15 玉を狙う
「これは個人的な頼みなんだが……」
と仁は前置きする。
「澪の事をお願いしたい」
それを頼む側の方が、明らかに苦悩していた。
本当に口に出そうとした願いが、どれだけ虫の良い願いなのか仁自身も自覚していた。
だから、声に出たのは今からのこと。
「今後の作戦がどうなるにしても、澪と東谷くんは本命の脱出側に入るだろう。少しでいい。気にかけてやってほしい」
周りも殺気立った中、保護者もなく子供二人が無事に脱出できるかは分からない。
他に頼める人間が居ない。
「……それだけですか?」
仁の願いを聞いたシャーリーが感情の見えない声で尋ねる。
その瞳が仁の瞳を見透かそうと覗き込んでくる。
「仁のお願いはそれだけですか?」
「ああ。これだけだ」
これ以上は、シャーリーには頼めない。
ジェイクにも言われたことだ。
シャーリーにはシャーリーの人生がある。
その邪魔をしてはいけない。
「嘘ですね。今の仁が澪ちゃんのことを忘れるとは思えません」
だと言うのに、シャーリーは自らそこへ切り込む。
「無事に脱出した後、澪ちゃんはどうするつもりなんですか?」
「……少佐に後は頼んである。成人までは面倒を見てくれるはずだ」
遺族補償その他諸々と仁の遺した資産。それがあれば成人まで金銭面では不安はないだろう。
「そうじゃなくて。私に何かお願いすることはないんですか? 自慢じゃないですが、一番なつかれていると思いますよ」
「二番な。一番は俺」
「今はフザケているときじゃないでしょ」
仁としては至って真面目な話だったのだが怒られた。
「お前には、これ以上は頼めないだろ」
告白を保留にして。
都合の良いときだけ頼るなんてこと。
あらゆる手段を取る仁でも躊躇われる所業だ。
「何も返せない」
死後、仁が何かをしてやることは出来ない。
シャーリーの貴重な十数年を奪うことへの代価なんて支払えない。
だから仁は頼みたくとも頼めない。
その言葉にシャーリーは仁の頬へ手を伸ばし……。
「えいっ」
っと思いっきり引っ張った。そのひんやりとした触感と、地味に感じる痛みに仁は目を白黒させる。
「心外です」
不機嫌そうな顔でシャーリーはそういう。
「打算や見返りを求めて澪ちゃんの世話をしていたと思われるのは非常に心外です」
「……違ったのか」
「皆無とは言いませんが、それだけじゃないです」
シャーリーの瞳が怒りに燃える。
「私は、澪ちゃんが好きで面倒を見ていたんです。ぶっちゃけ仁は半分近く関係ありません」
だから、とシャーリーは続ける。
「澪ちゃんのこと、お願いって言っても良いんですよ。仁」
「……お前さ」
「はい?」
「何で自ら都合の良い女になりに行こうとするの?」
「ライバルが強大ですから。自分を安売りしないと勝ち目無いじゃないですか」
「もうちょい自分を大事にしろよ」
「この特価セールを案内しているのは一名様だけですから大丈夫ですよ」
そんな冗談に仁は力なく笑った。
こんな時でもアピールしてくるシャーリーに。
何か返したいと思った。
だけどやはり、こんな状況でも仁からはシャーリーが望む言葉を出せそうにはなく。
代わりに後事を託す言葉を開いた口から零しかけて。
『各セクション責任者は至急艦橋に集合。繰り返す、各セクション責任者は至急艦橋に集合』
「早いな艦長」
「決断されたんですね」
わずか数分で決断を下した艦長の判断に敬意を評しながら。
二人は並んで艦橋へと戻る。
「援軍です!」
通信士の弾んだ声が一つの朗報を告げた。
「第二船団派遣部隊旗艦、ロンバルディア級戦艦『リサ』が先行してメルセ上空に到達しました!」
その報告はここ数時間で初めての明るいニュース。
二者択一の手しか取れなかった現状を打開する光だった。
『本艦の総戦力を以てメルセに出現したクイーンタイプを打倒する。ついては貴艦からも戦力の抽出を依頼したい』
「待たれよ。クイーンタイプの撃破だと? 遅滞戦闘を仕掛けるのではないのか。いやそもそも貴艦の輸送力ならば、本艦の総人員を収容して脱出することも可能なはずだ」
始まった艦長同士の話し合いはいきなり暗礁に乗り上げた。
それも仕方ないこと。『リサ』艦長の作戦は『アル』側からすれば正気とは思えなかった。
