24 第三船団の秋
9月になった。
色々とあった夏が過ぎ去り、またいつも通りな平穏が戻ってくる。
そう、平穏だ。
今までが嘘の様に、穏やかな日々が流れていく。
仁の懸念が正しく懸念でしかなかったと言うように。
その週末のある日。
漸く仁は澪との約束の一つを果たすことが出来た。
「水族館!」
「走るなよ、澪」
「分かってる!」
と言ってはいるが、仁が左手で引いていなければあっと言う間に駆けだしそうだった。
しばらく前に再開していたのは知っていたが、中々来るタイミングを逃していた場所。
半年も時間がかかってしまった。
仁自身、来るのは相当に久しぶりだ。
澪と一緒に、並んで楽しむ。
シップの約半分を使った大規模施設。
全部回るのに三日はかかるという触れ込みだ。
あらかじめ回る場所を決めておかないと迷うだけで終わってしまう。
「しゃろんもこれたら良かったのにね……」
「アイツもアイツで忙しいからな……」
何しろ、訓練校のレオパードは全機オーバーホールから戻ってきたところだ。
その整備に大忙しらしい。
疲れ切った顔で澪からの誘いを断っている時は泣きそうになっていた。
手伝いたいが、流石に仁にもそこは門外漢だ。
「おとーさん見て見て! マグロだって! おっきい!」
「本当に大きいな……」
母星の海にはこんな生き物が居たのかと感心させられる。
何気に驚いたのは、マグロは食用だという事だ。
どうやって食べるんだろうと仁は首を捻る。
「クジラおっきいね……」
「マグロよりもさらにデカかったな」
正直、下手なASIDよりも怖い。
仁はそう思った。
哺乳類らしいが、大きさの桁が違い過ぎて恐怖すら覚えた。
「ぴゃあ……」
「ダイオウイカか……。絡まれたら終わりだな」
「怖いこと言わないで」
十本の足があるってもう、ASIDよりも恐ろしいと仁は思う。
もうこいつらASIDと戦わせればいいのではないかとさえ感じる程だ。
澪もその異形と大きさにすっかり恐れ戦いている。
「みお、だいおういかとは友達になれない……」
「大丈夫だ。俺もきっとなれない」
変なトラウマを刻まれてしまった澪。
今度はもう少し可愛い物の所に連れて行こうと、大本命の場所に行く。
「ペンギンだあああ!」
「澪、静かに」
テンション爆上がりの澪を抑えながら仁は笑う。
まあ正直、こうなるのは予測できていた。
二百匹近くいるというペンギンコーナー。
ペンギン大好きな澪がはしゃがない筈も無かった。
大興奮の澪を見て、仁は安堵する。
このところ、少し元気が無さそうで心配していたのだ。
時期的な事を言うと遠征訓練後……つまりは守が大けがをしてからだ。
澪を庇って死にかけた事。
それを気に病んでいるのかとも思ったが、どうもそうでは無いらしい。
ただ聞いても何でも無いというだけで、己の無力さを感じる。
仁の気のせいで本当に何でもないのかもしれないが、やはり気になった。
なので元気づけようとここに連れて来たのだ。
しかしこのペンギンの群れ。
よく見るとやはりボスが居るのだろう。
ちょっと大柄なペンギンが他のペンギンを引き連れて歩いていた。
「むむ、あの子偉そう」
「きっとボスだな」
「おー。王様だ」
そうだ、と仁はペンギンを熱心に眺めている澪に声をかける。
「澪、こっち向いて」
「なあに?」
振り向いた瞬間の視界を、仁は切り取った。
「何したの?」
「視界スクリーンショット」
第三船団では体内へナノマシン注入して、仮装ディスプレイなどを実現している。
その逆で、今視界に映っている光景をそのまま映像に落とし込むことも出来る。
普段使っていない機能だったが、先日写真を残そうと決めた仁は先日から度々こうしていた。
気付かれたのは今日が初めてだったが。
「後で今までに取った写真も見せてやるよ」
「おー。見たい!」
ご機嫌そうな澪を見て、やはり来て良かったと仁は思う。
昼は水族館に併設されたレストラン……何でも、このシップで見れた生き物の一部が食べられるらしい。
とりあえずマグロ丼を頼んだ仁に対して、澪はイカ焼きを齧っていた。
「いか、美味しい」
「友達にはやっぱりなれなかったな」
「だいおういかも食べる所いっぱいあって美味しそう」
