりだろうか。
こうして令と共にいるととても久しぶりの感情を思い出さされる。
それはシャーリーといる時に無かったもので。
ずっと仁が張り詰めていた証左であった。
「前から聞きたかったんだけど、ほら何時だったかの戦う理由の話。途中で打ち切ったじゃない」
「ああ。そんな話もあったな……」
何でお前にそんな事を話さないといけないと途中で思い直した話だ。
あの続きを話そうとするとどうしたってシャーリーの事に触れなくてはいけなくなる。
それを避けた。
「ほら、せっかくだし続きを話してみなよ。こうして少し仲良くなれたんだから親身になって聞けると思うよ」
「この前は他人だから喋れるとか言ってなかったか?」
「言ったっけ?」
舌を出して誤魔化そうとしてくる令に溜息を一つ。
誰にも喋る気は無いと。
そう思っていたのに。
「俺の守りたい人は、みんな俺の隣にいた」
何故だか口からその言葉が漏れた。
「施設から出て、訓練校で会った奴らが俺の仲間だ。俺の守りたい人たちだ。だけど、あいつらは皆俺の戦友だ。俺と一緒に、戦う奴らだ」
その独白を令は黙って聞く。
以前の話。施設で殆ど放置されながら育った生い立ち。
そこから脱出して訓練校で出会った仲間。
令は想像する。
きっとそれは、仁にとって初めて気を許せる時間だったのかもしれない。
生き残る以外に意識を割ける時間だったのかもしれない。
でもそれも長くは続かない。
彼らは皆軍人を志す者。
船団を守る。その為に身命を捧げた者。
「任官して直ぐに分かった。結構人は簡単に死ぬ。安全な戦場なんてない」
きっと数字として見れば、全体の1%にも満たない程度。
だけど、その当事者として考えれば決して無視できない数。
「守りたい人は隣だ。でも。戦いに出る以上守り切る事なんて出来ない」
「それが戦う理由にはならないって事?」
「俺の背に、守りたい人なんて一人もいない。そんな奴らを守るために、俺の隣の奴らが死んでいく。耐えられない」
「それだけ?」
「……戦いたくなんてない」
それが仁の本音だった。
「何で俺達がそんな事をしなければいけない。何で俺達だけに押し付ける。ふざけるな」
仁には選択肢が無かった。
戦わないという道が無かった。
故に。他の者達とは大きな違いがある。
多かれ少なかれ、彼らは自分で道を決めて軍人を選んだ。
そこには理由がある。個人個人違うが、理由がある。
「だけど俺は戦うしかできない。だから戦っているだけだ。本当は戦いたくないけど、戦うしかない」
それが仁の戦う理由がない訳。
他にやれることが無いから、己をまず殺している。
別にそれでいいと仁は思う。
戦うこと自体に意義を見出せずとも、隣人を戦友を守れる。
それだけで満足すべきだと。
「本当にそれだけ? 後ろに、誰か守りたい人を置こうとはしなかったの?」
それは仁にとって聞かれたくなかった言葉だ。
それ以上は望むべきでは無いと。
分かっていたけど望んでしまったのだ。
金髪の輝きを思い出す。
彼女ならば。
もしかしたら自分は、背中に誰かを庇って戦えるのかもしれないと。
結果は……仁にとって望ましい物では無かったが。
「あったさ。だけど無理だった」
態々その内容を言葉にはしない。
だけど令は納得がいかずに追及してくる。
「どうして無理だったと思うの?」
「どうしても何も……」
拒絶された。
その事実は仁の中で棘の様に刺さっている。
「無理な物は無理だったんだよ」
「……そうなのかなあ」
令は不思議そうにぼやいた。
「だって。東郷君、今――」
部屋のチャイムが鳴る。
言いかけた令の言葉は遮られた。
「……誰だ?」
思いがけない来訪者に仁も怪訝そうな表情を浮かべていた。
インターフォンへと向かい、来訪者に応じる。
「……え?」
そこで告げられた言葉は終わりを運んできた。




