13 崩壊の始まり
「何よその顔」
「いえ、ユーリはユーリだと思いまして。むしろその変化のなさ。ちょっと引きます」
「一生懸命励ましてるのに酷い」
あんまりな言い様にユーリアは涙目になる。
それを見てメイは楽しそうに笑った。
「ほんと……何時も通りすぎて悩んでいた私が馬鹿みたいです」
「それはあれね。私を見くびっていたわね」
「ええ。ここまで恋愛脳だとは思いませんでした」
「……褒めてないわよね?」
「褒めてますよ」
「嘘よ絶対嘘! 口が笑ってるもの!」
狭いテントの中でひとしきりじゃれ合った後。
「恋、ですか。でも私の恋はきっと叶わないでしょう」
「何弱気になってるのよ。始める前から諦めるなんて……あ」
「下らない事を思いついた顔ですね」
「その、ごめん……私パートナーを決めるなら男の方が好みっていうか……」
「何も言ってないのに振られたんですけど」
「冗談よ」
流石に、打率一割を切っているユーリアでもここは外さない。
「笹森でしょ?」
「私、誰とも言ってないんですが」
「そんなの見てれば分かるわよ。チラチラ視線合わせたり……っていうかあれでしょアンタ達。そんな特大の秘密抱えて、私だけ除け者にして……影でコソコソ乳繰り合ってたんでしょ!」
話していたら段々と心当たりが浮かんできたのか。
終いにはまた涙目になってユーリアは叫ぶ。
「ユーリ。落ち着いて」
「何よ何よ! アンタが言い出したの! それとも笹森!?」
「だからやってませんって」
「そうやって友達に気付かれないようにするプレイを楽しんでたんでしょ!」
「プレイって。ユーリアステイ。後で発言を思い返した時に後悔する事言いまくってますよ」
「まさかアンタ達。私が背を向けている間に神聖な教室で破廉恥な……」
「落ち着きなさいこの妄想爆発娘」
とうとうエロ妄想まで言い出したユーリアの額にデコピンをしてメイは黙らせる。
「痛い……」
「その痛みをよく覚えておいて下さい。下ネタを言うときには」
「で、エロメイは何が問題なのよ」
「エロユーリアの言ったこともちょっとだけ掠ってますね……ほら、こんな身体ですからエロいこと出来ないんですよ」
「……? ごめん。言ってる意味が分かんない」
「いや、だって。成長止まってますから。12歳かそれ以下ですよ。私」
困惑気味にそういうメイに、ユーリアは力強く断言した。
「問題ないわね」
「マジですか」
思わず真顔になる。
「だってそういう幼い感じの子が好きな人も居るって読んだ事有るもの!」
「ユーリア。そんな本ばかり読んでいるからモテない……じゃなくて、男っておっぱいでかいの好きなんじゃないですか?」
「何事も多数派と少数派が居るってことよ」
どっちが多数でどっちが少数なのかは二人にも分からないが。
「ただコウがどっちかは分かりませんし……」
「そんなの押し倒してしまえば良いのよ。男なんて据え膳には耐えられない生き物だって書いてあったわ」
「凄いですねユーリア。恋人居ない歴イコール年齢なのにまるで歴戦の猛者のようです!」
「ふふ。褒めないでよ……褒めてる?」
ユーリアの男性遍歴はともかく。
押して押して押しまくれとユーリアは言う。
その攻め一辺倒の姿勢が引かれているのだが、それを指摘してくれる人物はここには居なかった。
「ね、約束してメイ。諦めたりしないで。全力疾走しましょ? それで十年後くらいに二人でパートナーの愚痴言い合ったりするの。散々扱き下ろした後、でもやっぱり幸せだなって思える様にしましょ?」
「もう、どうしてみんな私に約束させたがるんですか……でも、そうですね。そう出来たら楽しそうです」
ユーリアの約束という名の願いに、メイは困ったようにだけど頷いた。
「でもあれですね。ユーリア、十年後に結婚できてるんですかね」
「で、出来るわよ! 多分……きっと……」
そうやって二人で遅くまで話し続ける。
体力温存なんて言葉、どこかに飛んでいっていた。
そして翌朝。
「……ったく。この状況だってのにコイツら」
レイヴンとレオパードの編隊がテントのそばに着地していた。
レイヴンに乗っているのは仁。今も周囲を警戒している。
そしてレオパードに乗っていたのはコウ。
『笹森訓練生。二人の様子はどうだ? 医療班の必要は?』
「こちら笹森。多分いらないです。ぐっすり良く寝てますよ」
『……大した胆力だな。この状況で熟睡できるとは』
「神経図太いっすよね」
テントの中の二人は寄り添って幸せそうな寝顔を晒していた。
降下失敗というイレギュラーから三日。
