14 行き止まりの選択
島だと思われていた物。
それが罅割れる。
地響きと共に、大地が隆起して土塊が海へと落下していく。
まるで犬が身体から水を払うかのように身じろぎすると、岩がまとめて飛ぶ。
そうして粉塵の中から姿を表したのは巨大な四足歩行の鉄の獣。
強いて近いものを挙げるのならばかつて母星に生きていた象。
長い鼻と凶悪な牙を誇る怪物。
加えてその背には不釣り合いな翼。
クイーンタイプASID。入り混じった形質から幾つかの生態系を滅ぼした個体だ。
第二船団ハロルドの予測が正しければ、原初のクイーンの孫か曾孫の世代。
つまりはそれだけ長くこの宇宙に存在しており、それだけ多くの命を飲み込んできた真正の化物だ。
惑星メルセに、金属質の鳴き声が響き渡る。
その呼び声に応じて、幾つもの輝きがクイーンの周囲に灯る。
一つ一つが、クイーンと共に星を渡ってきた従者達。
その視線が一斉に。
空を向いた。
◆ ◆ ◆
「艦橋! 今の衝撃波は何だ!」
クイーンの目覚めは仁たちのキャンプにまで届いていた。
ここからではわからない情報を、軌道上に居る巡洋艦『アル』へと問い合わせる。
返ってきたのは仁たちにとっては信じがたい答え。
『ASIDだ! メルセにクイーンタイプが居た!』
「おいおい。冗談だろ!」
その致命的な手抜かりに仁は驚きと苛立ちの混ざった声を上げる。
そこでいや、と思い直す。
ASIDの存在有無など見落としなどで済む話ではない。
ましてや。
『しかもこの出力と群れの規模……人型以上かもしれん!』
これほどに強大な群れともなれば尚の事。
意図的に報告しなかったという方がまだ納得が行く。
これが故意ではないとしたら、それはそれで大問題だ。
そんな無能ばかりではそのうち人類は自滅するだろう。
「訓練生たちを退避させる。クイーンの座標を送ってくれ」
『了解だ。こちらでも帰還コースの検討を開始する。護衛部隊も各機発艦。警戒態勢を取らせる』
最近こんなことばかりだと思いながら仁は逃げる算段を立て始める。
前回のクイーンと同じだ。
船団の戦力とならば天秤に載せられるが、単艦では勝負にもならない。
まずは逃げて勝てる状況を作る。
負ける状況で粘るのは無意味だとよく分かっている。
『メルセを盾とした帰還ルートだ。これより本艦もーー』
送られてきた帰還ルート。
クイーンからの攻撃を惑星の地表を盾にしつつ防いで巡洋艦へと到達するルートは、考えられる限りで最も効率的な物だった。
ただ一点の前提の狂いを除けば。
巡洋艦『アル』との通信が途切れる。
その瞬間に空を覆う閃光。
一本の巨大な光の柱が夕暮れの空を白に染め上げていた。
その光景に。
仁は見覚えがあった。
「まさか」
嘘だと思いたい。
だが今のは、エーテルによる攻撃。
ロンバルディア級戦艦をも上回る極大のエーテルカノンによる攻撃だ。
どういう理屈か。惑星の地表に沿って曲射されたそれは。
反対側に隠れ潜んでいた巡洋艦『アル』を狙い撃った。
地上に居る仁の目からも辛うじて見える巨大な巡洋艦がみるみるうちに大きくなっていく。
船体の側舷から火を吹きながら高度を下げていく巡洋艦『アル』は、何とか制御を取り戻したのか。地表間近で大きく減速して、しかし立て直すことは出来ずに地面を大きく抉り取って止まった。
その姿がもう飛び立てないことは誰の目にも明らかであった。
◆ ◆ ◆
状況は最悪に近い。
言うまでもないが、巡洋艦『アル』が墜落し、航行不能となった今。
仁たちには移民船団への帰還手段がない。
揚陸艇はまだ生きているが、オーバーライト航法ができない。
そうなると数光年と言う旅路に耐えられるはずがない。
不幸中の幸いと言うべきなのは、艦側の人的被害がほぼ無かったことだろう。
被弾したブロックは、スラスター周りだ。元々多く人が詰めている訳ではなかったことが幸いした。
それでも2名が行方不明となった。骨も残さずに蒸発したのか、宇宙空間に放り出されたのか。
ノーマルスーツを着る時間が無かった以上、どちらであっても結果は同じだ。
そして、発艦していた護衛部隊12機は直撃を喰らった。
全機未帰還。状況から考えれば撃墜されたのだろう。
だがそれ以外は無事だ。
艦橋も、通信要員も。
それ故に、救援要請はすぐに行われる。
その返答を受けて、艦橋では重苦しい空気の中作戦会議が行われていた。
「48時間……長すぎるな」
その数字を聞いた仁は表情を歪めてそう言う。
だがそれがほぼ最速の時間であることも理解していた。
だからこそ、その時間を前提に考えるしか無い。
「群れの進行速度は?」
「変わらずです。現状のままでしたら38時間後には接触予定」