『先に二つ目の問から答えよう。人員の収容は不可能だ。敵クイーンタイプの遠距離砲撃能力は推定に成るが、地上から地平面に沿っての曲射。これだけでも驚異的だが、その精度。収容のために本艦が近付けば狙い撃ちにされる。地表から離脱する揚陸艇も同様だ。最低限足止めは必要である』
それは仁たちも既に出ていた結論だ。
『そして一つ目だが……今言った理由から足止めの為に降下した部隊の帰還手段がない。遅滞戦闘を仕掛けるにしても、第三船団増援到着までに持ちこたえることは困難だ。ならば、クイーンタイプの一点狙い。それが一番可能性が高い』
クイーンを撃破できれば。
そこに属するASIDは全て機能を停止する。
つまりこの惑星に居る群れ全てが停止するということ。
なるほど確かに。
そうなれば安全は確保できるだろう。
「だがしかし、単艦でクイーンタイプの打倒とは……」
『第三船団ではどうだか分からぬが』
その言葉に相手の艦長は確かな自負と僅かな嘲りを込めて言う。
『第二船団にとって、クイーンタイプとは艦隊で相手取るものではないのだ』
「む……」
『群れの奥に居るクイーンタイプへ切り込む手法も確立されている。だらだらと戦うよりは勝算が高いと考えるが……如何か?』
少々過激な意見ではあったが、仁もその作戦自体は悪くないと思う。
この戦いは殲滅戦ではない。
人型とは違い、クイーンタイプが前面に出ている戦いならば互いのキングを狙うチェスの様な物だ。
一点狙いで行くのは悪い手じゃない。
何しろ向こうはサイボーグ戦隊。全船団でも最強の部隊だ。
個人としては仁に劣っても、平均的な質があらゆる面で高い。そこに更に機体性能と連携が加わるのだ。
その突破力に置いては他の追随は許さないだろう。
レイヴンでは扱えないような大型火器も扱える。ならばクイーンタイプの守りを突破できるだけの火力も用意できるはず。
行けるかも知れない。
仁は艦長に向けて小さく頷く。
勝算ありと伝えた。ただこの作戦。問題は……。
「本艦から戦力を提供せよというのはどういう事か?」
『そちらでも観測済みだと思うが、今回のクイーンは過去類を見ないほどに強大だ』
その言葉だけは仁は心の中で否定する。
少なくとも一例。仁はこれを上回る怪物を知っている。
『我が部隊はクイーンタイプの相手で手一杯となるだろう。その間、他の群れを引きつけてもらいたい』
「待たれよ! こちらが訓練生ばかりだという事は承知しているはず!」
『そうだ。訓練生だ。決して何も出来ない観光客などではない。戦うための術を叩き込まれた者たちだ。それとも戦わなければ命を落とす場面で、戦えないなどと抜かす者たちの集まりか?』
暴論だが、言っていることは正しい。
同じ理屈で、一個上の世代は実戦に出たのだから。
「重力下戦闘が行えそうな訓練生か……」
その事で今回参加している三回生は全て除外された。
残念だが全員不適格だ。
更に四回生でも戦闘となると限られる。
一個小隊。四名程度が限界だろう。
そして二回生。言うまでもなく、今回は初めての者ばかりだ。論外のはずだった。
(……行けるか?)
仁が頭に思い浮かべたのは直接の教え子三名。
シミュレーションとはいえ、重力下戦闘は経験させている。
正直仁の目からすれば危なっかしいが……それでも四回生よりは良い動きをしそうだ。
八機で数千の群れを撹乱する。
正直厳しい。
だがやらなければどの道死ぬ。
『リサ』に何機のグリフォンが搭載されているかは分からない。分からないが最大艦載数が250程度だ。必然それより上になることはない。
クイーンの戦力が不明な以上、そちらに可能な限りの戦力を置きたいだろう。
「こちらから提供できる戦力は訓練生七機と教官一機だ」
『……ふむ』
一個中隊にも満たない戦力。
その数をきいて、『リサ』の艦長は難色を示すかと思ったが。
『了解した。後ほどこちらの作戦計画を送る。開始は8時間後だ』
あっさりと引き下がった。
やり合う気満々だったこちらの艦長は拍子抜けしたようだった。
「……済まない。中尉。やってくれるか?」
「むしろさっきよりは余程好条件だ。一人でクイーンタイプに万歳特攻かと思っていたからな」
『アル』単独では命を捨てての時間稼ぎが手一杯だったが、これならば十分に生還の見込みが有る。
この上ない条件だ。
「後は、訓練生たちに話を伝えないとな」
特に付き合わせる七人には。生還の見込みは出たが、危険な任務であることに違いはないのだから。