遠征訓練は順調に推移していた。
それは即ち、仁が地上に降りてから三日が経過したということであり。
「むー」
惑星上空を周回軌道に入った巡洋艦に居る小さな怪獣が不満を募らせるには十分な時間であった。
「ずっとここに閉じ込められて退屈!」
「しょうがねえよ。俺たちここだとお客様だし」
「みお、なんにも悪いことしてないのに!」
「三日前脱走してたよな?」
ふと守が気付いたら部屋から抜け出していたのだ。
あの時はとても困った。
探しに行きたい。だが探しに行くということがその時点で部屋から出てはいけないという約束を破るということであり。
深い懊悩の果て、澪が他の人に見つかる前に連れ戻そうとしたのだが、間に合わず。
結局二人で怒られたのである。
「絶対に他の人に言っちゃダメだってシャロン怒ってた……」
「きっと東郷のお父さんとかに怒られるんだぜ……」
実際にはそうではないのだが、シャーリーの厳重な口止めを子供二人はそう理解していた。
シャーリーも、気付いてしまったのだ。
澪の計算能力が異常だという事に。
澪は軌道計算から通信速度を考慮したデータ転送時間に機体側の処理時間。そこからの加速度計算を一瞬で済ませた。
実際に計算式を用意すれば、そう苦労する類の計算ではない。
だがあの時はその式を用意して計算させるというタイムラグが何よりも貴重な時間を浪費した。
そして、とても六歳児が暗算で出来るような類の計算ではない。
天才などと言う言葉で片付けられる物でもない。
明らかになれば間違いなく好奇と奇異の目に晒される異能だった。
「俺もうあの金髪のおばさんに怒られるの嫌だぜ」
「しゃろんはおねえさん、いいね?」
「そうだった」
見つけたシャーリーに説教を受けて。
素直に守は反省の弁を述べたのだ。
「ごめんなさい、おばさん」
と。
説教が延長された。
解せぬ。
「東郷だって怒られるのやだろ?」
「でも退屈だもん!」
「俺だって退屈だけどさ……勉強ばっかだし」
どちらかと言うと学校には勉強よりも身体を動かしに行っていた様な守だ。
ここしばらくの缶詰生活は彼にも大分ストレスが溜まっていた。
そうして悪ガキ二人は顔を見合わせて頷く。
「脱走するか」
「しよう!」
コソコソと、仁の部屋から扉を開けて、周囲を覗き込む。
「くりあ」
「よし、行こうぜ」
そうして二人は自由へと旅立つ。
「広いねここ」
「だよなあ。しかも見た目おんなじだからわけ分かんないよな」
そして速攻で迷子になった。
元より軍艦に親切な案内表示が有るわけではない。
歩きなれていない二人が旅立って、自由に移動できるはずもなかった。
どうしようと、二人途方に暮れる。
そこでふと、ピカピカ点滅するランプに澪が気付く。
なんだろうと近寄るとまたピカピカ光る。
おお、と面白くなってその光を追いかける。
「どうしよう。素直に怒られて部屋に帰るか……東郷?」
ふと振り向くとまた澪は一人で勝手にどこかに行こうとしている。
「おま、待てよ! お前一人でどっか行くなよ!」
その光景も二人の間では何時もどおり。
澪が追いかけた光に導かれた場所は展望デッキ。
相変わらず惑星メルセは青く輝いている。
それを澪はジッと見つめていた。
「ったくどうしたんだよ東郷」
「すっごいピカピカ」
「そうだな。キレイだよな」
「違う」
澪の瞳は真剣にメルセを見つめる。
「あしっど」
次の瞬間、巡洋艦『アル』の中に警報が鳴り響く。
眼下で、メルセの大陸の一つが、割れた。
◆ ◆ ◆
そしてそれは、隠れ潜んでいる第二船団派遣部隊の旗艦でも同様で。
鳴り響く警報の中で歓喜とも悲鳴ともつかぬ声が上がっていた。
「エーテル反応増大! 急上昇! 2000、2500、3000……尚も増大!」
強大なASIDの出現。本来ならば恐るべき事だが、その出現の意味を知る管制官は喜びの表情を作っている。
「ハロルド殿。これは」
「ふ、ふふふ。ふははははは! 間違いない! 居るぞ。あそこに後継者が!」
中佐の問いかけに興奮気味のハロルドは答えない。
だがその歓喜の言葉が何よりの証。
「古い女王が目覚めた! より新鮮な魂を求めて。あの巡洋艦一隻で星一つ分と等価の魂があると奴らが証明してくれた!」
「推定出力、4000ラミィ! 過去最高クラスです!」
「4000、か。ギリギリだな。行けるかい、中佐」
「ご指示を頂ければ何時でも」
「よし、それじゃあ頼むよ。あのクイーンを、鹵獲してくれ」
にっこりと、ハロルドはそう指示を出す。
その為に、この惑星の情報を隠蔽したのだから。