目下最大の課題は、メルセに出現したASIDの群れだ。
過去を振り返っても例を見ない強大なクイーンタイプと、それに見劣りしない大規模の群れ。
それが同じ惑星上に居る。
「宇宙空間ならもっと無茶な速度を出してくるが……意外とゆっくりだな」
「墜落寸前に収集した情報からすると、今回の群れは陸上に適応しているようです。その分飛翔速度は失われたと考えても良いのかも知れません」
整備士のシャーリーが、そこで言葉を切る。他に適任者が居ないということで、現在敵ASIDの性能解析も行っていた。
「こちらの陸戦用装備についてですが……ほとんど準備がありません。グラウンドパッケージは教官用の一機分のみ。他の訓練生に装備させる分はありません」
「そもそも、訓練生たちは重力下戦闘のライセンスも持っていない。四回生はこれで三度目だから多少はマシに動けるだろうが……」
動けるだけだという言葉を飲み込んだ。
到底戦闘に耐えられる物ではない。
遠征訓練では通常、惑星にASIDは存在しない。
護衛部隊が使用していたアストラルパッケージは余っているが、グラウンドパッケージは存在しない。
訓練生が大気圏突破に利用したオービットパッケージで重力下戦闘を仕掛けるのは奇策の類だろう。とても出来る事ではない。
「結論から言えば、戦闘に持ち込むことすら困難だ」
「君でも無理かね?」
巡洋艦『アル』の艦長が仁の顔色を伺うようにして尋ねる。
その言葉に仁は肩を竦めてみせた。
「クイーンタイプを一人で落とすなんて無茶。二度とやりたくはないな」
死ぬ気でいけば万に一つくらいは勝算が有る。
要するにほぼ死ぬ。
流石にそんなギャンブルをする気は仁にも無い。
「となるとやはり、救援が来るまで逃げるしかないのか」
艦長の言葉に、シャーリーが頷く。
「『アル』の修理はあと三時間で完了します。低速飛行くらいは出来るようになるかと」
ただその速度は微々たる物。
辛うじて浮いて、移動できるというレベルだ。そのまま大気圏を突破なんて出来ないし、何より。
「ただし回避運動は無理です。再度あの砲撃が来たら次は避けられません」
万全の状態で直撃を避けるのが手一杯だったのだ。
次はきっと避けられない。
つまり、逃げるにしても敵の攻撃を食い止める手段が必要だった。
打つ手がない。余りに取れる選択肢が少なすぎる。
圧倒的に不足した手札。
一人でも多く逃げ延びるためには、全てが助かることは諦めなければいけない。
仁は考える。
何人に死ねと命じればどれだけの時間が稼げるだろうかと。
巡洋艦を囮とし、限られた人員を揚陸艇で逃がすにしても。
揚陸艇とアサルトフレーム部隊を囮として巡洋艦を逃がすにしても。
数百人単位の犠牲は出る。
現状ではそのどちらかしか手はなく、どちらかを取るしか無い。
そしてそのどちらを取るにしても……仁は矢面に立たなければいけない。
こういう時、エースの名は不便だ。自分がまっさきに逃げるわけには行かない。
そんな事をしたら士気が下がる。何より、仁自身が耐えられない。
自分だけならともかく、澪も居るのだ。
その命を他人に預けることは出来ない。それこそ自分より強い相手でもなければ。
「……しばし考える。一時解散とする」
最終決定権は艦長に有る。
次の決断が半数に死を宣告するものだと分かって容易に下せるものではない。
どの道修理が終わるまでは動きようがない。
その思考時間は仁にも有難かった。
どちらの決断を下すにしても、仁がやることは変わらない。
「軍曹」
持ち場へ戻ろうとするシャーリーを仁は呼び止める。
振り向いた彼女の顔は、仁が何を言おうとしているのか。それを正しく理解していた。
「頼みが有る」
「聞きたくありません」
「お前にしか頼めない。機体の換装を頼む」
「出るつもりですか?」
「敵砲撃の精度が分からない。連射速度もな。足止めは必要だ」
そんな事はきっと、シャーリーも言われなくても分かっている。
それが事実上の決死隊であることも。
「また、一人で行ってしまうんですか」
「……ああ。そうだな。また、だ」
結局、この二年間と同じだ。
仁は帰ってくる気がなくて、シャーリーはそれを見送るだけ。
帰ってきてほしいと、直接口に出すことは出来ない。
戦場の手前までは共に居るが、戦場まではついていけない。
中尉と軍曹の関係。
「……っ! 了解いたしました。中尉殿」
何かを堪えるように、目を固く閉じて。
開いたときにはシャーリーの顔つきは軍曹に戻っていた。
身を翻して、今の仁の頼みを実行しようとしたシャーリーの背に。
「もう一つ頼みが有る。シャーリー」
この二年間とは違う言葉がかけられた。




