16 ただの前哨戦1
惑星メルセ。衛星軌道。
宇宙空間を高速で突き進むのは第二船団派遣部隊旗艦。
ロンバルディア級『リサ』。
そのカタパルトには降下準備を終えたグリフォン250機。
計5大隊がその時を待っていた。
作戦は至ってシンプルだ。
群れを真正面から突破するのではなく、直接その中央に降り立ってクイーンを撃つ。
言うが易し。行うは難しの典型例とも言える。
「許容誤差は……殆どなしか」
その内の一人である楠木智少尉は入力されたデータを見て顔を顰めた。
クイーンタイプを狙い撃つ以上、その降下には精密さが要求される。
僅かでもずれたら敵の群れのど真ん中に一人で降り立つことになる。
それは即ち死だ。
それがある為、通常こんな無茶な作戦は立てられない。
だがこの第二船団サイボーグ戦隊だけは別だ。
あらゆる能力で常人以上を発揮するように改造された彼らにとって、今回提示されたデータは余裕を持って達成できるタスクでしかない。
むしろ問題となるのはその後。
クイーンタイプの討伐の方だ。
第二船団では確かにグリフォン部隊によるクイーンタイプの討伐が行われている。
しかしながら今回ほど強力なクイーンタイプの討伐経験は流石にない。
「東郷仁もいるんだから。情けない所は見せられない」
個人的にも因縁浅からぬ相手だが、サイボーグ戦隊の一人としても無視できない相手だ。
仁の撃墜数記録は歴代一位。
即ち、現役でもトップという事。
他のエースが累計300とか400で競っている中で仁だけ1000を超えている。
その他のエースの中にはサイボーグ戦隊の面々も含まれている。
生身でありながら、肉体を改造したサイボーグ戦隊よりも戦果を挙げているのだ。
それを聞いて心中穏やかではいられない。
第二船団ではサイボーグ手術が合法なのもあって、忌避感は薄い。
それでも戦闘に耐えられるまでの強化となると広範に及ぶ。
誰もが喜び勇んでその施術を行っているわけではないのだ。
自分たちが悩み、決断した肉体改造をせずとも自分たち以上の実力を持つ。
ライバル心を抱くなという方が無理だ。
普段は別船団。
そして今は現役パイロットから退いている。
それでも機会があれば白黒つけてやりたいという思いが彼らの中にはあった。
今回はある意味その願いが叶う形となる。
東郷仁には倒せなかったクイーンタイプを倒すことでその溜飲を下げてやろうという物だったが。
更には、この戦いはライテラ計画の第一歩だという。
ここにいる部隊は全てハロルドの息がかかった人間。
ライテラ計画が何なのかを知り、そしてその達成を悲願とする者達だ。
その士気は高い。
『――全機傾注。これより降下を開始する。敵クイーンのプロセッサー位置が判明した。情報を確認しろ』
「頭部に……腰の辺りにも一つ」
厄介だと智は舌打ちを一つ。
プロセッサー。即ちASIDのコアはエーテルリアクターと並ぶ弱点だ。
どちらかを破壊すればASIDは停止する。
そして今回、リアクターに用事がある彼らはプロセッサーを破壊するしかないのだが。
二つもあるのは少々予定外。古いクイーンともなれば巨体だ。
副脳的な物が生まれる事も想定すべきだったのかもしれない。
『プロセッサーは二個同時に破壊しないと再生されると予想される。作戦プランに変更がある』
元々の計画では全機の一点攻撃で頭部を破壊することが理想だった。
だがこれでは火力を分散する必要がある。
どちらかを防がれたら仕切り直し。
少々神経を使う戦いになりそうだった。
『トリガーリンクタイミングはこちらから指示する。各自何時も通りに戦い、何時も通りに勝利せよ』
うちの隊長も無茶を言うと思いながら、智は降下のタイミングを待つ。
そして――。
『全機降下! 繰り返す。全機降下!』
軌道上から一斉にグリフォンたちが羽ばたいた。
◆ ◆ ◆
「来た!」
仁のレイヴンと、訓練生達七機のレオパード。
計八機が一斉に動き出す。
仁のレイヴンだけはグランドパッケージ装備だ。
下半身を地表移動用のホバー装備に換装し、通常よりも大型の武装を積載した地上戦装備。
「良いか? 絶対に群れに近寄るな。あくまで遠距離から攻撃して注意を惹きつけるだけだ。一発撃ったらすぐに逃げるくらいで良い」
『りょ、了解です!』