というか、この謎の生物にかじりつける澪は結構凄いと仁は感心した。
やはりこいつ、大物なのではと仁は思わされる。
その後も、いろいろな生き物を見て回る。
中には他の惑星で捕獲された物も含まれていて、足が10本どころではない生き物もいたりして宇宙の広さを認識する。
そうして歩き回って、気が付けば夕方となっていた。
「澪、そろそろ帰るぞ」
「ん……もうちょっと見たい」
「ダメだ。それにもう疲れてるだろ」
ちょっと澪も眠そうな顔をしている。
朝から歩き通しで疲れたのだろう。
「ん……」
「また何時でもこれるから。次来た時に見れなかったところも見よう」
「うん……」
ちょっとしょんぼりしてしまった澪の手を引いて出口へと向かう。
そこにドンと構えられた最後の関門。
お土産コーナーに辿り着く。
「ほら、澪。今日の記念に何か買って帰ろうか?」
「良いの?」
「ああ。良いぞ」
そう言うと、澪の瞳は生気を取り戻して吟味を始める。
澪の好きなぬいぐるみもたくさんあり、仁はそっちに行くのかと思ったのだが――。
「おとーさん、これ何?」
「これ? ああ。キーホルダーだな」
「なにそれ」
たくさん並んだキーホルダー。
確かに、普段は目にすること無いかもしれないなと仁は思う。
「ん。そうだな。鍵に付ける物なんだが……第三船団だとあんまり使わないかもしれないな」
生体認証が主流な船団だ。家のロックも掌を介して行うので中々出番が無い。
第二船団なら物理キーもまだまだあるのでそれなりに需要があるとは思うのだが――第三船団では不人気らしい。
大分売れ残っている。
「おうちの鍵とか?」
「そうだな」
「これが良い」
そう言って澪はペンギンのキーホルダーを手に取った。
「良いのか? あっちにぬいぐるみとか沢山あるぞ」
「ううん。これが良い。おうちの鍵付けるの」
と言っても、仁の家も生体認証だ。
一応物理キーも併用できるのである事はあるのだが。
まあ良いかと仁は思う。
澪が欲しがっているのを無理に止める理由も無い。
「じゃあこれにしようか」
「うん! おうち帰ったら鍵つけてね」
「分かった。無くさない様にな?」
「絶対無くさない!」
首から下げられるように紐でも付けておこうかと仁は考えた。
それならば早々無くす事は無いだろうと。
ペンギンのキーホルダーを手にして澪はほんのりと笑顔を浮かべる。
ここまで喜んでもらえると仁としても嬉しい。
――仁は気付いていなかった。
その贈り物が、澪にとってどれだけ喜ばしい物であったかに。
手を繋いで家路に着く。
「楽しかったか?」
「うん……」
そう言いながら、澪は重そうな瞼を擦る。
その彼女を仁は抱きかかえた。
「おうち着くまで寝てて良いぞ。抱っこしてやるから」
「うん……そうする……」
仁に抱き着きながら澪は安心しきった表情で眠る。
少しだけ、重くなったかと半年前と仁は比べる。
身長も伸びている。
それに伴って体重も増えている。
六歳だった澪は、後数か月で七歳になる。
「あっという間だったような、そうでもなかった様な」
少なくとも、仁自身はトラブルに見舞われることが多かった。
トラブルを抜きにしても色々と変化のある年だった。
その変化の中心は言うまでもなく澪の存在で。
「……お前は、どこから来たんだろうな」
仁は少しだけ怖い。
澪は本当に突然仁の前に現れた。
だから逆に。
突然いなくなることもあるのではないかと。
澪を抱きしめる手に力を籠める。
もしも澪が急にいなくなったら。
きっと自分はあらゆる手を使って探す。
でももし、それでも見つからなかったら。
自分はどうなるのだろうと。
仮定の話。
それでもふと考えてしまう。
その事に恐怖を抱くほどに、澪の存在は仁の中に刻み込まれている。
「ひとりぼっちか。なあ澪」
眠っていると分かって、仁は声をかける。
「今は大丈夫か? 一人きりだって感じてないか?」
何となく、ここ最近の雰囲気が出会ったばかりの頃に似通っている様に感じたのだ。
「俺はここにいるぞ」
澪は一人じゃないと。
仁は行動でそう示す。
宝物を抱くように抱きしめて。
少しでもこの思いが伝わる様に。
どこかに行ってしまわない様に。