四回生の震え声が返ってくる。
初めての重力下戦闘。
初めての対クイーン戦。
緊張しない方が無理だろう。
だというのに。
『ふ、注意を惹くのは良いが……別に倒しても構わんのだろう?』
『……今度はそれ何の真似?』
『向こうが近寄ってきたら格闘戦挑んでも良いか。教官』
何でこいつらは何時も通りなんだと仁は突っ込みたい。
別に仁もパニックになる事を望んでいるわけではない。
だが。この何時も通りは違うのではないだろうか。
ここまで平常心だと怯えている四回生が可哀そうになってくる。
というか、既に彼らが後輩に向ける視線が異常な物を見るそれとなっていた。
「何で、お前らは緊張してないんだ……?」
『いえ、だって……』
『全部相手にするわけじゃないですし』
確かに一理はある。
あの数全てを同時に相手するなど仁としても考えたくはないが、地上ならば一度に相手取る数は限られている。
一理はあるがそれで納得できるかはまた別の話だ。
『それにあいつら教官よりは強くないだろ』
「まあな」
『なら大丈夫だろ』
コウのその言葉に仁は納得してしまった。
余りに無茶な模擬戦をやらせ過ぎたのか。
脅威に対する感覚が麻痺してしまっている事に……。
四回生達が後輩に向けていた視線が仁にも向いた。
こいつ等おかしいという心の声が聞こえてきそうだった。
「まあいい。行くぞ! 絶対に死ぬなよ!」
いや、違うと仁は思いなおす。
「絶対に生きて帰してやるからな!」
こんなところで死なせるわけには行かない。
そうして八機での陽動が開始される。
真っ直ぐに巡洋艦墜落地点へと向かうASIDの群れ。
その横合いから攻撃して。少しでも惹きつける。
注意が必要だ。
うっかり処理できない程の数を惹きつけてしまったらその時は必死で逃げるしかない。
だが――。
『きょ、教官変です! こいつらこっちに見向きもしない!』
「どうなっている……?」
仁もその異様な光景に息を飲む。
人型以外のASIDの行動は単純だ。
兎に角近くの敵へと向かう。
こうして攻撃されたらそっちへと向かう。
本当にシンプルな行動しかしてこない。
だからこそ今の状況はおかしい。
何かが変だと仁も感じる。
攻撃を加えても見向きもせず、ただ黙々と前進するその姿。
「そのまま攻撃を継続! 敵の移動に合わせて数を減らすぞ!」
距離を保ちながらの射撃。
相手の数が多すぎるので焼け石に水だが確実に数は減らせている。
「クイーンは……」
望遠でクイーンとグリフォン部隊との戦いの様子を見る。
そちらも似たような状況だった。
流石にクイーンも無抵抗とはいかなかったが、歩を止める気配が無い。
煩わし気に鼻の様な器官を振り回してグリフォンを叩き落そうとしていた。
それでも前に進む。
赤い、ASIDの瞳がはるか先の巡洋艦を睨んでいる様だった。
変だ。
そして仁にとって致命的なのは。
この群れが全く進行速度を緩める気配が無いという事だった。
「くそっ! 群れの先頭方向へ移動するぞ! 奴らの死骸を障害物にする!」
今も容易く踏みつぶされているのでどれだけ効果があるかは謎だが、しないよりはマシだろう。
完全な射撃練習になっている現状。
壮絶な引き撃ちを想定していた仁としては有難くもあり、腹立たしくもある。
(こんな事ならば訓練生全員を連れて来るのだった!)
移動しながらの射撃程度なら全員出来る。
今はとにかく火力が欲しい場面だった。
無論、いきなりASIDがこちらに転身してくることを考えればそんな事はただの無い物ねだりでしかないのだが。
先頭を攻撃しても群れの反応は変わらない。
『教官教官! これなら突っ込んでも何とかなるのでは?』
『近寄って殴ってきても良いか?』
「まだ駄目だ。様子を見ろ」
後は先輩たちの視線も気にして欲しい。
態々接近戦を挑もうとする後輩にドン引きしていた。
仁としても気持ちは分からないでもない。
この光景を見てしまえば……。
ASIDは生物だ。
少なくとも移民船団は人類はこれまでそう定義してきた。
だが――。
「こいつらは、何なんだ」
己の身も顧みず。
仲間が傷ついても頓着せず。
ただ前へ。
前へ。
何かに導かれるように前へ。
その姿はまるで何かの指令に従うだけの、機械であった。




